勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【154.5話】 ダカットと魔改造

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バンパイア退治クエストのためルーダリア城下を出発する前日、こんな事があった。

リリアはホウキを手に、ブラックとディルの三人で街を出て小高い丘に来た。
「危険はないだろうけど、この辺が適当そうね」眺めの良い場所に来てリリアが言う。
「俺、ドキドキしてきた。すっげぇ緊張する」ホウキのダカットが上ずった声を出す。
「ダカット、準備は良い?覚悟よ」リリアがダカットを手に言う。


数日前、リリア達がルーダリア城下でクエストの準備をしているとこんな話になった。
「なぁ、リリア、俺、空飛ぶホウキになろうと思うんだ」
買い出し準備を整えて休憩に寄ったカフェテラスでダカットが言い出した。
「誰が?ダカットが空飛ぶホウキに?えっへっへ、なったらいいじゃない。そしたらリリアを乗せて飛んでよ。あ、わかった、そんな事言ってリリアのお尻とお知り合いに、お尻愛になりたいだけでしょ」リリアが笑う。
「面白くないな… 俺、真面目に言ってるんだ。飛べるようになると思うんだ」ダカットはちっとも笑っていないようだ。
「願うのはかってだけど急にそんな都合よく飛べるようにならないよ、ってか飛ぶのは無理でしょ」リリアが言う。
「命令のスクロールで飛べるようになるだろ?そのためのスクロールだぜ。俺、考えたけどそれで飛べるようになるだろう」
「…… あぁぁ… なるほどね… なるほど…ダカット、あなた天才ね、賢者ね」
リリアは果実水を飲み干すと早速グッズショップに向かった。
「先輩、ちゃんと調べてからの方が良いっすよ」ブラックは冷静。

リリアはルーダリア城下街にあるリアルゴールド系列の錬金ショップに入ると命令スクロールをお求め。
「いらっしゃいませ… え?ウチと専属モデル契約されている勇者リリア様ですか?もちろん存じ上げておりますとも。お会いできて光栄です。ローパーに全裸凌辱されたリリア様、今後とも御ひいきに」店員はにこやかに迎えてくれた。
「店長さん、今日もあなたに神のご加護がありますように。丁寧と不愉快を絶妙にミックスさせた奇抜な挨拶ありがとう」
リリアはニコニコしながら続ける
「命令のスクロールを買いに来たの… そうそう… 何に使うか?使い方によっては違法?… ホウキを飛ばすのよ、別に違法性は無いでしょ… 命令の書ではできな?命令の書は人に言う事を聞かすスクロール?… あぁ、確かにね…命令のスクロールはそうなの… じゃ、ホウキを飛ばすのよ」リリアが用途を説明をする。
「お話をうかがったところ、魔動作と操縦のスクロールですね。どなた様がお使いに?
… 勇者様がですか?魔力がおありになる方なら操縦のスクロールは必要ありませんが… 勇者様は魔力がない?えぇ?魔力無しで勇者が務まる… あぁ、いや、これは失礼… 勇者様のお話ですと…」
ダカットがリリアを見ると一瞬イラっとしたのが分かった。
店長が続ける。
「命令は文字通り対人でして、物に対してはカテゴリー的に操縦系になります。命令すると一括りに表現してしまいますので、魔法に知識の無い方によくある勘違いでございます。また飛べない物に命令を与えても飛べない物は飛べません。元々飛べない豚に飛ぶように命令しても無理でございます。飛べない豚はただの豚です。この辺は魔術に疎い冒険者は… 順序としては… それでホウキでもマットでもスイカの皮でも飛べる力を与えられ… それに命令を発することで操縦し…」
店長さんは丁寧に説明してくれているがリリアが時折イラっとしているのが分かる。

何となく理解できたが一つ疑問が残る。
「ホウキはただのホウキじゃないの。宿っているのよ。人権があるかどうかわからないけど、人格があるの。生意気な事ばっかり言って全然言う事聞いてくれないけど… これだとやっぱり命令のスクロールじゃない?物扱いなら操縦かな?」
リリアが説明する。ブラックがダカットをみるとちょっとホウキがイラっとしているようだ。
「… そうですか… 効果が無いスクロールを購入されてもいけません。ちょっとホウキをお借りして専属マジックアイテム鑑定士に見てもらいます」
店長はホウキを手に一度裏に引っ込んだ。

店長と鑑定士がホウキを手にお店に戻ってきた。曰く
「お客様、こちらはどこでお求めに?… 道端で拾われた?… あぁ、それで… ホウキ自体の魔力は弱く魔法アイテムとは言い難いです。付与された術は相性があり、たいてい勝手に重ねて付与できません。効果を重ねる場合は一度元になる効果を取り払ってから重なる効果を付与し直さなければなりませんが、魔力の強さに関わらず取り外すのには料金がかかります。中途半端ですなぁ。妖精、精霊の類にはスクロールで追加できません。精神があるので操縦ではなく命令になりますが、宿っているとも吹き込まれた魂とも精神エネルギーとも言い難い中途半端なアイテムで…」
要するにスクロールでの符呪は失敗する可能性が大のようだ。ダカットがイラついているのが分かる。

「うーん… わかったよ。とりあえず、超短時間効果の操縦と命令のスクロールの一つづつ試すから」
両方とも試してみるしかなさそうだ、リリアは代金を払って店を出た。
「あの店長、生意気よね、勇者をバカにしている。リリアはリアルゴールドの偉い人知ってるのよ。言いつけて半年間減給処分よ」
「そうだ、店長と鑑定士は減給処分だな」
リリアとダカットはサービスに不満があったようだ。


それですぐさま郊外に出て来てダカットを空飛ぶホウキに魔改造だ。
万が一、も無いだろうが安全で広い場所、小高い丘までやって来た。
「覚悟よダカット」リリアがスクロールを手にする。
「飛べるかなぁ?飛べるようになったらいいなぁ」緊張するダカット。
「予想もつかないっす」ブラック。

「パレル、デ、オルデル… あ、違った。パレル、ディ、オルデール」
古代語のルビを読むリリアだが読めていない。
「頼むぜ… 変な魔法をかけないでくれよ」ダカットが心配する。
「えっと… ブラック読んでよ」
リリアはあっさりギブアップ。

ブラックは命令のスクロールを唱え終える。
「……………  何ともないな……」ダカット。
「呪文は正しく唱えたっす」ブラック。
「命令のスクロールだったでしょ?…何も起こらないわね。 なら口が聞けても物扱いかもね、操縦のスクロールを使って試そう」リリア。
「… なんか、小馬鹿にされている感じがするけど…」ダカット。


結局どちらのスクロールでもダカットは飛べなかった。何の変化も無し。
「ダメね。残念だけど… 飛べて乗せてくれたら最高だったのに。自分で動けるだけでもありがたかったけどね」
「… 良いアイディアだと思ったけどな」ダカット。
「痛い出費でしたが、納得できた事で価値はあったっす」ブラックが言う。
「飛べないホウキはただのホウキだ」ダカットが残念がる。
「飛べなくてもダカットよ」リリア。
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