勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【182話】 リリアと荒れ地の魔男

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“ドッタン!”
大きな音を立ててリリアが屋内に倒れ込んだ。
痛いとか喚きながらひっくり返っている場合ではない。反射的に壁まで飛びのいた。
昼間の光の中から暗い小屋に飛び込んでしまったので視界が届かない、リリアは壁にへばりついて目をしばしばしている。
「… お、おい、リリア、いるぞ、凄いのいるぞ… やばいのいるぞ」ダカットは見えているようだ。ダカットに暗順応は必要ない。

「わかってるよ!わかってる! あ、あ、あなたが荒れ地の魔男、ヤギのウルグスね… あの… ここに来たの理由は他でもないの… ご、ご機嫌伺いよ。初めましてごきげんよう。 外は良いお天気ですよ… あたし、決して怪しい者ではないの…」リリアの声は震えている。
「はぁ?リリア、何言ってんだよ」ダカットが囁く。が、直ぐに声を引っ込めた。
ダカットがリリアを見ると目を頻りにしばしばしている。目が慣れず会話による引き延ばし作戦のようだ。
“なんだよそれ!”っと言いたいがリリアも必死。
「リリア!練習通りやってよ!」
戸口の外から囁くような尖った指示がくる。
「黙ってってよ!こっちは忙しいの!… と言う独り言でね… あたし以外には外には誰もいないの。本当に誰もいないのよ」
外では強烈な炸裂音と呪文を唱える声、鋼と鋼のぶつかる音、怒号が飛び交っている。
衝撃でスケルトンの頭が音を立てて小屋に飛び込んで来た。
「あ、これね… お土産持参。頭蓋骨がお好きだって聞いて… あの…おしゃべり相手にもなるの… ウルグスさんこんな辺境の地に一人でいたら孤独で頭おかしくなりしょうでしょ? この頭蓋骨おしゃべり相手になるの… こ・ん・に・ち・は・ぼ・く・ず・が・い・こ・つ… なんちゃって」
リリアは何故か頭蓋骨を拾い上げると腹話術を始め出した。
「おい、リリア、もう良いだろ?いい加減にしろよ!」
ダカットがリリアを見ると…
完全に目が点になって、冷や汗をかいて真っ青になりブルブルと震えている。

目が効いてきたリリアは見た…

小屋の中に脱力するように首を傾げて立つ異形の男。
ヤギ被り物… というよりヤギの顔の男。ギョロとした血走った目、眼球が今にも落ちそうくらい出ている。体毛はバサバサ、ところどころ脱毛が激しく地肌がボロボロと露出している。体は醜く人と獣の中間の姿で歪み、人間の腕と顔を模したような鎌型の杖を持つ。逆の手は蹄の様になり、足は獣のようにくの字になっている。
腹の脇からは人間の顔が盛り出ている。
完全に人間を失格となり悪魔に身を捧げる人の姿… 異様な姿…

「あ、あたし怪しい者ではないの、お話し相手しに…」リリアは白目で口を半開きにして呟くようにしている。お決まりのトンチンカンかと思ったが、完全に思考が停止しているようだ。
「おい!リリア!しっかりしろ!! リリア!」ダカットが必死に囁く。
健全にまっとうな魔物しか倒したことのないリリアにとっては人智を超えた狂気と恐怖。
人の持つ醜さの象徴…
「あ、あたし、お、お邪魔だったかしら、そろそろお暇いたします。 と、父さん、母さん、リリアはもうすぐそちらに行きます。父さんリリアは勇者の務め終了。母さん、リリアとお茶して語り合いましょう…」リリアは口をパクパクしている。
「ダメだ!ペコ、アリス!作戦失敗だ!リリアが壊れてるぞ!」ダカットが叫びかけた時だった。

「…… おまえ誰だ… なに者だ…」
聞いたこと無いような何か磨り潰すような声…
「あ、あたし? あ、たし?名乗る程の者ではなけど… あ、あたしリリア。ゆ、勇者よ。こ、この国の勇者、公認勇者」リリアが呟くように言う。相変わらず瞳孔は開ききっている。
「…… リリア?おまえ…」ダカットはびっくり。
リリアは思考を停止させながらほぼ練習通りのセリフを吐き始めた。普段ことあるごとに宣伝に使う文言。止まった思考で条件反射の様に呟いている。
「勇者?… おまえがか… 魔力が感じられないが… それほどの能力の持ち主か… 魔力は封印しているのか…」ヤギが言う。
「この国の勇者、国が認める勇者よ… 勇者、勇者」リリアはブルブル震えている。
「な!!おい!ちょっと!」
何を思ったか震える手でダカットを構え始めた。リリアがいっちゃっている。

「勇者が来たのか… 面白い… その力もらう…」
部屋の中が明るく輝き、複雑な図形の魔法がリリアの身を包み込む。
「リリア!逃げろ!リリアしっかりしろ!」ダカットが叫ぶ。
「父さん、母さん、リリアよ!勇者になったよ、ドラゴンにも乗ったよ、人も助けた… こっちだよ… お迎えに来たのね…」
ダカットを落とし呆然と空に手を伸ばすリリアは輝く呪文の中に包まれた。
ダカットは浮くような吸い込まれるような異様な感覚に襲われる。リリアの体の周りに渦巻いていた光の繭が輝きを放ち一瞬でウルグスに取り込まれていくように見えた。

「今よ!あいつは今、リリアの能力よ!一斉攻撃!」ペコの叫び声がした。
ダカットが見ているとウルグスは一瞬で爆発の渦に飲み込まれた。


「… あれ?あたし… ここどこ?…」
リリアは目を覚ました。どこかの宿屋らしい。
「良かった、リリア、お疲れ様、リリアのお陰でウルグスは退治できた。これでアーマー&ローブの災いを一つ取り除けた」アリスが微笑む。
「… そう、何も覚えてないけど… どうなったの?…」リリアは呆然としている。

アリスが全部を説明してくれた。
その間、リリアが目を覚ましたということでA&Rのメンバーがお見舞いに来た。
「リリアはまだ疲れているわ、皆挨拶したら出て行ってね」アリスが微笑む。

「わかった、いや… よくわからないけどウルグスは退治されて、キャンプを引き払って今は帰りの道中なんだね。リリアは二日間寝てたのね」リリアが呟く。
「おい!! 説明も無しにあんな役割させられて… リリアは怒っていいんだぞ! あんな酷いことってないぞ!」ダカットが怒っている。
「ごめんなさい、リリアの安全は保障していたけど、事前に細かくは説明していなかったのは許して。リリアには本気になってやってもらわないとウルグスを騙せないと思って。それだけの対価を払うし、今回の一番の功労者はリリアになってるわ。今後うちではリリアはVIPよ」アリス。
「無事だから良かったものの!そんなんじゃ誤魔化されねぇよ!」ダカット。
「… いいよ… 覚えてないし… で… その… 全部元通りなの?」リリアが心配する。
「ウルグスの死と同時に全部がもとに戻った。アンデッドもゾンビもすぐに呪文が解かれ土に帰って… リリアも全て元通りよ」アリスが優しく微笑む。

「そっか… 役に立てたならよかったよ…」
リリアはまだ呆然としている。
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