勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【109.5話】 反撃の女 ※少し前の話※

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「いっ!!」
俺は声を上げた。太ももに激痛が走った後に火傷のようなジンとした痛みが残る。
感電バチが服の中に入ったのかと思って自分の足を見ると、矢が刺さっている。
“何で矢が…”
混乱する間もなく、右肩と腹部に矢が次々と刺さって地面に倒れた。
“なんだこれ!”不測の事態で一瞬動転しかけたが子供が自分を呼ぶ声に気を取り直した。
「カイ!そこから動くな!出てきちゃいかん!」
痛みを押さえて川辺の木陰に入る。こんな場所に賊だろうか?
子供と釣りに来て襲われるとは… なんとしてでも生きて家に帰らなければ。
「お父ちゃん!」川辺から離れた俺を探しに来たカイが鳴き声をあげる。
「カイ!茂みから出ちゃいかん!下がってろ!隠れていろ!」
言うが早いか子供の側に矢が刺さった。子供は慌てて隠れるが俺の怪我に動揺して鳴き声を上げ始めた。
俺の方にも数本の矢が飛んできた。陰に隠れたと思ったが数が多いらしい。あっちこっちから矢が飛んでくる。
相手はどこだ?木と茂みの向こうから射てくるようだ。何故こんな金なしの釣り親子なぞを…
理由はわからないが、ガサガサと葉の騒ぐ音がして近づいてくるのがわかる。
子供の泣き声を追ってきているのか?

“ヒュッ”
空気を切るような音が頭上を飛び越え、長い影が飛び去った。
こっちにもいるのか?驚いて川に目をやると弓を手に矢を射る何者かが見えた。
「囲まれてるよ!もっと陰に入って! 動かないで!」
凛とした通りの良い声で叫びながら矢を射ながらこっちに来る。
“女か?”
ハンター風の装備だが、なんだか垢ぬけた感じの髪を結った女が弓を手に反撃している。
声につられて、相手の矢は女に集中しだした。
女は左右に小走りし、反撃しながらザブザブと川に入り間合いを詰め始めた。
「顔出しちゃだめよ!数が多そう!最低十体はいる!」女が叫びながら射る。
相手が賊なのか聞きたいが、腹に刺さった矢が激痛だ。声が出せない。
「スケルトン兵団よ!怪我は?」
女は川の中央で胸元まで水につかりながら進んでくる。水の中で動きが鈍ったのか打ち方を止めて水をかき分けてくる。
「大丈夫か!」痛みでかすれた声しかでなかった。動きが鈍った女の肩に矢が当たったのだ。
女は即座に自分の肩から矢を引き抜くとその矢で反撃して川を横切ってくる。
近づいてくる女はなかなかの美人。闘志とのギャップに惚れ惚れしながら見ていると、
「わぶ!!……… あ!あ!弓が濡れちゃう!湿っちゃう!」
深みに足を取られて一瞬溺れて慌てている。格好良い女だがちょっと滑稽。
「あ…」
俺は喉の奥を震わせた。一瞬女に気を取られたが気配に気が付き自分の両脇を見たら、骸骨が剣を振り上げて立っていた。
「動けない… 駄目だ…」と思った瞬間、二体とも頭蓋骨が弾け飛んだ!
「ごめん!ちょっとコケたの!」
見ると女は川を渡って、水際を上がりながら反撃の矢を放つ。
「子供の声がするよ!子供がいるの?… あなた怪我してるのね!無理に話さないで!そっちに行くから!」

川から上がってきた女は素早く茂みに身を隠しながらまた数射矢を放った。
矢が激痛だが、急所は外れているようだ、出血しているがそれほどでもない。
「僕!出てきちゃだめよ!泣かないで!お姉ちゃんがいくから隠れてて!」
茂みから打ち合いをしていた女が一気に俺のところに走り寄る。

「大丈夫?あたしリリア、勇者なの。もう大丈夫。泣いてるのはお子さん?お子さんの名前は?お父さん名前は?」
テキパキとした口調で応戦しながら次々と聞いてくる。
見ると川から上がってきた体で傷口から血が流れている。
「ぅぐ!」
女はまた矢を受けたが、即座に矢を引き抜いた。
「後5,6体いるし、場所がわからない。シロトさんとお子さんがカイ君ね。ラッキーね、あたしが来たから安心よ。薬草は濡らしたけど、ポーションがあるからこれ飲んで… あ!!待ってまだ飲まないで!矢を先に抜かずに回復したら後で地獄の痛みよ」
言うとその辺から拾い上げた枝を俺の口に押し込んで、矢をブチブチと俺の体から抜いた。
「さぁ、ポーション一気飲みよ!… っぐ!」
言っている間にも女は三本目の矢を受けては自分で引き抜く。血が噴き出て流れる。
「あんた… 傷が… 大丈夫なのか?」俺の問いには答えず、また数射矢を撃ちあった。
「もう一本ポーションよ。子供はどこ?カイはどこ?」女が苛立った声を出す。
俺が指をさすと、女は茂みに飛び込んでいった。

「カイ君!出てきちゃダメ!! ガイコツがいるよ!お姉ちゃんがいくから!!出ちゃダメぇぇ!」
女が叫んでいる。ポーションを飲んだ俺は徐々に回復し始めた。
しばらく、その辺の木々のざわめきが続いた。剣が弾ける音…子供の泣き声…女の息遣い…

しばらくすると、女がカイを抱えて目の前に現れた…
大きな傷口がぱっくりと開き血が流れている。
「カイ、お父さん大丈夫」
女は擦れた声を出してカイを俺に手渡すとその場に倒れた。背中には矢が二本…
カイは泣きじゃくっている…


「… 誰か怪我でもしたのかい?」
クラウディアは洗い物の手を止めて窓から外を見た。
何やら騒いでいる声が村の外から入ってきた。
「あらやだ、ウチの人のこと?」
釣りにでかけた家族に何かあったのだろうか?クラウディアが扉から出ると村人達が板に人を乗せて運んで来ている。
「クラウディア!ちょっとこの人を診てやってくれ!凄い怪我なんだ!俺もカイも魔物から助けてもらったんだ」シロトが家まで戻ってきた。
「この娘、血だらけじゃないの!生きているのかい?」クラウディアは眼を丸くする。
「命は大丈夫だが、かなりの傷だ。俺とジョシュアさんで隣村のプリーストを連れてくる。それまで、家で診ていてくれ。目が覚めたら薬草と… 誰かポーションを持っているなら飲ませてやってくれ」シロトが早口でしゃべる。カイは押し込まれるように家の中へ。
「わかったから、おまえさんは早く、治癒士を連れてきてくれ。エリーニ、その娘の体を拭いたらベッドに寝かせるよ」クラウディアは急いでお湯とタオルの準備にかかった。

娘を家に運び込んだ村人は皆心配そうに娘を見つめる。
びしょ濡れで血を流す女は板の上でぐったりとしている。
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