Crystal Asiro【クリスタルアシロ】

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第3章 国際首脳会議

会議の後に

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 会議の後、ルーグはクリスタルを探していた。彼女は会議室を出た後、執務室や自室に戻らず何処かに行ってしまったままだ。二人で不休で作り上げた資料の束を執務室に置き、城内を探し回る。走って探し回り、ルーグが最後に着た場所は庭園から少し外れた場所に隠された様に建てられている温室。クリスタルが居る可能性があるため、一応声をかけ温室に入る。

「クリスタル、入るぞ。」

 温室は広々としているものの、所狭しと様々なハーブがプランターに植えられている。自動水やり装置や使い込まれた作業台も置かれている。その最奥にルーグの探し人が居た。周りを柔らかい素材で囲われた、大きなクッションに包まれてクリスタルは眠っている。辺りに小さいクッションが投げつけられており、かけていたであろうタオルケットが床に落ちている。

「さすがに交渉を連続でやれば疲れるか……。」

 落ちてあるタオルケットを、そっとクリスタルにかけてやる。

「うーん……。」

 身じろぎしつつ唸るクリスタル。そんな彼女を見て、ルーグはため息をつく。

「お前は色々背負い過ぎだ。俺にも少し背負わせろよ。何のための相棒だ。」

 クッションに静かに座って、クリスタルの左手を握る。自身より小さく柔らかい手には、インクが少しついている。ルーグの手はそのままクリスタルの目元をなぞる。目元に薄っすらクマが出来ている。それを優しくなぞる。

「あれだけ考えて周りの国に迷惑かからないように、俺と一緒に修正してたのにな。」

 彼女には珍しく、今回の議題に関して何度も訂正し、納得せずに破棄する事を何度もやっていた。ようやくクリスタル本人が納得できる内容やコストにさせ、戦争になった場合の資料を完成させた。それ故に、自国の身を大事にする他国の連中に彼女は落胆したのだろう。

「お前にとっては、一番嫌な事だもんな。手を差し伸べられないのは。」

 クリスタルは、所謂天才である。運動神経も魔力も高く戦闘技術もあり、様々な武器を扱える。頭が良く知識も経験もあるため、戦略や交渉も隙が無く出来てしまう。不老不死であり希少種であるために希少価値がある。そして大国の国王のため権力もある。

 だが、そのために非の付け所が少ない。せいぜい『旅に発作的に行くこと』『性格に難がある』くらいである。それすらもカバー出来るくらい有能なため、誰から何も言われない。誰からも手を指しのべられない。クリスタルは、それが何より嫌なのだ。それを知るのは自分とライトとレフトだけだが。

「ちょっとハーブの手入れやってやるか。心身共に疲れてるだろうし。」

 ルーグは立ち上がり、ハーブの様子見をする。ここで育てられているハーブは基本的に希少な種類が多く、手入れが欠かせない代物ばかりが揃っている。そしてそれらのハーブを育てて茶葉にする事が、クリスタルの主要な趣味の1つである。ルーグとしても、クリスタルのハーブを大事にしたい。

 ハーブを見て回り、少し伸びすぎている部分をカットして作業台に置いておく。同時に虫がついていないかや病気になっていないかをチェックしていく。今回も全て大丈夫なようだ。収穫も数種類揃っており、種類ごとに束ねて温室の天井に吊るして乾かす。

「これでハーブの管理は大丈夫だな。クリスタルは、……まだ寝ているか。」

 クリスタルの様子を見れば、先ほどよりは幾分か穏やかな寝顔をしている。そんな様子を見て少し笑い、ルーグは温室を出る。

「お疲れの国王にご機嫌取りでもするか。アフタヌーンティー用意すれば、ちょっとはマシになってくれるかもしれないし。」

 ルーグはまず自室エリアに向かい、茶葉を取りに行く。

  __________

 クリスタルはゆっくり目を覚ます。まだ疲れは残っているが、少しは会議での苛立ちや落胆は落ち着いている。そして何処からかハーブの香りと何かの甘い香りがする。ゆっくり起き上がれば、傍で本を読んでいたルーグがいる。

「……ルーグ、お前来てたのか。」

 クリスタルの声にルーグは反応して顔を向け、本にしおりを入れて閉じる。

「起きたか。かなり寝入っていたぞ。疲れが溜まってたんじゃないのか?」

「それよりイラつきとかの方が強いな。」

「だろうな。菓子は用意してあるから、今からお茶入れようか。」

「そうだな、頼む。」

 ルーグは立ち上がり、ガーデンテーブルに置いてあるポットにお湯を入れる。暫くの沈黙の後に、お茶をカップに注ぐ。

「お茶入ったぞ。起きられるか?」

「それは平気だ。」

 クッションから立ち上がり、クリスタルは席に座る。その対面にルーグも座る。ハーブティーに蜂蜜、ジャムクッキーやチュロスなどの菓子も用意されている。

「お茶飲みながら菓子でも食べよう。今回はリラックスできる茶葉だから、今の状態のお前にはいいかもな。」

「まぁ、そうだな。ちょっと食べるか。」

 二人はゆっくりとお茶を啜り、菓子を食べる。菓子を食べきるまで、二人の間に沈黙が流れる。そしておかわりのお茶を飲んでいると、クリスタルが喋る。

「毎回一応国際会議しているが、意味が見い出せない。」

「そうだな。誰も意見言わないからな。今回アゼミアとハルシャルが意見出してくれただけでも、成果があった。」

「それに、皆俺が何でも出来るし、何でもやってくれると勘違いしている。」

「本当にな。俺達だって大量の人材を動員するし、物資も大量に消費するってのに。」

 クリスタルはゆっくり話し始める。それにルーグは同意するように答える。静かに、二人なりの時間が過ぎていく。

「どうしてそういう奴ばかりなんだろうな。俺には分からんな。」

「人によっては得手不得手がある。お前にも欠点があるように、そういう奴にも欠点があるもんさ。」

「……そうだな。」

「国際会議が終わったら、ライトとレフトの所にでも行こう。『国際交流』って言えば、誰にも文句は言われないだろうから。」

 ゆっくり、ゆっくり、暗くなった温室で時間が過ぎていく。そこへ友人たちの声が聞こえてくる。

「クリスタル! ここにいた!」

「ちょっと、大丈夫だった!?」

 見ればライトとレフトが走ってやって来る。その手には先ほどの会議の資料がある。

「あの後ね、僕達で協力的じゃなかった国に協力お願いしたんだ! 全員何らかの人員派遣してくれるって!」

「本当か! 助かった。」

「ライトってば、凄く頑張ってたんだかラ。お礼の一つでも欲シいわ!」

「……ははっ!」

 3人のやり取りに、今日初めてクリスタルが笑う。

「なら、何か礼をしないとな。ライト、レフト。礼は何がいい?」

 クリスタルの問いに、ライトが答える。

「なら、会議頑張ってた友達と気晴らしがしたいなぁ。」

 それを聞きレフトが続ける。

「クリスタル! アタシ、バーベキューシたい! クリスタルも肉好きだシ、いいわよね?」

 ルーグも続ける。

「クリスタル、最近仕入れたいい肉があるって、昨日料理長が言ってたぞ? 野菜も旬のものがあるそうだ。」

 3人の言葉を聞き、クリスタルが立ち上がる。

「3人とも! 明日の昼はバーベキューだ! 決まりな!」

 ルーグとライト、レフトが頷く。4人は夕食までの間、賑やかにお茶会をするのであった。
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