勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【247話】 リリアとクズ

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「お願い… 荷物全部あげる… リリアも好きにしていいから… 二人は見逃して… お願い、お願いよ…」
リリアはボロボロになって懇願している。

メイリンがパニックになって治癒術を発動するので、切っても切られても回復されていく。
これでは統計と確率論だ。必然的に時間の経過とともに数の多い方が有利になっていく。
相手が賊とはいえ人だ。まともな神経の持ち主なら何度も人を切り付ける行為は精神的に負担になる。リリアだってこの短時間で何度卒倒するような痛みを味わった事か…
正義感と死にたくない一心で戦っていたが、多勢に無勢。これ以上抵抗を続けたら皆殺しになる。
誰でもよい、誰か一人生き残ってくれたら、それで自分の最後くらいは誰かに伝わる。
助かる者は助けねばならない、ましてリリアは勇者なのだ。国民の命が最優先…

「よし、いいだろう… そこの二人は見逃してやってもいい。その前におまえはこれを飲め。そしたら見逃してやる」
賊の一人が転がっていた幻想薬をリリアに投げてよこした。
乾いた音をたてて瓶がリリアの足元に転がる。
「… いや… それだけはいや… 武器を置くから…二人を行かせてあげて…」リリアが泣きながらお願いする。
この状態で幻想薬を飲んだら…
「どうせ同じことだ、おまえだって楽しめた方がいいだろう!飲んじまえよ!楽になるぜ!脳みそまでピンク色になるぜ!」
誰かが言うと下品な笑いが起きた。
「いや…何でもするから… これだけは… お願い…お願い」リリアがすすり泣く。
「あめぇ!生かしてもらえるだけありがたいと思えよ。それとも全員死ぬか、全員失禁するまで俺達の相手するかだ」
「失禁するまで?一生ペットだぜぇ」
笑いが起こる。

一人がサラとメイリンに剣を向ける。

「わかった…わかったよ…飲むから… もう行かせてあげて…」
リリアは瓶を拾い上げて、震える手で幻想剤の蓋をあける。
これを飲んだらお終いだ。逃げる事も戦う事も出来なくなるだろう。
屈辱と薬の効果の狭間で正気を失い半狂乱となって乱れる女の姿をリリアも何度か見た事がある。
あんな醜態を晒したくはない。人でいたい。
しかし、選択肢はないようだ。

血の混じった鼻水と涙が瓶の中に落ちて小さな波紋が出来るのが滲んで見えた。
「どうすんだよ!」男達がメイリン達に迫る。

「わかった…わかったから」
リリアはボロボロと泣きながら瓶に口をつける。
「飲んだふりだけしようったって無駄だぜ。ちょっとでもこぼしたらおかわりだ」男が笑う。
「… ぅぐ… うぅ…」
リリアは一瓶全部幻想薬を飲みほした。

“あたし、もう人の生活できないんだ…”
リリアは思った。

「よし、いいだろう… おまえらさっさといけよ」
「リリア…」サラが泣く。
メイリンは放心状態のようだ。
「いいの…お願い、もう行って。振り返らないで。皆によろしく。ダカットとペンダントをよろしく。ブラックは故郷に、あたしのペンダントはウッソ村に届けて。この先の事は見られたくないの!もう行って」リリアが泣き崩れる。
「ごめんリリア。ごめん…ごめん…」
サラがメイリンを引きずるように道を戻って行く。
二人の姿が遠ざかっていく。

「もういいだろ、武器を捨てろよ」
リリアは男に言われた。
「わ、わかった…その前に、矢を抜きたいの… 激痛…刺さったままの矢が痛い」
実際に矢が刺さったまま治癒をかけられてしまった。
体内に矢先が埋まっている。
「ここじゃ目立つ、森の中へ… 痛くて移動できない?っち… さっさとしろよ」
リリアは矢を除去する。
大した時間稼ぎにもならないが、今は少しでも時間を延ばしたい。
それに脳に刺さるような激痛なのは確かだ。

“?…”
リリアは背中に手を伸ばして、矢を探したが感触がない。
代わりにシャツが破れ、肉がえぐれたようになっている。どうやら治癒後、もみ合っている間に抜け落ちたようだ。血が流れている。
激痛には変わらない。
「… ぅっぅ…」
リリアは腿に刺さる矢に手をかけた。
完全に埋まってしまっている。
「ぅぎいぃぃ… ぐぎぃ…」
反しのついた矢のようだ。抜こうとすると失神するほどの激痛。
「あぁ、完全に埋まってるぜ。そりゃナイフで肉を切らないと抜けねぇな」
「モタモタすんなよ」
誹りを受ける。

“クズどもめ”

「うがっ!うぎゅうぅぅぅ」
リリアは食いしばりながら自分の腿に剣を突き立てた。
血が噴き出る。矢の周囲を十字に切らないと取り出せないようだ。
もう死んでしまいたい…

「どうした?はじめてか?痛いくないようにしてやろうか」
笑い声がする。

リリアは少しずつ痛みが引いて来るのを感じた。
フワフワするような、高揚感のある感じ。
“薬が効いてきている”リリアは思う。
「うぅ… ぐふぅうぅ…」
リリアは矢を取り出すために剣を自分の足に突き立てるが深さが足りない。
自分の足を綺麗に十字に切開するなど至難の業。死ぬほど至難。
「あぁ… はぁはぁ… うぅ…」
リリアは肩で息をすると草むらに膝まずいた。
“もうダメだ“
生も根も尽きてしまった。

体が温かい。頭が痺れるようだ。全身の痛みもひいてきた。
“父さん…母さん…”
「あぁ…リリアは…」
リリアは剣を手に脱力していく。
「効いて来たか?こいつ恍惚としてるぜ」
笑い声が響く。

自分はこれからどうなのだろうか。すぐに殺されることはないだろう。
その代わり…
誰かに救い出されるまでペットのような日々が待っているのだろうか。
救いは来るのか…
その先はどうなるか…
売られるのか…
いつまで正気でいられるのか…
いっそ死んだ方がまし…

蹲るリリアの目に閃光が入った。
“剣… 剣がある… 自分で自分の人生は決められる”
体がポカポカと温かく、広がる幸福感…
薬の作用だ…
もう時間がない…

「と、父さん…か、かあはん… リ、リリア…はぁ… いまからぁ…」
リリアは呟くと剣を自分のお腹に思いっきり突き立てた。
男達の慌てる声がする。

リリアはそのまま前のめりにうつ伏した。
腹部から熱い感触がするが痛いと言う程のものでもない。
「ら、らいじょうぶ… おもったより、いたぁくない… いたくないょ… とうはん…かあはん… コトロ…あたひ…お家に…」


男達が慌ててリリアを抱え、回復のポーションを顔から浴びせように与えるがリリアは何度かグブグブと大量に血を吐いた。
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