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公爵令嬢?それがどうした!

第43話 おかしなお嬢様

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「お前……どこかで見た事あると思ったら、神影みかげじゃないか?」

 そう言いながら、切りつけてくるのをやめた。

 その名で呼ばれるのは久しぶりだな。神影。俺がまだ裏稼業をしていた時につけられた通り名だ。

「お前は影雷えいらいだろ。その速さで移動出来るのはお前くらいだからな」

 影雷は、相手が気づかない間に死んでいる。それくらい高速に移動するから、ついた名が影雷だ。

「おい神影。噂になってたぞ。頑なに主人を持たなかったお前が最近顔を出さないのは主人が出来たからだってな。それは間違いじゃなかったみたいだ」
「なんだ、俺だけか?」

 今は名を与えられているが、あの三人も通り名は持っていたはずだ。通り名が与えられるのは、かなりの腕を持つ者だけ。

「いや、影狼かげろう黒薔薇くろばら氷霧ひょうむも噂にはなってたな。お前の方が声が大きかったが」
「そんなデタラメが広まってるのか」
「そうか?お前、命令に逆らってまであのエセお嬢様守ってただろ」
「エセお嬢様?」

 あいつは正真正銘、ここのお嬢様のはずなんだが。養子として引き取られた二人はともかく。

「あれ?エセお嬢様じゃなくって、あれが本物だったか?」
「……お前、ターゲットが誰なのかも分からないでここに来たのか?」

 とぼけているように呟いているこいつを俺は呆れた目で見ていた。

「俺が言われたのは、お前をたぶらかした女を殺してこいだからなぁ。だからお前とよく一緒にいる奴を狙ったんだが」

 お嬢様は、こいつが来るのを知ってたのか。一応、殺気は俺も感じていた。だからこそ、追い出されはしたものの、窓の外から様子を見ていた。来るのがこいつとは思っていなかったが。

「だってよ、あんな特殊工作員みたいな動きが出来る生粋の貴族令嬢がいると思うか?」
「普通はいないだろうな」

 あいにく、あれは普通ではない。普通の貴族令嬢なら俺がとっくに殺していただろうし。普段は子供っぽいが、ときおり一人の大人としての風格も見せる。それがあのお嬢様だ。

 だが、明らかにおかしい。あの動きが出来るのは。

「だろ?ノーレッジだというのは聞いた。だが、あの動きはどう見ても経験がある・・・・・動きだ。でなきゃ、知識があるとはいえ、俺の攻撃が三回は当たるはずだ。普通はそんな動き出来ねぇよな」

 そうだ。いくら知識があるとはいえ、経験した事がなければあんな風には動けない。あいつは俺と会ったときから疑問に思っていたと言っていたが、俺も同じように疑問に思った。

 剣術を習い始めたのは、俺と会った後の事。でも、あいつはその前からあのような動きが出来ていた。一介の公爵令嬢があんなこと出来るはずがない。だが、出来るから俺に殺されなかった。

 本当におかしなお嬢様だ。

「そういえば、お前はなんで命令に逆らえたんだ?」

 誰かが来るのは知っていた。来たら協力するように命令されたから。だから、本来なら俺があいつを庇うのは命令違反だ。

「隷属紋がないからな」
「あれって描いた本人じゃないと解けないだろ!どうやったんだよ」
「知らない。あのお嬢様に聞けば分かるかもしれないが」
「なるほど。なら、聞いてみるとしよう」

 そう言って、俺の横を一瞬で通りすぎていった。あいつの方に行ったか?そう思った時には体が動いていた。

 今の俺は何か変だ。あいつの言う通り、俺は主は持たなかった。そもそも、誰かの言う事を聞くと言うのが癪だった。

 だが、あの伯爵の領地で生まれた俺にそんな事が許されるはずもなく。俺がいた孤児院の院長に紋を刻まれて、逃げないようにさせられた。

 そもそもの身体能力が高く、魔力透過症の俺は、結界で守られている家にも普通に入れるので、優秀とされてすぐに通り名を与えられた。

 神影は、俺があまり姿を見られたことがなく、神の防壁と呼ばれる結界もなんなく通り抜ける事からつけられた。

 そんなときにアルタン伯爵から命じられたのは、公爵令嬢の暗殺。まだ年端もいかない子を殺すのは少しためらいがあった。

 それを感じ取られたのかは分からないが、紋様の命令で殺さないという選択肢を潰された。殺せるまで俺は公爵家の敷地からは出られないようにさせられた。

 事前に教えてもらった部屋にはいなかったから、少し探ったら、公爵夫人の部屋にいる事が分かり、姿を見つけた。その時までは、確かに自分の意志で動いていたのに、ターゲットを見つけたら、自分とは違う意志が体を動かしているようだった。隷属紋の意志だ。

 この支配はすぐに終わると思った。だが、振り下ろした瞬間に、横をすり抜けてドアから出ていった。体はすぐに後を追う。

 あの動きは、まるで自分が来る事が分かっていたようだった。そして令嬢らしからぬ動きで逃げられ続け、公爵の部屋に飛び込んだ。その間、俺は何度も引こうとした。だが、紋様がそれを許さなかった。

 姿を見られたらそいつも殺せと命じられていたので、公爵もターゲットに加わってしまった。こいつも殺す事になるかと思ったが、俺はなんなく気絶させられた。

 さすがに体が動かなくさせられたら意味がないと思い、俺は紋様の支配から解放される事に安堵した。

 次に目が覚めたのは、牢屋の中だった。武器はすべて取り上げられていて、目の前には公爵がいた。ついに年貢の納め時かと思ったが、予想しない言葉がきた。

『お前の処遇は娘が決める』

 娘って言ったら、あの公爵令嬢しかない。たいして変わらないんじゃないか?俺を殺すか、このままここにいれられるか。そのどちらかじゃないか。

 そう思っていたが、またもや予想の斜め上の答えが返ってきた。

『じゃあ、エリーの従者にする!』

 あいつは確かにそう言った。俺は訳が分からなかった。そして、二人きりになってから、急に雰囲気が変わった。

 老けてると言ったら電流を浴びせてきたが、それ以外は年上の女性を相手しているような感覚だった。

 従者となった時も、周りに人がいる時は子供らしい感じだったが、二人きりになると人が変わる。人の気配にも敏感なので、誰かが近づいてきたらすぐに子供を演じる。あいつはその状態をエリーちゃんとか呼んでいたが。

 その間も、命令は働く。紋様の支配から逃れられてはいない。自分の意志と魔道具のおかげで暗殺の件はなんとか大丈夫だったが、それでもヤバい時はあった。

 そしてしばらくすると、命令が変わった。公爵やあのお嬢様の事を報告しろという内容に。相手はハルグレッド侯爵。つまりは、間諜になれと言われたのだ。

 俺はそれくらいなら全然構わなかった。殺すよりはマシだと思ったし、こき使ってくるあの二人に多少は苛立っていた。

 今となれば、こうやって自由に使える手駒が欲しかったのかもしれない。ときおり優しい部分を見せるのは、寝返らせるつもりかもしれないが、俺はこの時は誰にもつくつもりはなかった。

 そして、しばらく過ごすうちに、慣れてきてしまった。確かに無茶振りをされることは多々あったが、俺の限界を越えるような事は命じない。

 むしろ、だんだんと苛立っていたお嬢様に気軽に接するようになった。自分を偽らなかったのは、初めてだったような気がした。

 あの三人も、最初はあの教育のせいか少し怯えているようなところもあったが、一瞬で堕ちた。あいつらが素で接するのは、自分が信頼している者だけだ。それなのに、すぐに本性をあらわにしていた。

 いつもはワガママなお子様という感じなのに、ときおり大人のような雰囲気を漂わせている。そんな奴から目が離せなくなるのは時間の問題だった。俺も同じく。

 隷属紋がなくなった時だって、前の俺なら自由が手に入ったと思うはずだった。だが、お嬢様の行動に疑問を持ち、一人で刺客の相手をするとなった時は……

 ……なるほど。寝返るものかと思っていたが、気づかないうちにすっかり囲われていたようだ。

 なら、その責任はとってもらわないといけないな。
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