勇者の血を継ぐ者

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【210.5話】 シスター・シルキー ※※

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教会の墓地を掃除していたサマンサはちょっと手を休めて休憩をする。
シスター・サマンサが顔を上げると小さめの墓石が所せましと並び、その視線の先に教会の関係者が一つの墓石の周りに集まっている。

ここはルーダ・コートの街にある教会の一つ、聖神系統の教会でこの街では大きさも格もミドルクラスの教会。
サマンサの視線の先には昨日立てられたお墓の周囲に立つファーザーと数名の教会関係者、それに弓とホウキを背中にしたポニーテールの女性の姿がある。
ここ数日間よく教会に来ている冒険者風の女性だ。
「おい、見ながらでも手は動させるだろ」
サマンサは半年先輩、プリースト見習いのジャンに注意されて再びホウキ掃除を始めた。

サマンサとジャンが墓地の掃除をしているとポニーテールの女性は足早に帰っていく。
サマンサは掃除の手を止めて姿勢を正すと歩き去る女性に黙礼をした。
「サミー、知っていたかい?今のかたはルーダリア王国の勇者様だって」ジャンが見送るサマンサに小声で説明をする。
「………」
サマンサは小さく首を振った。

シスター シルキー・クリスティン・ダスクアーナ・デ・チャチル
676~701
先ほどまでファーザーと女勇者達が囲んでいたお墓にはそう彫られている。
関係者が解散したのでサマンサはそのお墓の周辺を掃除し始めた。
街中にミノタウロスが出現して十名弱の犠牲者を出した騒ぎから五日ほど経っている。
サマンサがミノタウロスのことを知ったのは事件の翌朝だった。
収穫祭の夜中の出来事であり、即座に冒険者と兵士達によって退治されたようだ。
そして噂ではシスター・シルキーがミノタウロスを召喚したと聞いた。
ここにはサマンサも尊敬する大先輩、シスター・シルキーが眠りについている…
らしい…

シスター・シルキーについては色々な噂を聞く。シルキーのことを快く思わない人間もいるようだ。
教会はシルキーが魔族の娘であったことを隠そうとしているが、はやりシルキーは紛れもなく魔族だったと思う。
ただ、シルキーがミノタウロスを召喚した本人だったとしてもサマンサにはシルキーに悪意があったとは思えない。何か複雑な事情があったのだろう。

シルキーは依頼があると教会に来て熱心に魂をあの世に届けていた。
立派なマジックワンドを持つ魔族の容姿、溢れるオーラ、それらをひたすら隠すように教会の正装をするシスター・シルキーの姿、不思議な雰囲気を纏っていた…
「仕事慣れた?サマンサ」
そういつもサマンサに優しく話しかけてくれた。
長身のシルキーであったが膝まずいて祈る後ろ姿は意外に小さく見えたのを覚えている。

「シスター・シルキー…」サマンサはそのお墓の前で呟いた…

偉大な先輩を失った悲しい気分…
と、言いたいがサマンサは少し違った。狐につままれたような気分。

小さいお墓ではあるが街中の墓地に祭られた。最近では珍しい事だ。
墓地は手狭になっていて最近は城外の新しい墓地に埋葬するのが習わしになっている。
シルキーは突然ここに祭られた。墓地の隅ではあるがここからファーザーの事務室が見える。

「シルキーが見つかった」
昨日の朝、サマンサはファーザーから突然告げられた。
ミノタウロス事件以来行方不明になっていたシルキーが見つかったと言うのだ。
「それは良かったです!」
心の底からそう答えようとしたサマンサは次の言葉を聞き青ざめた。
「シルキーの墓はここに祭る。今までの功績はあるが今回は事情が事情じゃ、簡単に密葬することになった。今から皆を集めて重要な話しをする」
その後教会スタッフが集められ同じ事が告げられ、以後なにかあったらファーザーに報告するようにとのお達しだった。
昨日の夕刻、サマンサがお使いを済ませて教会に戻るといつのまにかシルキーのお墓が祭られていた。
すでに葬儀も済ませたという…

「葬儀も、本人も見ていないせいかしら…」
サマンサは呟く。シルキーが亡くなって祭られたようだが…
全然実感がわかない…
「神よ、私は何か欠落した人間なのでしょうか…」サマンサ。


「シスター、ファーザーはいるか?」
礼拝堂の椅子を拭いていたらぶっきら棒に声を掛けられたのでサマンサは振りかえった。
立派な鎧の兵隊さんが十名程部下を連れている。
「あの… どういったご用件で…」サマンサはびっくりして聞き返した。
「聞いているのはこっちだ。いるのか、いないのか?」隊長。
「ファーザーはこの時間、礼拝中の場合がございます。ご用件を伺わないとお取次ぎが難しい事があります」サマンサが答える。
「… ミノタウロスの件だ。特別指定魔物を召喚して殺害事件を起こした容疑者が埋葬されたと聞いて来た。昨日死体が出て来て突然ここに埋葬されたと聞いたがどうも怪しい。確認したいことがある、ファーザーを呼べ」
隊長は苦々しく高圧的にサマンサに言った。
「これはこれは… 何かごようでしょうか」
サマンサが何か答えようとするうちにファーザーが出てきて挨拶をした。
恐らく周囲の誰かが素早く知らせたのだろう。
それからサマンサはファーザーと隊長の会話を傍で聞いていた。

「ミノタウロス事件の召喚主がここのシスターであることは知っているんだ… 屋敷に祭壇があった… 何の祭壇か?… 儀式のための祭壇には違いない… 祭壇は目的によって違う?… ふざけるな!隠すとあなたも同罪になるぞ!… 行方不明だった者が昨日突然見つかって… 今朝には埋葬されて… 葬儀はどうした!… 書類を全部だせ!… そこまでするなら捜索令状?… 取ってもよいがそこまでさせるならもし埋葬がでたらめだった時この教会は正式に取り潰されるぞ!… それだけの実力者が密葬はおかしいだろう… 本人は生きているのであろう、匿っているはずだ… 教会を全部調べさせてもらう、その前に墓も開けさせてもらう、墓に死体がなければ偽装埋葬として容疑者隠匿の罪になるぞ!… シスターとして神の元に使える身になったので墓は開けられない?… ふざけるな!」
しばらく高圧的に迫る隊長と淡々として答えるファーザーの押し問答が続いた。
教会のスタッフも礼拝に来ていた者も黙ってその様子を見ている。

サマンサは兵隊長の「墓を調べる」という言葉に何故かドキドキした。

そのうち、金の刺繍を施した法衣の背の高い帽子をした司教クラスの人がマントを着けた立派な兵士を連れて教会に入ってきた。
何やらマントを着けていない隊長と話をしている。
ヒソヒソと何やら話をすると偉い人達は苦々しい表情のマントを着けていない隊長と部下を伴い教会から引き揚げていった。
ファーザーは静かに目礼して皆を見送る。


「… この件は全て終わりじゃ… おまえも仕事に戻りない」ファーザーがサマンサに言う。
「… あ、あの… シスターは… シスター・シルキーは…」サマンサは口にした。
「…… おまえが心配する事は何も無い… 仕事を続けなさい」
ファーザーは静かに微笑むと事務室に消えていった。
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