勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【149.5話】 物理女のお使い ※リリア達の道中の話し※

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「パメーラ、お店番かい?親孝行だな」
声がするので振り向くと酒造屋のデュマスが樽を運びながら挨拶している。
「デュマスおじさん、お疲れ様。お父ちゃんはさっき宿の方に向かったよ。お母ちゃんは馬車で縫物中よ」パメーラははきはきと答えた。
「そっか、グレンさんはもう飲み始めて店に戻ってこないな。がんばりなよ!」
デュマスは笑いながら宿屋の方に樽を運んでいった。
ここはパウロ・コートの街から西に延びた街道上にある村。パメーラは馬車で移動商店をする家族の一人娘、“コジーローブ”の店長代理だ。店長である父親のグレンが酒飲みに行ってしまったら店長代理として馬車屋台先で店番をする。そして、店長より店長代理さんの方が家族経営に貢献している。馬車が村のキャンプサイトに落ち着くと製造担当の母親、マドレーヌはたいてい、ローブの仕立てに籠っている。

“コジーローブ”は女性用の一般服の販売がメインだが、魔法使いが着る法衣、僧衣、バフ効果、エンチャントが施された服の装備、簡易だが革をあしらった軽装備等も扱っている。
村や町を巡ってキャンプサイトやビジター用の商業スペースを借りては数日商売をしてまた移動していく。スケジュールは完全にグレン気分次第だが、それでうまくやっている。また、幼い時からそれでやってきたパメーラにとってはそんなもんだと思っている。
結構売り上げは良い。旅、仕事の一日を終えて村に着く冒険者の装備は汚れ、破れ、血に染まり、様々な理由で着替えか修復が必要になっている。店に立つパメーラの愛嬌も相まって景気は悪くない。
「もう、よい時間になってきたね。父ちゃんはもうお酒飲みに出たかい?… じゃ、おまえも適当に店じまいの準備だね。母さんは買い物してくるから、今日は何が食べたいんだい」
母親のマドレーヌが馬車から下りてきた。裁縫終わり。今日のお仕事終了。
「お母ちゃん、出来るならトマトのシチューが食べたい」パメーラがニコニコ答える。
マドレーヌはちょっと頷くと、買い物に出て行った。


「もう、良い時間」だが、夕日が完全に山の向こうに入るまでにまだ時間がある。しかも冒険者が村に入るのはこれから日没以降少しする時間が多い。これから何人か買い物してくれるはずである。パメーラがそう思いながら店先に立っていると、はたして、女冒険者が店に寄ってくれた。
「いらっしゃい、何をお探しですか?」パメーラが女冒険者に声をかける。
見ると、スラリと背が高く、ポニーテールのハンター風、レンジャー風を足して二で割ったような装備の女性だ。スタイルが良く軽装備だが、夕日の中見栄えのする女性。何故か手には弓とホウキを持っている。
「あら?可愛い店長さんね。買い物はローブ系統の服か法衣のローブよ」弓とホウキを手にした女が言う。
「ローブこっち、法衣はこちらにあります。ご覧になって気に入ったのがあったら声をかけてね」パメーラは言う。
女冒険者は弓とホウキを背中に担ぎなおして商品を見始めた。

「… あの、質問ですか?」パメーラは女に聞いた。何か話しかけられたのかと思ったのだ。
「え?… あぁ… あの、あたしね、ホウキに話しかける癖があるの。あの… 色々あってね。まぁ、独り言よ」女はちょっと照れ笑いしている。
「あぁ、はぃ失礼しました」パメーラは答えた。
使い魔を連れたり妖精が同伴していたり、ペンダントに宿っていたり、精霊と会話したり水晶玉の声を聞いていたり、色んな冒険者がいる。商売に関係がないのなら誰が何に話しかけようが、どんな独り言だろうがパメーラはさして気にもしていない。

「ご自分用の服ですか?装備ですか?」パメーラは聞く。
「いや、人のよ。贈り物… って言う程でもないけどね」女が答える。
「普段着ですか?装備ですか?」パメーラ。
「そっか… 普段着もいるよね。普段着と装備と… 二人分よ… いや、普段着は大人の女性一人と少女一人。大人の女性の装備が一人分ね… 二人とも怪我で動けなくてね、代わりに買い物に来ているの」
女はテキパキと、しかし子供服は少し考えてより可愛らしいのを手にし、二人分の普段着、下着とブーツを手に取った。
「… あの… そちらは両方とも丈が長くフード付きでこれからの時期には暑いと思います」パメーラはアドバイスする。生地も厚めだ。手に取ってわかるはず…
「… あぁ… あーぁ… あの二人寒がりなのよね。それにお肌弱いの。被れやすいのよね」女が言う。
「…そうですか。そうですね、そういうかたは旅行される時大変ですよね」パメーラが明るく答える。

女は魔法使い用のローブを手に取るとパメーラに支払いを頼んできた。
“そうか、さっきから何かと会話していると思ったけどきっと背中のホウキは魔法のホウキね”パメーラは納得し一人頷く。
「はい、それでは合計でこれだけになります… え?高い?いや… あの… そちらはエンチャントされた魔法のローブですから… 精神に補助バフがかかりますし魔法使いさんが使われるなら、コスパは良いですが… うちは仕立て屋ですが、装備の中にはエンチャントをしてもらっている物もあります… 失礼ですがお客様の魔力は?… そうですか、それなら魔法を使えるご本人様がいらして選ばれたほうが… 相性、効果が全て違いっていますし… 本人は怪我で来れない… 何系統の魔法を使われていますか? エルフですか?… エルフは一般的に長い法衣やローブを嫌って露出が高い姿で力を発揮しますが… そちらの普段着もエルフ用ですか?… エルフ種族にはもっさりしすぎだと… ぜひ一度ご本人と相談を…」
パメーラが心配する。せっかく買ってもらうなら良いサービスをするべきだ。

「… それじゃ、エンチャントされていない魔法ローブはないの?」女は少し不機嫌になったようだ。
「それでしたら… こちらになりますが… 何の効果も無いのでお安いですが、見かけだけになります」
女には女の買い方、事情があるのだろう、機嫌を損ねては元も子もない。
「そ、わかった。いくら?そんなものよね。ちょっと安いわね、よいお店ね。これでいいの。あたし達魔法使いの恰好をするコスプレ旅行集団なのよ」
女はニコニコしながら支払うと足早に去っていった。
ポニーテールと何故か弓とホウキを担いでいる姿が印象的だった。


「あ、お母ちゃんお帰り!」
日も山の向こうに落ち、もうそろそろ店仕舞いしても良い時間。
マドレーヌが買い物から戻ってきた。
「まだ、店開けてたのかい?おまえは父さんに似ず熱心だね。感心だよ」
マドレーヌが笑いながら夕食の支度を始める。
商人キャンプサイトにもあっちこっちランプの火が灯りだした。ボウっとあたりが明るくなり、屋台で食事するお客が増えてきた。

店仕舞いの準備にかかるパメーラの目に先ほどのコスプレ旅行女の姿が目に飛び込んで来た。
“珍しいお客さんだったなぁ”
女は食料とキャンプ道具をいっぱい抱えてキャンプサイトの柵を足早に出ると森の中に溶け込んでいった。
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