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1巻
1-2
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「あんな公の場で感情のままに呼び出すような人の言うことに従いたくはありませんので。では」
せっかく休憩していたのにと思いながら、私は立ち上がる。
そして、さっき見えた温室的な場所にでも行ってみようと、足を上げた。
そのとき、一瞬腕を掴まれたが、私が睨むとすぐに離し、「ちょっと待ってくれ」と言われた。
「何ですか? ご用なら手短にお願いします」
「なんでそんなに避けるんだ?」
避けてるのはお前の方だろと言いたくなったけど、それは喉元で止めて、理由を話す。
「あなたと関わるのが時間の無駄ですので」
だって、嫌いな人の好感度をあげるのに時間を使うくらいなら、のんびりお昼寝するのに費やす方が有意義というものだ。
それか、あの女の子と友達になるのに使うか。その方が本当にましだと思う。
もう用件には答えたのだからと、私はその場を立ち去った。今度は、止められるようなことはなかった。
どこかにのんびりできるような場所はないかと探していると、目の前に見覚えのある存在が映る。あのときの、隣に座っていた女子生徒だ。
「あ、あのときの」
「あっ。お隣になりましたよね! 私はモニカって言うんです」
「私は、リリアン・ベルテルクよ」
私が自己紹介すると、向こうは心底驚いたような顔をする。
「えっ!? ベルテルク公爵家のお嬢様ですか!?」
「そうね」
もしかして、悪名が広まっているせいで、私に怯えているのかと思ったが、すぐに顔が輝き出した。
「すごいです! 名家のお嬢様なんて! きっと良いものをたくさん持っているんだろうなぁ……!」
「まぁ、公爵家の令嬢として恥ずかしくないレベルには持ってるわね」
ベストの内側に着ているシャツだって、平民では買えないレベルだ。わがまま放題だった娘にも、お金はかけてくれるらしい。
「見せてください! 見てみたいです!」
「いいの? 私に関われば、あなたも変な目で見られるわよ?」
別に、自分が変な目で見られるのはかまわない。無視すれば全然気にならないから。でも、まったく関係のない赤の他人を巻き込みたいとは思わない。
そこまで人でなしではないつもりだ。
「別にかまいませんよ。それよりも、私はリリアン様の持っているものを見たいんです!」
「なんでそんなに見たがるのよ」
私の持っている高級なものを見ることができるなら、悪評も関係ないとまで言いきるなんて、どう考えても普通ではない。
「実は私、商家の娘なんです。なので、高級なものはつい食指が動いてしまって……すみません」
私が指摘すると、とたんに勢いがなくなって、低姿勢になった。そして、さっきまでの興奮はどこに行ったのだろうと思えるくらいに、テンションが下がっていた。
「いえ、見たいのなら、今から見に来る?」
「えっ!? 本当ですか!?」
私が見に来るかと提案すると、さっきまで沈んでいた顔が、とたんに輝き出した。
こんなにわかりやすい子は初めて見た。商家の娘なら、こんなに喜怒哀楽が激しいのはどうかと思うのだけど……
それでも、こんな裏表のない彼女は、信用という面では問題ない。
ただ……悪意も感じるといえば感じている。信用はできても、信頼まではできない。でも、悪意がまったくない人間なんていないだろう。それに、隠しているつもりもなさそうだし、そこまで問題ではないと思う。問題が起きないように、少し距離を置いて付き合えばいいだろう。
学園では、この子と過ごすだけでいいかもしれないな。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい!」
私が歩き始めると、すごくうれしそうな顔をしてついてくる。それを見ると、私も少しだけうれしい気持ちになった。
向こうは私のことをどう思ってくれているのかわからないけど、顔見知り以上にはなっていたらいいなと、密かに思っていた。
モニカちゃんを連れて、寮に戻ってきた。
戻ってきたとき、マナが出迎えてくれる。
マナは、隣にいるモニカちゃんに少しばかり驚いているようだけど、使用人としてのプロ意識があったのか、すぐに普通の表情に戻った。さすがだ。
「お帰りなさいませ。……そちらの方は?」
「入学式で隣だった子。名前はモニカさんよ」
私がモニカちゃんを紹介すると、モニカちゃんは「初めまして」と言って、ペコリと頭を下げる。
「お茶を用意して」
「かしこまりました」
マナは頭を下げて、部屋を出ていく。
部屋に来たモニカちゃんは、さっきよりも目を輝かせていた。
「わぁー、すごいです! どれも高価な物ばかり……!」
あわあわしながら、家具に近づく。でも、高価な物は怖いのか、近づくだけで触ったりはしない。
自分も、本来なら向こう側の立場なのだろうが、日本人としての私の意識が強いとはいえ、リリアンの記憶と混じっているので、高価な物を見てもそこまで驚きも抵抗感もない。
モニカちゃんの様子を見ていると、ドアをコンコンとノックする音が聞こえる。
「お嬢様。お茶をお持ちしました」
「入って」
私が入室の許可を出すと、「失礼します」と言って、マナが入ってきた。
そして、机にティーカップを置いて、お茶を淹れ出す。
「モニカさん。お茶が入ったから飲まない?」
「えっ、あっ、はい!」
完全に周りが見えていなかったようで、私に声をかけられたとたん、慌てて返事をした。
私がソファに座ると、モニカちゃんは少し戸惑いながらも席についた。
私が紅茶を飲むと、モニカちゃんも一口飲む。そして、「わあっ!」と驚きの声をあげた。
「ダージリンですね! ここまでおいしいのは初めて飲みました!」
「あら、わかるの?」
私は全然わからないのに。ダージリンという品種は、私も聞いたことがある。結構有名な紅茶だったはずだ。
前世と同じなのかは、飲んだことがないからわからないけど。
「紅茶のシャンパンと呼ばれていて、両親が好きだったので、私もよく飲んでいたんですよ! それに、うちの家はお貴族様のお家にお茶も卸してますから! 味で判別するなんて朝飯前です!」
モニカちゃんは、えっへんと胸を張る。
貴族の家と取引があるのは、確かにすごいことだろう。それだけ、モニカちゃんの商家が、信用に値するということだ。
「それよりも! ここにあるものすべてがすごいですね! さすが公爵家のお嬢様の部屋です! どこのブランドですか!?」
「私も詳しくは知らないのだけど、フェンネル……とか言ってたかしら?」
自分が知らないことは、リリアンの記憶を探るしかないのだが、リリアンは、高ければ別にかまわないという性格で、どこのブランドなのかとかは、あまり聞いていなかった。
「フェンネルって最高級ブランドですよ! すごいです! 私もお店に行ってみたいです!」
今にも騒ぎ出しそうな勢いで早口になり始めた。このままだと、一人だけお祭り騒ぎになりそう。それはそれとして、私も直接行ったことはない。貴族は、買いに行くようなことはしない。商品から、来てもらうのだ。
来てくれない商品は、使用人が買いに行く。そんな感じなので、貴族は街を出歩くことは、滅多なことがない限りはあり得ない。
あるとしたら、いわゆるウィンドウショッピングくらいだろう。
「行きたいのなら、次のお休みに行ってみる?」
「えっ! あそこは、一見さんお断りを謳っているんですよ?」
あり得ないという表情でありながらも、その目には期待の眼差しが見え隠れしている。
こんなに素直で、商家の娘としてやっていけるのだろうかと少し不安になった。
「その店を利用している客でもある、公爵令嬢の私をそう簡単に追い出せる店があるなら知りたいわね」
ここは、完全な階級社会だ。公爵令嬢として、高い身分を持っていると、義務も多いが、その分権利も多い。多少の便宜ははかってくれるはずだ。
そのお店に貢献していないならまだしも、ここの家具のほとんどは家から持ち込んだもので、フェンネルのものだ。お得意様ともいえるような客を店に来たことがないからという理由で追い出すとは思えない。
「それじゃあ、今度のお休みに行きましょう! 絶対! 絶対ですからね!!」
もう不安はなくなったとばかりに、まるで餌に食いつくうえた獣のように詰め寄ってきた。
確かには庶民からしたらすごいことなのかもしれないけど、そこまで興奮することはないのではないかとも思ってしまう。
「そうね。授業を受けたあとに、その元気が残っていればの話だけど」
私がからかうようにそう言うと、急に落ち込んでしまった。
私と似たタイプだとは思っていたけど、勉強も苦手な傾向にあるようだ。私も、勉強は苦手……ではないけど、好きではない。どちらかといえば、嫌いな方に入る。
勉強が好きだーという人は、少数派だろう。自由に過ごせるのなら、ほとんどの人が遊んで過ごすと思う。
「リリアン様! 勉強を教えてください!」
「いや、まだ教科書すらないんだけど?」
内容も知らない授業を、どうやって教えろというのだ。わざわざ乙女ゲームに授業内容なんか出てこなかったし。
「大丈夫です! 明日は魔法の授業というのは知っています!」
「どこ情報よ」
「ここに教師として勤めている叔父から聞きました!」
「えっ!? 身内がいるの!?」
てっきり、商家の情報網か何かだと思っていたので、内部に身内がいるとは思わなかった。
「いますよー? アレクシウスお兄様です!」
それを聞いて、私は飲んでいた紅茶を吹き出しそうだった。
アレクシウスは、隠しルートの攻略対象だからだ。いわゆる、攻略対象を全部攻略したあとに入る、隠しキャラというものだ。
私はプレイもしていないし、プレイ画面も見ていないので、友人から聞いただけだけど、攻略難易度は高めだそうだ。
そしてアレクシウスには、年の近い姪っ子がいて、その人をはじめに親友と呼べるくらいに仲良くならないと攻略できないと、友人から聞いた覚えがある。
つまり、目の前にいる存在は、ゴリッゴリに乙女ゲームと関わっている。モブどころか、サブキャラの扱いだ。
しかも、なんかそのサブキャラには裏設定的なのがあったような気もする。私は乙女ゲームの共通ルートまでという、序盤も序盤までしか見てないし、それ以降のルートについては、友人から聞いただけだからあまり覚えていないけど。
今度は私の気持ちが沈んだ。絶対に面倒くさいことになりそうだからだ。
サブキャラであるモニカちゃんもだけど、その攻略対象にも裏があるのかと思うと……
願わくば、その人に深く関わらないのを祈るばかりだった。
翌日。内容は、本当に魔法の授業だった。どうやら、モニカちゃんの身内が乙女ゲームの隠しキャラである教師というのは、本当のようだ。
それがはっきりしてちょこっとだけ気持ちが沈んだけど。だって、嫌だし。これでモニカちゃんに裏があるかもしれないというのが確信めいてきたし。
授業といっても、教科書などは必要ない。というか、魔法の授業で座学はほとんどない。大抵が実技だから。今日は、魔法を使うための訓練。
でも私は、ゲームのフライングで知っている。共通ルートに魔法の使い方についての描写があったから。ちなみに、これは一年生が全員で行うことなので、彼女がいる。乙女ゲームのヒロインだ。まぁ、私にとっては、攻略対象もヒロインもモブもどうでもいい存在だけど。
サブキャラだって、モニカちゃん以外は本当にどうでもいい。仲良くしようとしてくれるなら仲良くする。嫌うんならこっちも嫌う。それだけのこと。
……まぁ、モニカちゃんもちょっと付き合い方を考え始めているけど……そこは、これからのモニカちゃんの態度で決めるとしよう。
「リリアン様ー!」
遠くから私を呼ぶ声がして、そちらの方を見ると、モニカちゃんがこちらに走ってきていた。
「モニカさん」
「リリアン様! 一緒にやりません?」
「一緒に?」
別に、これは一人でも全然できることだ。わざわざ一緒にやる必要はない。
ということは、おそらく――
「あなた、できないの?」
「うっ!」
図星だったようで、一瞬うめき声をあげながら、石像のようになった。
これは、できる人なら全然一人でも余裕でできるのだ。なぜなら、魔力を循環させるだけだから。いわゆる、血液のような感じだ。体全体に循環させればいい。
でも、それができない人は、そのイメージが掴めないということになる。あとは、感覚に頼るしかない。
それには、他人から魔力を通してもらう必要がある。
「リ、リリアン様はできるんですか!?」
図星をつかれて恥ずかしいのか怒っているのか、やけくそのように私にたずねてきた。
「できるわよ?」
私は体の内部の構造を頭に浮かべる。内臓や筋肉、骨の位置まで。そして、血管に血液を流すように、魔力を循環させる。
そして、私は右手に水の球を生み出した。
「ほら」
「なんでできちゃうんですか!!」
「何よ! できてほしくなかったみたいに!」
さすがに理不尽でしょ! 私が落ちこぼれだとうれしかったのか? 毒舌会長と呼ばれた私もそこまでは言わなかったわ!
ちなみに毒舌会長とは、私が小・中・高と生徒会長(小学生は児童会長)をやっていたのだけど、私が何度言ってもやれない人に厳しく言っていたからついたあだ名だ。
下手したら、パワハラになりそうな言動をしていたので、毒舌と呼ばれるのは当然かもしれない。でも、ところかまわず怒鳴っていたわけではない。ちゃんと一対一で叱っていたし、褒めるときはちゃんと褒めていた。
大した実力もないくせに威張っているようなやつらをけなしていただけだ。
ほら、公の場で責任をこっちだけに押しつけるようなあの先生とか……
「おい、お前!」
そんなことを考えていたら、めちゃくちゃ聞き覚えのある声が聞こえる。
でも、先ほどのように視線を向けたりはしない。
「それじゃあ、モニカさん。コツを教えてあげるから、手を出して」
私はそう言うものの、モニカちゃんは手を出さずに、後ろを気にする。
「あの、呼んでるみたいですけど……?」
「呼ばれてないわよ。私はお前なんて名前じゃないもの。ほら、手を出して」
せっかく教えようとしているのに、手を出さない。
そんなに後ろが気になる? 銅像とでも思っていればいいと思うわよ?
「無視するな! そこのお前だ」
「まずは、魔力を循環させないと、魔法は使えないのよ」
「おい!」
無視を続けていたら、思いきり肩を掴まれた。おいおい。現代日本じゃ、これは立派な体罰だぞ。
「何ですか」
私は、嫌々を隠しもせず、仕方なく振り向いた。
「お前、なんで昨日来なかったんだ」
「あなたが勝手に言っただけでしょう? 了承した覚えがありませんもの」
そう。向こうが一方的に言ってきただけであって、私は了承していない。だから、行かなかっただけだ。最初から行くつもりもなかったけど。
「お前が騒ぎたてるからだろ。さすが公爵家のお嬢様だ」
「私が騒いでいることに、公爵家のお嬢様かどうかなんて関係ありませんし、あなたの話がつまらなさすぎるうえに、長すぎるからですわ」
真面目な話は、できるだけ短く終わらせる方がいいのだ。どうしても長くなるなら、小話を挟んだ方がいい。それか、少し休息をとらせるか。そんな努力もせずに、話を聞いていなかったとか言われても無理という話だ。
それに、全部が必要あることならいいけど、ただ引き伸ばしているだけのペラッペラな内容だったしね。なら短くしとけと思うのは私だけではないはずだ。
「どうしても話したいのなら、今どうぞ。私は、あなたのように暇ではないので」
私が冷たく言うと、周りがクスクス笑い出している。
モニカちゃんは顔を青くしてアワアワしているけど。
笑われたことに腹が立ったのか、その教師はゆでダコのように真っ赤になった。
そして、おそらく完全に怒りに身を任せていたのだろう。私は、思いきり頬を叩かれた。
その場には、パァンという大きな音が響く。結構強く叩かれたので、私はその場に倒れてしまった。
私は、これにはさすがに驚いた。貴族の通う学園に、暴力に訴える教師がいるなんて思わなかったから。
「公爵家だろうが、お前が生徒である限り、教師の方が上なんだよ!」
「そうですか」
私はそれだけ言うと、立ち上がって、モニカちゃんの方を見る。
「さて、さっきの続きをやろうか」
「そ、その前に、医務室に行った方が……」
私の赤くなった頬を気にしているようだ。確かに見た目は痛々しいけどちょっとじんじんするだけなんだよね。
前世ではいろいろあったから、こんな怪我は慣れっこなので、何の問題もない。
「平気よ。蚊が留まったようなものだから。先生も、用がないのなら、もう帰ってくださりませんか? ――授業中なんで」
少し睨みを利かせながら、私は冷たくそう言った。それには、少しだけ敵意もこもっていただろう。
きっと、生粋の貴族令嬢なら、暴力を振るわれたら、癇癪を起こすか、泣き出すかのどちらかだったのだろう。その教師は、心底驚いた様子で自分を見ていた。
まぁ、私は生粋の貴族令嬢ではありませんし。こいつは、いわゆるチンピラだ。前世でチンピラどころではない、いわゆる本物に会ったことがある私にとっては、子犬がキャンキャン吠えているようなものである。
「そ、その態度はなんだ!」
「あなたにはこれで充分ですから。説教したいならどうぞご自由に。用がないならお帰りください」
「……っ!」
さっきまで自分が優位だと思っていたのに、急に突き落とされたような気分になったのだろう。何も言えなくなっている。
恥ずかしくなったのか、「チッ!」と舌打ちして、どこかに行ってしまった。
それくらいで立ち去るなら、私に楯突かなければ良かったのにね。
邪魔者が消えたところで、授業が再開される。私も、モニカちゃんに教えるのを続行した。
「じゃあ、今から魔力を通すから」
私が手を差し出すと、手を乗せてくる。
「は、はい……」
緊張しているような感じだ。私に乗せている手も、少し震えている。
私は、ゆっくりと魔力を流し始めた。右手からモニカちゃんの魔力を押し出すように。すると、左手から、モニカちゃんの魔力が流れ込んでくる。
「うん……」
変な感覚があったのか、少し惚けたような顔をしてうめき声をあげる。
やめてくれ。それをされると、私のSな性格が目覚めそうなんだよ。がんばって抑えるけど。
「はい。これでどう?」
「はい。なんとなくわかった気がします!」
彼女はそう言うと、目を閉じて集中し始める。そして、手のひらにろうそくくらいの火を生み出した。どうやら、モニカちゃんは火魔法が使えるらしい。
「やった! できましたよ! リリアン様!」
「それじゃあ、あとは自主トレしていればいいんじゃない?」
私は、土属性の練習もしたいので、ここでモニカちゃんとの練習イベントを放棄した。先ほどは水を生み出したが、土属性なら、石とかを生み出せるはずだ。
そう思って、水を生み出したときと同じように、魔力を循環させる。そして、とりあえず地面に向けてみた。さらに手を上にあげていく。それに沿うように土壁ができる。
最初は土ボコだったけど、だんだんと砂が積み上がって壁になっていく。
(あれ……?)
私は混乱した。だって、リリアンの記憶では、土を少し盛り上げるくらいしかできなかったはずなのだ。こんな壁はできなかった。
何が起きたのか、全然わからない。私は頭をフル回転させて考えた。ゲームのリリアンと違うのはどこだ……?
そして、一つの考えにたどり着く。――私だ。当然ながら、リリアンに転生者という設定はない。でも、私と何の関係があるのか。そう考えて、ゲームの裏設定を思い出した。
友人がものすごく自慢するように言っていたのを。
『魔法は、魂と因果関係があるから、生まれたときから使える属性が決まっている。魔力を持たないのは稀であるが、適性を持たない者は少なくない……だって! 深いね~』
あのとき、自分はそんなに深いか? と思っていたような気がするが、この設定が本当なら、もしかしたら、〝リリアン〟ではなく、〝私〟が、適性のない魔力を持っていたということになる。
でも、それだとちょっとした矛盾が生じる。魂と因果関係があるのなら、私の魂が〝リリアン〟の体に宿っていることになる。そうなると、〝転生〟ではなく、〝憑依〟なんじゃないだろうか。それに適性がないなら、魔法が使えなくなっているはずだ。魔道具という、魔力を動力源とする道具なら使えるだろうが、自分で魔法を使うことはできなかったはず。
そして、リリアンの記憶もないはずだ。リリアンの記憶があって、魔法も使えて、それでいて私の魂が存在する……そんな奇妙なことがあるのだろうか。
思えば、転生する直前もおかしかった。いくらフラれたからとはいって、別にショックを受けたりとか、そこまで精神が不安定になっていたわけではない。体調も悪かったわけではない。それなのに、目の前が暗くなったのだ。当然ながら、目を閉じた覚えもない。
あれは、急に力が抜けて、その場に倒れ込んだ感覚……
「あの……リリアン様?」
後ろからモニカの声が聞こえて、はっと我に返る。そうだ。自分が生まれ変わったとか、なんで強い魔法が使えるかとかよりも、まずはこの目の前の土壁をどうにかしなければならない。
せっかく休憩していたのにと思いながら、私は立ち上がる。
そして、さっき見えた温室的な場所にでも行ってみようと、足を上げた。
そのとき、一瞬腕を掴まれたが、私が睨むとすぐに離し、「ちょっと待ってくれ」と言われた。
「何ですか? ご用なら手短にお願いします」
「なんでそんなに避けるんだ?」
避けてるのはお前の方だろと言いたくなったけど、それは喉元で止めて、理由を話す。
「あなたと関わるのが時間の無駄ですので」
だって、嫌いな人の好感度をあげるのに時間を使うくらいなら、のんびりお昼寝するのに費やす方が有意義というものだ。
それか、あの女の子と友達になるのに使うか。その方が本当にましだと思う。
もう用件には答えたのだからと、私はその場を立ち去った。今度は、止められるようなことはなかった。
どこかにのんびりできるような場所はないかと探していると、目の前に見覚えのある存在が映る。あのときの、隣に座っていた女子生徒だ。
「あ、あのときの」
「あっ。お隣になりましたよね! 私はモニカって言うんです」
「私は、リリアン・ベルテルクよ」
私が自己紹介すると、向こうは心底驚いたような顔をする。
「えっ!? ベルテルク公爵家のお嬢様ですか!?」
「そうね」
もしかして、悪名が広まっているせいで、私に怯えているのかと思ったが、すぐに顔が輝き出した。
「すごいです! 名家のお嬢様なんて! きっと良いものをたくさん持っているんだろうなぁ……!」
「まぁ、公爵家の令嬢として恥ずかしくないレベルには持ってるわね」
ベストの内側に着ているシャツだって、平民では買えないレベルだ。わがまま放題だった娘にも、お金はかけてくれるらしい。
「見せてください! 見てみたいです!」
「いいの? 私に関われば、あなたも変な目で見られるわよ?」
別に、自分が変な目で見られるのはかまわない。無視すれば全然気にならないから。でも、まったく関係のない赤の他人を巻き込みたいとは思わない。
そこまで人でなしではないつもりだ。
「別にかまいませんよ。それよりも、私はリリアン様の持っているものを見たいんです!」
「なんでそんなに見たがるのよ」
私の持っている高級なものを見ることができるなら、悪評も関係ないとまで言いきるなんて、どう考えても普通ではない。
「実は私、商家の娘なんです。なので、高級なものはつい食指が動いてしまって……すみません」
私が指摘すると、とたんに勢いがなくなって、低姿勢になった。そして、さっきまでの興奮はどこに行ったのだろうと思えるくらいに、テンションが下がっていた。
「いえ、見たいのなら、今から見に来る?」
「えっ!? 本当ですか!?」
私が見に来るかと提案すると、さっきまで沈んでいた顔が、とたんに輝き出した。
こんなにわかりやすい子は初めて見た。商家の娘なら、こんなに喜怒哀楽が激しいのはどうかと思うのだけど……
それでも、こんな裏表のない彼女は、信用という面では問題ない。
ただ……悪意も感じるといえば感じている。信用はできても、信頼まではできない。でも、悪意がまったくない人間なんていないだろう。それに、隠しているつもりもなさそうだし、そこまで問題ではないと思う。問題が起きないように、少し距離を置いて付き合えばいいだろう。
学園では、この子と過ごすだけでいいかもしれないな。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい!」
私が歩き始めると、すごくうれしそうな顔をしてついてくる。それを見ると、私も少しだけうれしい気持ちになった。
向こうは私のことをどう思ってくれているのかわからないけど、顔見知り以上にはなっていたらいいなと、密かに思っていた。
モニカちゃんを連れて、寮に戻ってきた。
戻ってきたとき、マナが出迎えてくれる。
マナは、隣にいるモニカちゃんに少しばかり驚いているようだけど、使用人としてのプロ意識があったのか、すぐに普通の表情に戻った。さすがだ。
「お帰りなさいませ。……そちらの方は?」
「入学式で隣だった子。名前はモニカさんよ」
私がモニカちゃんを紹介すると、モニカちゃんは「初めまして」と言って、ペコリと頭を下げる。
「お茶を用意して」
「かしこまりました」
マナは頭を下げて、部屋を出ていく。
部屋に来たモニカちゃんは、さっきよりも目を輝かせていた。
「わぁー、すごいです! どれも高価な物ばかり……!」
あわあわしながら、家具に近づく。でも、高価な物は怖いのか、近づくだけで触ったりはしない。
自分も、本来なら向こう側の立場なのだろうが、日本人としての私の意識が強いとはいえ、リリアンの記憶と混じっているので、高価な物を見てもそこまで驚きも抵抗感もない。
モニカちゃんの様子を見ていると、ドアをコンコンとノックする音が聞こえる。
「お嬢様。お茶をお持ちしました」
「入って」
私が入室の許可を出すと、「失礼します」と言って、マナが入ってきた。
そして、机にティーカップを置いて、お茶を淹れ出す。
「モニカさん。お茶が入ったから飲まない?」
「えっ、あっ、はい!」
完全に周りが見えていなかったようで、私に声をかけられたとたん、慌てて返事をした。
私がソファに座ると、モニカちゃんは少し戸惑いながらも席についた。
私が紅茶を飲むと、モニカちゃんも一口飲む。そして、「わあっ!」と驚きの声をあげた。
「ダージリンですね! ここまでおいしいのは初めて飲みました!」
「あら、わかるの?」
私は全然わからないのに。ダージリンという品種は、私も聞いたことがある。結構有名な紅茶だったはずだ。
前世と同じなのかは、飲んだことがないからわからないけど。
「紅茶のシャンパンと呼ばれていて、両親が好きだったので、私もよく飲んでいたんですよ! それに、うちの家はお貴族様のお家にお茶も卸してますから! 味で判別するなんて朝飯前です!」
モニカちゃんは、えっへんと胸を張る。
貴族の家と取引があるのは、確かにすごいことだろう。それだけ、モニカちゃんの商家が、信用に値するということだ。
「それよりも! ここにあるものすべてがすごいですね! さすが公爵家のお嬢様の部屋です! どこのブランドですか!?」
「私も詳しくは知らないのだけど、フェンネル……とか言ってたかしら?」
自分が知らないことは、リリアンの記憶を探るしかないのだが、リリアンは、高ければ別にかまわないという性格で、どこのブランドなのかとかは、あまり聞いていなかった。
「フェンネルって最高級ブランドですよ! すごいです! 私もお店に行ってみたいです!」
今にも騒ぎ出しそうな勢いで早口になり始めた。このままだと、一人だけお祭り騒ぎになりそう。それはそれとして、私も直接行ったことはない。貴族は、買いに行くようなことはしない。商品から、来てもらうのだ。
来てくれない商品は、使用人が買いに行く。そんな感じなので、貴族は街を出歩くことは、滅多なことがない限りはあり得ない。
あるとしたら、いわゆるウィンドウショッピングくらいだろう。
「行きたいのなら、次のお休みに行ってみる?」
「えっ! あそこは、一見さんお断りを謳っているんですよ?」
あり得ないという表情でありながらも、その目には期待の眼差しが見え隠れしている。
こんなに素直で、商家の娘としてやっていけるのだろうかと少し不安になった。
「その店を利用している客でもある、公爵令嬢の私をそう簡単に追い出せる店があるなら知りたいわね」
ここは、完全な階級社会だ。公爵令嬢として、高い身分を持っていると、義務も多いが、その分権利も多い。多少の便宜ははかってくれるはずだ。
そのお店に貢献していないならまだしも、ここの家具のほとんどは家から持ち込んだもので、フェンネルのものだ。お得意様ともいえるような客を店に来たことがないからという理由で追い出すとは思えない。
「それじゃあ、今度のお休みに行きましょう! 絶対! 絶対ですからね!!」
もう不安はなくなったとばかりに、まるで餌に食いつくうえた獣のように詰め寄ってきた。
確かには庶民からしたらすごいことなのかもしれないけど、そこまで興奮することはないのではないかとも思ってしまう。
「そうね。授業を受けたあとに、その元気が残っていればの話だけど」
私がからかうようにそう言うと、急に落ち込んでしまった。
私と似たタイプだとは思っていたけど、勉強も苦手な傾向にあるようだ。私も、勉強は苦手……ではないけど、好きではない。どちらかといえば、嫌いな方に入る。
勉強が好きだーという人は、少数派だろう。自由に過ごせるのなら、ほとんどの人が遊んで過ごすと思う。
「リリアン様! 勉強を教えてください!」
「いや、まだ教科書すらないんだけど?」
内容も知らない授業を、どうやって教えろというのだ。わざわざ乙女ゲームに授業内容なんか出てこなかったし。
「大丈夫です! 明日は魔法の授業というのは知っています!」
「どこ情報よ」
「ここに教師として勤めている叔父から聞きました!」
「えっ!? 身内がいるの!?」
てっきり、商家の情報網か何かだと思っていたので、内部に身内がいるとは思わなかった。
「いますよー? アレクシウスお兄様です!」
それを聞いて、私は飲んでいた紅茶を吹き出しそうだった。
アレクシウスは、隠しルートの攻略対象だからだ。いわゆる、攻略対象を全部攻略したあとに入る、隠しキャラというものだ。
私はプレイもしていないし、プレイ画面も見ていないので、友人から聞いただけだけど、攻略難易度は高めだそうだ。
そしてアレクシウスには、年の近い姪っ子がいて、その人をはじめに親友と呼べるくらいに仲良くならないと攻略できないと、友人から聞いた覚えがある。
つまり、目の前にいる存在は、ゴリッゴリに乙女ゲームと関わっている。モブどころか、サブキャラの扱いだ。
しかも、なんかそのサブキャラには裏設定的なのがあったような気もする。私は乙女ゲームの共通ルートまでという、序盤も序盤までしか見てないし、それ以降のルートについては、友人から聞いただけだからあまり覚えていないけど。
今度は私の気持ちが沈んだ。絶対に面倒くさいことになりそうだからだ。
サブキャラであるモニカちゃんもだけど、その攻略対象にも裏があるのかと思うと……
願わくば、その人に深く関わらないのを祈るばかりだった。
翌日。内容は、本当に魔法の授業だった。どうやら、モニカちゃんの身内が乙女ゲームの隠しキャラである教師というのは、本当のようだ。
それがはっきりしてちょこっとだけ気持ちが沈んだけど。だって、嫌だし。これでモニカちゃんに裏があるかもしれないというのが確信めいてきたし。
授業といっても、教科書などは必要ない。というか、魔法の授業で座学はほとんどない。大抵が実技だから。今日は、魔法を使うための訓練。
でも私は、ゲームのフライングで知っている。共通ルートに魔法の使い方についての描写があったから。ちなみに、これは一年生が全員で行うことなので、彼女がいる。乙女ゲームのヒロインだ。まぁ、私にとっては、攻略対象もヒロインもモブもどうでもいい存在だけど。
サブキャラだって、モニカちゃん以外は本当にどうでもいい。仲良くしようとしてくれるなら仲良くする。嫌うんならこっちも嫌う。それだけのこと。
……まぁ、モニカちゃんもちょっと付き合い方を考え始めているけど……そこは、これからのモニカちゃんの態度で決めるとしよう。
「リリアン様ー!」
遠くから私を呼ぶ声がして、そちらの方を見ると、モニカちゃんがこちらに走ってきていた。
「モニカさん」
「リリアン様! 一緒にやりません?」
「一緒に?」
別に、これは一人でも全然できることだ。わざわざ一緒にやる必要はない。
ということは、おそらく――
「あなた、できないの?」
「うっ!」
図星だったようで、一瞬うめき声をあげながら、石像のようになった。
これは、できる人なら全然一人でも余裕でできるのだ。なぜなら、魔力を循環させるだけだから。いわゆる、血液のような感じだ。体全体に循環させればいい。
でも、それができない人は、そのイメージが掴めないということになる。あとは、感覚に頼るしかない。
それには、他人から魔力を通してもらう必要がある。
「リ、リリアン様はできるんですか!?」
図星をつかれて恥ずかしいのか怒っているのか、やけくそのように私にたずねてきた。
「できるわよ?」
私は体の内部の構造を頭に浮かべる。内臓や筋肉、骨の位置まで。そして、血管に血液を流すように、魔力を循環させる。
そして、私は右手に水の球を生み出した。
「ほら」
「なんでできちゃうんですか!!」
「何よ! できてほしくなかったみたいに!」
さすがに理不尽でしょ! 私が落ちこぼれだとうれしかったのか? 毒舌会長と呼ばれた私もそこまでは言わなかったわ!
ちなみに毒舌会長とは、私が小・中・高と生徒会長(小学生は児童会長)をやっていたのだけど、私が何度言ってもやれない人に厳しく言っていたからついたあだ名だ。
下手したら、パワハラになりそうな言動をしていたので、毒舌と呼ばれるのは当然かもしれない。でも、ところかまわず怒鳴っていたわけではない。ちゃんと一対一で叱っていたし、褒めるときはちゃんと褒めていた。
大した実力もないくせに威張っているようなやつらをけなしていただけだ。
ほら、公の場で責任をこっちだけに押しつけるようなあの先生とか……
「おい、お前!」
そんなことを考えていたら、めちゃくちゃ聞き覚えのある声が聞こえる。
でも、先ほどのように視線を向けたりはしない。
「それじゃあ、モニカさん。コツを教えてあげるから、手を出して」
私はそう言うものの、モニカちゃんは手を出さずに、後ろを気にする。
「あの、呼んでるみたいですけど……?」
「呼ばれてないわよ。私はお前なんて名前じゃないもの。ほら、手を出して」
せっかく教えようとしているのに、手を出さない。
そんなに後ろが気になる? 銅像とでも思っていればいいと思うわよ?
「無視するな! そこのお前だ」
「まずは、魔力を循環させないと、魔法は使えないのよ」
「おい!」
無視を続けていたら、思いきり肩を掴まれた。おいおい。現代日本じゃ、これは立派な体罰だぞ。
「何ですか」
私は、嫌々を隠しもせず、仕方なく振り向いた。
「お前、なんで昨日来なかったんだ」
「あなたが勝手に言っただけでしょう? 了承した覚えがありませんもの」
そう。向こうが一方的に言ってきただけであって、私は了承していない。だから、行かなかっただけだ。最初から行くつもりもなかったけど。
「お前が騒ぎたてるからだろ。さすが公爵家のお嬢様だ」
「私が騒いでいることに、公爵家のお嬢様かどうかなんて関係ありませんし、あなたの話がつまらなさすぎるうえに、長すぎるからですわ」
真面目な話は、できるだけ短く終わらせる方がいいのだ。どうしても長くなるなら、小話を挟んだ方がいい。それか、少し休息をとらせるか。そんな努力もせずに、話を聞いていなかったとか言われても無理という話だ。
それに、全部が必要あることならいいけど、ただ引き伸ばしているだけのペラッペラな内容だったしね。なら短くしとけと思うのは私だけではないはずだ。
「どうしても話したいのなら、今どうぞ。私は、あなたのように暇ではないので」
私が冷たく言うと、周りがクスクス笑い出している。
モニカちゃんは顔を青くしてアワアワしているけど。
笑われたことに腹が立ったのか、その教師はゆでダコのように真っ赤になった。
そして、おそらく完全に怒りに身を任せていたのだろう。私は、思いきり頬を叩かれた。
その場には、パァンという大きな音が響く。結構強く叩かれたので、私はその場に倒れてしまった。
私は、これにはさすがに驚いた。貴族の通う学園に、暴力に訴える教師がいるなんて思わなかったから。
「公爵家だろうが、お前が生徒である限り、教師の方が上なんだよ!」
「そうですか」
私はそれだけ言うと、立ち上がって、モニカちゃんの方を見る。
「さて、さっきの続きをやろうか」
「そ、その前に、医務室に行った方が……」
私の赤くなった頬を気にしているようだ。確かに見た目は痛々しいけどちょっとじんじんするだけなんだよね。
前世ではいろいろあったから、こんな怪我は慣れっこなので、何の問題もない。
「平気よ。蚊が留まったようなものだから。先生も、用がないのなら、もう帰ってくださりませんか? ――授業中なんで」
少し睨みを利かせながら、私は冷たくそう言った。それには、少しだけ敵意もこもっていただろう。
きっと、生粋の貴族令嬢なら、暴力を振るわれたら、癇癪を起こすか、泣き出すかのどちらかだったのだろう。その教師は、心底驚いた様子で自分を見ていた。
まぁ、私は生粋の貴族令嬢ではありませんし。こいつは、いわゆるチンピラだ。前世でチンピラどころではない、いわゆる本物に会ったことがある私にとっては、子犬がキャンキャン吠えているようなものである。
「そ、その態度はなんだ!」
「あなたにはこれで充分ですから。説教したいならどうぞご自由に。用がないならお帰りください」
「……っ!」
さっきまで自分が優位だと思っていたのに、急に突き落とされたような気分になったのだろう。何も言えなくなっている。
恥ずかしくなったのか、「チッ!」と舌打ちして、どこかに行ってしまった。
それくらいで立ち去るなら、私に楯突かなければ良かったのにね。
邪魔者が消えたところで、授業が再開される。私も、モニカちゃんに教えるのを続行した。
「じゃあ、今から魔力を通すから」
私が手を差し出すと、手を乗せてくる。
「は、はい……」
緊張しているような感じだ。私に乗せている手も、少し震えている。
私は、ゆっくりと魔力を流し始めた。右手からモニカちゃんの魔力を押し出すように。すると、左手から、モニカちゃんの魔力が流れ込んでくる。
「うん……」
変な感覚があったのか、少し惚けたような顔をしてうめき声をあげる。
やめてくれ。それをされると、私のSな性格が目覚めそうなんだよ。がんばって抑えるけど。
「はい。これでどう?」
「はい。なんとなくわかった気がします!」
彼女はそう言うと、目を閉じて集中し始める。そして、手のひらにろうそくくらいの火を生み出した。どうやら、モニカちゃんは火魔法が使えるらしい。
「やった! できましたよ! リリアン様!」
「それじゃあ、あとは自主トレしていればいいんじゃない?」
私は、土属性の練習もしたいので、ここでモニカちゃんとの練習イベントを放棄した。先ほどは水を生み出したが、土属性なら、石とかを生み出せるはずだ。
そう思って、水を生み出したときと同じように、魔力を循環させる。そして、とりあえず地面に向けてみた。さらに手を上にあげていく。それに沿うように土壁ができる。
最初は土ボコだったけど、だんだんと砂が積み上がって壁になっていく。
(あれ……?)
私は混乱した。だって、リリアンの記憶では、土を少し盛り上げるくらいしかできなかったはずなのだ。こんな壁はできなかった。
何が起きたのか、全然わからない。私は頭をフル回転させて考えた。ゲームのリリアンと違うのはどこだ……?
そして、一つの考えにたどり着く。――私だ。当然ながら、リリアンに転生者という設定はない。でも、私と何の関係があるのか。そう考えて、ゲームの裏設定を思い出した。
友人がものすごく自慢するように言っていたのを。
『魔法は、魂と因果関係があるから、生まれたときから使える属性が決まっている。魔力を持たないのは稀であるが、適性を持たない者は少なくない……だって! 深いね~』
あのとき、自分はそんなに深いか? と思っていたような気がするが、この設定が本当なら、もしかしたら、〝リリアン〟ではなく、〝私〟が、適性のない魔力を持っていたということになる。
でも、それだとちょっとした矛盾が生じる。魂と因果関係があるのなら、私の魂が〝リリアン〟の体に宿っていることになる。そうなると、〝転生〟ではなく、〝憑依〟なんじゃないだろうか。それに適性がないなら、魔法が使えなくなっているはずだ。魔道具という、魔力を動力源とする道具なら使えるだろうが、自分で魔法を使うことはできなかったはず。
そして、リリアンの記憶もないはずだ。リリアンの記憶があって、魔法も使えて、それでいて私の魂が存在する……そんな奇妙なことがあるのだろうか。
思えば、転生する直前もおかしかった。いくらフラれたからとはいって、別にショックを受けたりとか、そこまで精神が不安定になっていたわけではない。体調も悪かったわけではない。それなのに、目の前が暗くなったのだ。当然ながら、目を閉じた覚えもない。
あれは、急に力が抜けて、その場に倒れ込んだ感覚……
「あの……リリアン様?」
後ろからモニカの声が聞こえて、はっと我に返る。そうだ。自分が生まれ変わったとか、なんで強い魔法が使えるかとかよりも、まずはこの目の前の土壁をどうにかしなければならない。
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