勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【221.5話】 リリアと泉の精 ※少し前の話し※

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「うげぇ… なんでこんな… メッチャ水飲んじゃった…」
リリアは必死に水から這い出てきて咳き込んでいる。全身ずぶ濡れ。
びっくりした、今までこんな場所に水溜まりがあっただろうか?


リリアはとある村で宿泊がてら山の植物の採取に来ていた。アルケミストのミケルに頼まれたのだ。昨日まではギルド・シルバーソードに所属するアルバートと一緒に魔物を退治しながら薬草採取、色んな植物や実を採取していた。
目標を達成してアルバートは一足先に街に戻った。
リリアは今日、明日は一人で内職。
リリア達は村の滞在中、マイズさんの宿に食費以外はただで泊めて貰っていたのだ。その代わりリリア達の採取仕事が済んだら、リリアが鹿や猪を取ってきて割安でマイズさんに卸す約束になっていた。
リリアにしたら宿泊費が浮き、ちょっとバイトになり、マイズさんにしても儲けが出るシステム。
「宿泊はただで鹿肉を安く獲ってくのね?了解よ」リリアも承諾していた。
今日からリリアはハンティングに山に入っていたのだ。
数日間、リリアとアルバートで魔物を掃除して村周囲が安全になったこともあり、野生動物の行動範囲も広くなっているはずだ。


で、リリアは山に入って獲物を探していたら水溜まりに落っこちた。
あまりに突然な事で慌てて溺れかけた。
「なんでこんな場所に…」
リリアは全身びっしょり。
この辺は度々リリアもハントや採取でやってくる。こんな場所にいままで水溜まり等なかったが…
リリアが見ると水溜まりというには大きく、池という程の規模でもない中途半端な水溜まりがある。まぁ、水溜まりと呼んでおこう…

大した大きさは無いのだが落ちてみてわかったのは結構深い。
意外であり、不意であり、驚きであり、とにかくリリアは溺れかけた。自分の身に何が起きたか一瞬混乱しながらも必死に水から這い上がってきたのだ。
それと必死に這い上がった理由はもう一つ、水際がやたら切り立っていた。
不自然過ぎる…
ちょっと驚いていたリリアだがすぐに弓とホウキを水の中に落としたのに気がついた。
ちなみにリリアはちゃんと泳げる。しかし不意過ぎて慌てて落とした。それに水に入る事を想定していないと結構色んなアイテムが重かったりする。
まぁ、とにかく弓とホウキを落とした。
「まったく… とりあえず潜らないと…」
自分の背丈以上の深さがあったようだ、どのくらいの深さなのか確かめるために淵から覗こうとした。
「どわ!」
リリアは小さく叫んで尻もちをついた。
水面に人の顔が映り込んで来たのだ。驚く!
リリアが目を丸くして座り込んでいると水から出て来た者は喋りだした。
「親愛なる旅人よ」水から浮上してきて厳かに声をかける。
「うぁ!水死体がしゃべった!立ってる…ゾンビ?」リリアはもう一度驚愕の声をあげた。
「失礼な!私は泉の精です… まったく…そんな反応されたの初めてだわ…」泉の精はブツブツ言っている。
リリアはしげしげと泉の精を見る。
確かに水の中から出てきたが濡れていない。何だかちょっと神々しい気もする。水の上に立っている。美人で優雅なローブを着流している。
「泉の精なのね… 始めてみたし… ニョキニョキと生えてくるように登場してきたし… リリアは心臓まで水の中に落っことしそうになったよ」リリアはまだドキドキしている。
「あなたは重ね重ね失礼な人ですね… 本来なら怒って帰るところですが久々のことですし、あなたは山の恵みの中で育った心清らかな女性のようです。ここは少し堪えてチャンスを与えましょう」泉の精が厳かに言う。
「なんか気に障ったらごめんなさい。でも前までこんな場所に水溜まり無かったし、溺れかけたし、びっくりしたよ、トラップかと思ったよ」リリアは冷静になってきたようだ。
「私は泉の精、ここは清き心の泉、水溜まりではありません。ましてやトラップ等… 自然と関りが深く、自然の摂理に従い慈愛を持って接する者の元に現れるのです。はい?センスある?人を見る目ある?… なんか、やりにくいですねぇ…」泉の精が厳かに言う。言われようにちょっと不機嫌。

「本題に入りますがあなたが落としたのはこの金の弓ですか?」泉の精が厳かに言う。
「えぇ?いや、普通の弓、ローゼンさんの弓」リリアが答える。
「そうですか、では…」
水の精が厳かに言うのをリリアが遮った。
「ちょっと待って、それ本当に本物の金?見せてもらえる?… え?だって確かめたいじゃない… 持って逃げたりしません、見てみたいんです」リリアが言う。
リリアは持ってみて驚いた!凄い重量、確かに金のようだ。弓の細部にいたるまでローゼンの弓と瓜二つに似ている。
「泉の精はこれを持って水から浮き上がってきたのね… 確かに人間離れしている… リリアじゃ水溜まりの底にまっしぐら…」リリアが感心する。
「… 泉なのですけど… その金の弓はあなたが落とした物ですか?」泉の精が厳かに言う。
「… あたし、リリアって言うの、これでも勇者だよ。まぁ、どうでも良い事だろうけど… これはリリアの弓ではないわよ。リリアが落としたのは普通の弓。これと似ているけど木で出来ているの」
金の弓も凄いが弦まで金なのだ。弓もしならないし矢もつがえられない。これでは仕事にならない。そもそも片手で全く構えられない重量。
「あなたは正直な人ですね」泉の精が厳かに言うと水に厳かに潜っていく。
リリアが見ていると再び泉の精が銀の弓を手に厳かに浮上してきた。
「あなたが落としたのはこの銀の弓ですか?」泉の精が厳かに言う。
「いや… だから… リリアが落としたのは木の弓よ、人の話し聞いてないの?この弓じゃ弦まで銀じゃない。仕事できないよ。早く水から上げないと湿気ちゃうんだけど」リリアはズケズケと言う。云い方はとにかく、正論。
「あなたは正直ですけど… 何だか言いぐさが腹立たしいですね」泉の精が厳かに言う。
「早く、勿体つけずに取って来てよ、木よ!ローゼンさんに貰った大切な弓なの!手の込んだ悪戯しているうちに本当に弓がダメになっちゃう。何ならあたし潜ろうか?」リリアが少し声を上げる。
「ちょっと待ちなさい… 今取ってくるわよ… まったく、最近の若い子ときたら…」泉の精が厳かに愚痴りながら厳かに潜っていく。
「あなたの落としたのはこの木の弓…」
「それ!それです!ローゼンさんからもらった大切な弓!それ!ありがとう!大事な商売道具!」
リリアはお礼を言いながら半ばひったくるように手にして弓を確認している。
ちょっと失礼だったが大事な弓が長い間水に浸っていたのだ、心配になる。
「あなたは正直な人ですが… 大変失礼な人でもありますね…」泉の精が厳かに言いう。
「あ!それとダカット、ホウキよ!木よ!溺れて死ぬことはないけど大事な仲間なの… 金のホウキ?…いや、だから木なの… 銀のホウキ?…ねぇ!わざとなの?リリアの言う事聞いてないの?… 金か銀か本物か聞くのがしきたり?…そっちの都合だよね!こっちは落とした物を回収したいしきたりよ! とにかく木よ!生意気だけど全周囲見渡せて、夜目も聞いて結構気の利いたおしゃべりできるホウキなの!それがリリアの落としたホウキなの!」
何回同じ事言わせるんだ!リリアはイライラしている。

ようやくリリアの手元にダカットが戻ってきた。
「俺より先に弓を拾わせただろ!」ダカットは根に持っているようだ。
「あなたは大変正直な人ですが… 正直金も銀もあげたくない気分です…」厳かに言う。
「えぇ!金と銀くれるの?すっごい高いよ!良いの?これ全部もらえるの?欲しいよ!もらえるなら全部もらう」リリアは驚いている。
「いや… 正直あげたくないです…が、規則が… 何か嘘をついてください。これらの金銀はあなたの落とした物ですか?」厳か。
「いや、リリアのじゃないよ。泉の精様も金か銀か本物かって自分でいってじゃない。ひっかけ問題なの?ひっかからないよね、えっへっへ、でももらえるならもちろんもらいたいです」リリアはニコニコしている。
「あなたはとんでもなく欲望に正直な人です… そして腹立たしい… なんだか素直に全部上げる気がしませんが… ねぇ、もう何でも良いから嘘ついてよ…」
泉の精は厳かに言う。
「えぇ?嘘ってついてくれって突然言わされて無理だよ… 嘘はつくものであって、つかされるものではないの、人間のしきたりよ。金の弓と銀の弓はリリアが落としたか?だからぁ、何度も同じこと言わせないでよね!落としたのは木の弓、木のホウキ!… モウロクしてるの?何で同じこと言わせるの?でも、金も銀も貰えるならもらうわよ…欲しいわよ…だって凄い価値じゃない。リリアは欲望に正直なタイプなの… だってくれるって言ったじゃない… えぇ?これって完全カスタムメイドでしょ?弓もホウキも傷まで再現してある… もともとプレゼントでしょ、これって… だって他に誰のため?はぁ?… じゃあ面倒だし、文句言われるくらいなら… いや、欲しい… けど、もういいよ…面倒…要らない。欲しいけど… え?ルール上嘘をつかないと取り上げて帰れない?はぁ?なんでそんな押し付けるの?持って帰れないなら最初っから快くくれたらいいじゃない… 何なの?もったいぶって…」


時間の無駄な上、非建設的なやりとりがしばらく行われた後
「っけ!個人的には全部取り上げてせせら笑いながら消えてぇが、規則は規則だからくれてやらぁ!いけすかねぇこのド強欲なバカ正直者め!それ全部持ってとっとと失せやがれ!」
泉の精は厳かに言うと厳かに水溜ま… 泉に沈んでいく。
「うっふっふ、ありがとうございます、ってかいやにもったいぶったけど最初からプレゼントでしょ?あたし勇者だけど国から給料出ていないの。結構貯金切り崩して勇者してるんだよ。これはその基金に一部つかわせてもらうわね。リリアは人間界の住人だから消え失せるのは泉の精様の方ね」リリアはニコニコと手を振る。
「バーカ!馬の尻尾頭ぁ…」
泉の精は厳かな響きを残して厳かに泉ごと消えていった。
後には普段の地面があるばかり…


「… 何あれ… いやにもったいつけて… それより、あたしこれを全部運ばないとね」
金銀の弓とホウキが残った。これは相当な重量。重いしタチの良くない連中に見られたら命を狙われかねない…
「なぁ、これ村に持ち込むのか?命を狙われかねないぞ」ダカットが言う。
「… 大丈夫だよ、リリアちゃんはこう見えても小鹿くらいは担げるの。何とか村の近くまで持って行って布にでも包んで街まで帰るよ」
リリアは言うと金銀の弓を肩にホウキを抱え歩き出す。
「重い… 本当に返そうと思ったけど… 活動資金は必要… 当分遊んで暮らせる分くらいあるよね… でも、勇者ってお金使うの…」リリアは気合。
「勇者の活動しかたが悪いよ、もうこれで引退しろ、村で葡萄酒作ろうぜ。リリアに勇者は務まらないよ」ダカット。
「あ、このおしゃべりで価値のない木のホウキだけ持って行ってもらえばよかったね」リリアは笑う。
「面白くないよ」ダカット。
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