勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【181.5話】 繁華街の勇者 ※少し前の話し※

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「ゾルディック、少し巡回に出るぞ」
俺は同僚に声をかけられた。

ここはルーダ・コートの繁華街に近い巡回兵の連絡所、詰所とも呼ばれる。
行商が出す馬車屋台、飲み屋、ギルドバーが並ぶ商業区は夜な夜な賑わい繁盛しているが、酔っぱらいの喧嘩、スリを始め色んなもめ事が多く、数名から十名程度の巡回兵が素早く対応できるように小さな詰所が街中に存在する。
この詰所の他にもう二カ所程詰所があり、やはり十名足らずの巡回兵が働いている。
小さいが事務室と休憩室が揃っている。

俺はこの詰所に配属されて四年経つだろうか?
オークが正規の巡回兵として採用されたのは俺が初めてだ。繁華街を力任せに大暴れする亜人に対抗するために試験採用されたが俺の仕事ぶりは認められ今では何名か亜人が巡回兵として採用されている。
その点俺は自分が誇らしい。
因みに魔法を使える亜人は回復術士以外、夜の繁華街の巡回兵等には配属されない。
俺も当時は仲間から散々珍しがられたものだ。「オークなら戦闘兵か傭兵か冒険者ギルドだろう」と笑われた。
だが俺はこの選択肢は自分に合っていると思っている。給料は大したことはないが安全で安定している。俺を笑った連中の半分以上は命を落としている。


「今日は人が多いし一段と騒がしいな」同僚が言う。
事実街中は普段より賑わっている。
「今日は、闘技場で人気の試合があっただろう。あれが終わったころだ」俺が言うと同僚は頷いた。
こういう夜は試合を見て興奮した奴らが夜の街でムチャをするものだ。
「誰だれが強い」とか「今日の試合は八百長だ」とか酔っては騒ぎ、もめ事を起こしがち。

「………」
俺は街中で少し足を止めた。俺の目は人込みの中で背の高いポニーテールの女を捉えていた。思わず二度見したが間違いない、あれは…
「どうした?」同僚に聞かれる。
「リリアがいたぜ」俺は答えた。
「あぁ、勇者の女か、見回りか?熱心だな」同僚は事も無げに答える。
リリアは他の冒険者風の仲間と街中を歩いていた。


俺がリリアを知ったのは半年程前だろうか?いや、もう少し前になるか?
喧嘩の騒ぎを聞きつけて取り押さえた一人の中にリリアがいた。
「ちょっと!放しなさいよ!あたしは喧嘩を止めに入ったのよ!」と頻りに怒っているのがリリアだった。
夜の街なら罪を逃れるたびに戯言、嘘八百を並べる者は五万といる。身分証明は冒険者証のみ。
「いい加減にしてよ!あたしルーダリア公認の勇者よ!本当に本物よ!手枷を外しなさいよ!」
リリアは詰所に連れてこられても凄い鼻息だった。確かに見かけはその辺のゴロツキには見えない立派な鎧を着ていた。
調べると喧嘩していたどちら側の人間でもないらしい。証明書のギルドに連絡するとギルマスを名乗る小娘が引き取りに来た。
「いちようこんなのでも本当に公認の勇者ですよ」とその小娘も説明していた。

それからしばらくして「こいつ、あたしを剣で脅して金を取ろうとしたのよ!捕まえてきたから牢屋にぶち込んでおいて!あんた達椅子に座ってないで見回りしなさいよ」とリリアが自ら犯罪者を捕まえて連れてきた。
同僚が興味を持ってリリアを調べたら、確かにルーダリア国王が指名した女勇者と情報が一致している。
「あいつ本当に勇者なのか… なんでまた勇者が巡視みたいなことしているんだ?」
皆珍しがっていたのを覚えている。
それ以来、意識しているせいか街中で見かけるようになった。
リリアはしばしば、一人で、あるいは仲間と繁華街で見回りのような事をしているようだ。ちょこちょこ軽犯罪者を捕まえてくる。
最近では俺達巡回兵の中でも喧嘩の現場でリリアを取り押さえて連行してくる人間はいなくなった。
少し前までは「ちょっと!あたし勇者なんだって!いい加減顔くらい覚えなさいよね!放してよ!この国唯一の存在なのよ!そろそろ記憶しなさいよ!」と地べたで叫ぶのを「おい、そついはこの国の勇者だってよ、放してやれよ」と苦笑いしていた。


「え?あぁ、あのたまに自主活動している女か?… 好きなさせておけばいいんじゃないか?冒険者も逮捕権はあるから勇者も逮捕の権限なんかはあるんじゃないのか? ややこしくて面倒な時もあるが、別に邪魔でもないし… 何で繁華街の犯罪を取り締まっているのかわからんが… 勇者ってもっと国を脅かす魔物を退治したりするのかと思ってたぜ。 ま、好きにしたら良いんじゃない」
隊長も全然気にもしていない様子だ。


「…どうした?戻らないのか?」
巡回を終えて詰所まで戻って来た俺に同僚が声をかけた。
「あぁ、先に戻っていてくれ」
俺は同僚に告げるとちょっと先の店先に立っている女に話しかけにいった。

「おまえリリアだろ、何してるんだ?巡視か?」俺が声をかける。
「見回りの兵隊さん、こんばんは。あなたにご加護がありますように。何度か見た事あるわね。あたしがリリアだって覚えてくれているのね」リリアが笑う。
「………」
「今日は闘技場で観戦した帰りよ。美味しいスープカレーパスタのお店があるって言うから皆で食べて帰るところ。事件?何か手伝おうか?こう見えてもリリアは勇者よ!何かお手伝いするわよ、兵士さん」
リリアはどうやら数名の冒険者中と街ブラしているようだ。
「俺はゾルディックだ。おまえの名前を憶えてやったんだからおまえも俺の名前を憶えておけ」
「そうね、そうあるべきね… ありがとう、うっふっふ、物凄い力で押さえつけられて枷を付けられ、グイグイと街を引き回されたのは覚えてるけどね」リリアが笑う。
「えぇぇ!リリア、逮捕された事あるの?何悪い事したの?」
周りが騒いでいる。
「失礼ね!誤認逮捕よ!リリアが犯罪するわけないでしょ!リリアがあまりに活動的に治安維持をするから誤認逮捕されただけだよ!後で責任者が折り菓子持って泣いて詫びに来たわよ!」リリアが口を尖らせている。
「もう遅くなるから、変な事に巻き込まれる前に帰っとけよ」
俺が注意するとリリアはニコニコしながら「OKよ、皆、バーでコトロにご馳走してもらようよ」と再び移動し始めた。

「… おい、おまえ勇者なんだろ?何だって時々繁華街の巡視みたいな事してるんだ?」俺はリリアに聞いてみた。
「あら?国民と財産を守るのが勇者の仕事よ。野外でも街中でも同じよ。それに魔物より人間の様がよっぽど怖いよ。これは地元の教会のファーザーが良く言う言葉だけどね。リリアもそう思うよ。街中は魔物より怖い物でいっぱいよ!」
リリアは冗談とも本気ともとれない表情で答えるとさっさと歩いて行く。
ポニーテールが揺れている…

「… 何言ってんだあいつ」
俺は呟きながら詰所に戻って行った。
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