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第一章 あくまでも働きたくない
12. 料理人
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商会を大きくするには魔道具の図案だけでは足りない。魔道具の図案では売る対象も発案者も限られる。
もう少し後にしようかと思ったけど、僕は早く部屋でだらだらしたい。メアリーに文句を言われずにベッドで一日中寝ていたい。
そのためならば、今だけは働こう。
「メアリー。父上から専属の料理人の話って聞いてる?」
「はい、すでに候補は決まっておりますので、アレクシスさまの予定が落ち着かれてからお伝えするつもりでしたが……確認されますか?」
「うん、呼んできて」
「かしこまりました。お連れいたします」
メアリーは僕に一礼して部屋を出ていく。父上に料理人の紹介を頼んでからそんなに時間が経っていないけど、もう用意できているとは。
父上の紹介なら妙な連中は紛れ込まないだろうけど、ウェアルノフ公爵の例があるからなぁ……
さすがに同類を側に置きたくはない。
しばらくベッドでだらけながら待っていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえる。
「アレクシス殿下。料理人をお連れいたしました」
「入って」
僕が入室の許可を出すと、静かにドアが開き、メアリーが入ってくる。
僕と目があった瞬間、メアリーの顔が歪んだ。
「殿下……。客人を迎え入れる際はーー」
「体裁を整えろというのだろう?わかっている」
僕はベッドから起き上がり、軽く髪を整える。初対面なのだから、少しは王子らしさを見せるとしよう。
「それで、後ろにいるのは?」
「はい、陛下がお選びになられた料理人たちです」
メアリーに促されるようにして、料理人たちが頭を下げながら入ってくる。人数は二人だ。片方は筋肉質で男らしい風貌をしている。といってもムキムキなマッチョというわけではなく、ほどよく鍛えられた体という印象だ。もう片方はメガネをかけて大人しく物静かな印象を与える。
まぁ、理由も言わずに寄越してくれと言ったからこんなものかな。
「名は?」
「ジンと申します」
「ロイドと申します」
ジンとロイドか。筋骨隆々なほうがジン。メガネの人がロイドと。よし、覚えた。
「アレクシス・ラーカディア・スピネルだ。父上から話は聞いていると思うが、よろしく頼む」
「「よろしくお願いいたします」」
ジンとロイドは深々と頭を下げる。第一印象は今のところ悪くない。でも、もう少し情報が欲しい。
「早速だが、作ってもらいたいものがある。正式に専属となるための試験のようなものだと思って欲しい」
僕は、あらかじめ用意しておいたレシピを渡しておく。
それはケーキのレシピで普通に城でも作られるようなものだ。だけど、少し細工をしてある。それにどのような反応を示すかを見てから判断したかった。
「あの……第四王子殿下」
ロイドがおそるおそると言ったように手を上げる。
「どうした、ロイド」
「こちらのレシピですが……間違っておられる箇所があるかと思います」
「私の用意したものが間違っていると?」
僕が睨み付けるようにそう言うと、ロイドは肩を震わせて縮こまる。
すると、ジンがロイドを庇うような位置に立ち、言葉を続ける。
「こちらには生地を型に流し込んだらそのまま焼くと書いてありますが、空気を抜かなければ食感が悪くなるのです」
「そんなことで変わるものか」
今度はジンのほうを睨み付けるも、ジンも負けじとこちらを睨み返してくる。
「第四王子殿下に誓って嘘は申しません」
「お、お疑いになるのでしたら、調理過程をお見せいたします」
ロイドもジンを援護するようにこちらを見る。僕は、そんな二人の様子を見て、ぷっと吹き出してしまった。
「あっははは!もうダメだ、本当におかしい……!」
さっきまで睨み付けていたぼくが爆笑し始めたからか、二人はぽかんとしている。ただ一人、メアリーだけが呆れたようにため息をついた。
「アレクシスさま、お二人をからかうのはそれくらいになさいませ」
「いやぁ、本当に僕が欲しい人材か確かめたくってね。でも、さすが父上。期待通りだった」
ひとしきり笑った後は、ふぅと息を整えて、二人に向き合う。
「料理を貶すようなことを言ってしまったことは謝罪しよう。だが、王子である私を睨み付けるのは感心しない」
「も、申し訳ありません」
「申し訳ありません……」
二人は謝罪するも、その顔にはまだ困惑が浮かんでいる。
まぁ、訳がわからないのは当然だ。急に呼び出されてケーキ作れと言われたと思ったら、そのレシピが間違ってたことを指摘したら逆ギレしているようにしか見えないのだから。
客観的に見たらとんだクソガキである。
「私は、指示に従うだけの人形は欲しくない。メアリーのように、お互いの意見を交わしあうような関係を築きたいと思っていた」
でも、そんなのは夢物語というやつだ。僕が王子である限りは、そんな関係など簡単に築けるものではない。
「礼儀を欠けと言っているわけではないし、自己主張をしろと言っているわけでもない。ただ、口にされないことには何もわからない。疑問に思ったことでも納得のいかないことでもなんでもいい。私に何か聞きたいことや言いたいことがあるなら口にして欲しい」
僕は人の内面を見られる。たとえ何重にも猫を被っていても、話した相手の本性を見抜けなかったことはない。
だが、それらあくまでも本人の性質のようなもので、心の内ではない。今どのような感情を抱いていて、何を考えているのかはわからないのだ。
「だが、見極めるためとはいえ、お前たちを不快にさせたのは事実だ。お前たちが望むなら私から陛下に話を通し、専属の話をなかったことにすることもできる。このまま厨房に戻っても咎めはしない」
ギクシャクしたままの関係は嫌なので、これでダメだったら諦めるつもりだ。父上に他の料理人を探してもらう。
その料理人にも試す真似をするなら同じと言われそうだが、商会を成功させるためには、料理の腕があるだけでは話にならない。僕を支えてサポートしてくれる存在でなければならないのだ。
「私は、許されるのなら第四王子殿下の専属のままでいたいです」
「わ、私も、第四王子殿下の専属がいいです」
ジンとロイドの真剣な眼差しを見て、僕は思わず笑みがこぼれる。
「……そうか、わかった。改めて、よろしく頼む」
「「よろしくお願いいたします」」
二人が深々と頭を下げたのを見て、さらに笑みがこぼれた。
さーて、もう逃がさないよ……?
もう少し後にしようかと思ったけど、僕は早く部屋でだらだらしたい。メアリーに文句を言われずにベッドで一日中寝ていたい。
そのためならば、今だけは働こう。
「メアリー。父上から専属の料理人の話って聞いてる?」
「はい、すでに候補は決まっておりますので、アレクシスさまの予定が落ち着かれてからお伝えするつもりでしたが……確認されますか?」
「うん、呼んできて」
「かしこまりました。お連れいたします」
メアリーは僕に一礼して部屋を出ていく。父上に料理人の紹介を頼んでからそんなに時間が経っていないけど、もう用意できているとは。
父上の紹介なら妙な連中は紛れ込まないだろうけど、ウェアルノフ公爵の例があるからなぁ……
さすがに同類を側に置きたくはない。
しばらくベッドでだらけながら待っていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえる。
「アレクシス殿下。料理人をお連れいたしました」
「入って」
僕が入室の許可を出すと、静かにドアが開き、メアリーが入ってくる。
僕と目があった瞬間、メアリーの顔が歪んだ。
「殿下……。客人を迎え入れる際はーー」
「体裁を整えろというのだろう?わかっている」
僕はベッドから起き上がり、軽く髪を整える。初対面なのだから、少しは王子らしさを見せるとしよう。
「それで、後ろにいるのは?」
「はい、陛下がお選びになられた料理人たちです」
メアリーに促されるようにして、料理人たちが頭を下げながら入ってくる。人数は二人だ。片方は筋肉質で男らしい風貌をしている。といってもムキムキなマッチョというわけではなく、ほどよく鍛えられた体という印象だ。もう片方はメガネをかけて大人しく物静かな印象を与える。
まぁ、理由も言わずに寄越してくれと言ったからこんなものかな。
「名は?」
「ジンと申します」
「ロイドと申します」
ジンとロイドか。筋骨隆々なほうがジン。メガネの人がロイドと。よし、覚えた。
「アレクシス・ラーカディア・スピネルだ。父上から話は聞いていると思うが、よろしく頼む」
「「よろしくお願いいたします」」
ジンとロイドは深々と頭を下げる。第一印象は今のところ悪くない。でも、もう少し情報が欲しい。
「早速だが、作ってもらいたいものがある。正式に専属となるための試験のようなものだと思って欲しい」
僕は、あらかじめ用意しておいたレシピを渡しておく。
それはケーキのレシピで普通に城でも作られるようなものだ。だけど、少し細工をしてある。それにどのような反応を示すかを見てから判断したかった。
「あの……第四王子殿下」
ロイドがおそるおそると言ったように手を上げる。
「どうした、ロイド」
「こちらのレシピですが……間違っておられる箇所があるかと思います」
「私の用意したものが間違っていると?」
僕が睨み付けるようにそう言うと、ロイドは肩を震わせて縮こまる。
すると、ジンがロイドを庇うような位置に立ち、言葉を続ける。
「こちらには生地を型に流し込んだらそのまま焼くと書いてありますが、空気を抜かなければ食感が悪くなるのです」
「そんなことで変わるものか」
今度はジンのほうを睨み付けるも、ジンも負けじとこちらを睨み返してくる。
「第四王子殿下に誓って嘘は申しません」
「お、お疑いになるのでしたら、調理過程をお見せいたします」
ロイドもジンを援護するようにこちらを見る。僕は、そんな二人の様子を見て、ぷっと吹き出してしまった。
「あっははは!もうダメだ、本当におかしい……!」
さっきまで睨み付けていたぼくが爆笑し始めたからか、二人はぽかんとしている。ただ一人、メアリーだけが呆れたようにため息をついた。
「アレクシスさま、お二人をからかうのはそれくらいになさいませ」
「いやぁ、本当に僕が欲しい人材か確かめたくってね。でも、さすが父上。期待通りだった」
ひとしきり笑った後は、ふぅと息を整えて、二人に向き合う。
「料理を貶すようなことを言ってしまったことは謝罪しよう。だが、王子である私を睨み付けるのは感心しない」
「も、申し訳ありません」
「申し訳ありません……」
二人は謝罪するも、その顔にはまだ困惑が浮かんでいる。
まぁ、訳がわからないのは当然だ。急に呼び出されてケーキ作れと言われたと思ったら、そのレシピが間違ってたことを指摘したら逆ギレしているようにしか見えないのだから。
客観的に見たらとんだクソガキである。
「私は、指示に従うだけの人形は欲しくない。メアリーのように、お互いの意見を交わしあうような関係を築きたいと思っていた」
でも、そんなのは夢物語というやつだ。僕が王子である限りは、そんな関係など簡単に築けるものではない。
「礼儀を欠けと言っているわけではないし、自己主張をしろと言っているわけでもない。ただ、口にされないことには何もわからない。疑問に思ったことでも納得のいかないことでもなんでもいい。私に何か聞きたいことや言いたいことがあるなら口にして欲しい」
僕は人の内面を見られる。たとえ何重にも猫を被っていても、話した相手の本性を見抜けなかったことはない。
だが、それらあくまでも本人の性質のようなもので、心の内ではない。今どのような感情を抱いていて、何を考えているのかはわからないのだ。
「だが、見極めるためとはいえ、お前たちを不快にさせたのは事実だ。お前たちが望むなら私から陛下に話を通し、専属の話をなかったことにすることもできる。このまま厨房に戻っても咎めはしない」
ギクシャクしたままの関係は嫌なので、これでダメだったら諦めるつもりだ。父上に他の料理人を探してもらう。
その料理人にも試す真似をするなら同じと言われそうだが、商会を成功させるためには、料理の腕があるだけでは話にならない。僕を支えてサポートしてくれる存在でなければならないのだ。
「私は、許されるのなら第四王子殿下の専属のままでいたいです」
「わ、私も、第四王子殿下の専属がいいです」
ジンとロイドの真剣な眼差しを見て、僕は思わず笑みがこぼれる。
「……そうか、わかった。改めて、よろしく頼む」
「「よろしくお願いいたします」」
二人が深々と頭を下げたのを見て、さらに笑みがこぼれた。
さーて、もう逃がさないよ……?
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