勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【86.5話】 ゴーストカーテンと藁君 ※少し前の話し※

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「よ、カイデルさん、景気はどうだい?」
カウンターで在庫帳を確認していたが聞きなれた声がするので顔を上げると行商のブランデルと仲間達が立っていた。
ここはボッドフォートにある小さな村の宿屋。俺はこの宿“ゴーストカーテン”の主。
二人の息子と妻の四人家族だ。
代々ここで宿をしているが、俺はこのゴーストカーテンという宿の名前を気に入っている。サブリナは結婚前からこの名前を「縁起でもない、お化けでもでるのかと泊まる人が尻込みするよ」と言っていたが、俺はそんな事は無いと思っている。むしろ一見さんには大抵この名前について質問され、説明をすると「なるほど」と納得されるのだ。

「ブランデルさんかい。1ヶ月ぶりくらいか?戦争と内乱続きでこうも治安が悪くなっちゃなぁ… だが、この村は要にあるし、商人も旅人もキャンプサイトで寝ず、宿で寝てくれるから客足はそれほど減ってないぜ」
「わっはっはっは、そうか!そうだなぁ、俺達だってこうしてわざわざ部屋を取るってるし、俺も宿屋に転職するか」ブランデルが笑う。
「二人部屋を二部屋でいいかい?… あぁ、値段は同じだ」
ブランデルがチェックインする間に、従者が貴重品等を部屋に運んでいる。
「ブランデルさん、食材ならありったけ買うぜ。客はなんとかなるが、物資がろくに届かず売るサービスが無いときたもんだ… なに、ちょっとくらい高くても買うぞ。こっちも高く売るからよ。あっはっはっは」
ブランデルがチェックインを済ませて立ち去る。
「あ!そうだ、そこの階段の手摺り、壊れてたぜ。直しとかないと誰か怪我する」
ブランデルはちょっと足を止めて、そう言うと部屋に上がっていった。
“そうなのか…ちょっと見ないといかんな…”そう思って外に出ようとしたら、次の客が扉から入って来た。
女冒険者5人組… と、動く藁人形?…

「チェックインよ、5人と藁人形。ね、出来れば、キングサイズベッド二台の部屋に5人泊まりたいの… 無理は承知なのよ。ルーダリアから旅して来たの。お金あんまりないのよ、ちょっと割り増しで払うからいいじゃない!ね!」
ポニーテールの背の高い女がちゃきちゃきと喋る。こういうはっきりした女、俺は嫌いじゃない。
「割増しで良いならそれでいい… 藁人形?… ただで良いけど… 部屋に入れるのか?護衛用? まぁ、いいが、泥だらけで入れられたらたまったもんじゃない、せめてもうちょっと綺麗にしてくれ」
俺が言うと、ポニーテールは微笑みながらコクコクと頷いた。


この冒険者がチェックインしたら暇になったので俺は手摺りの確認のため表に出てみた。
「これか… 確かにこれはそのうち大きく壊れるな」
見ると、支えが折れ初めて、今のところは大問題ではないが、そのうち全部腐って折れるな…
中に戻ろうとしたら、階段の下で話し声がする。見るとさっきのポニーテールが藁人形に話しかけながら掃除をしている。
「何だあの女…」女は何やらブツブツ言っているが、どうやら藁人形に労いの言葉をかけて掃除しているようだ。俺は苦笑いしたが、道具を大事にするやつは嫌いじゃない、興味を持って階段を下りて女と藁人形のところに行ってみた。

「お嬢さん、その人形は何か特別なのかい?」
俺が声をかけるとポニーテールはちょっと驚いた様子で振り返った。
「あら?聞かれちゃった?うっふっふ」
照れ笑いしている。誰もいないと思って独り言を言っていたのであろう。
よく見るといかにも気が強そうだが鼻筋が通り、唇の形が良い。
「特に…なにも無いけどね… 改めて見ると黙々とよく働いてるなぁ、と感心しただけよ。重い荷物を背負うから肩が擦り切れて来てるし、何度も骸骨兵に切られ、矢を受けてるしね。ここはキラーハイエナに噛まれた時だね… こっちは魔法陣のトラップに掛かった時かな?… これは…あたしが料理中に火事にしかけたところだね、皆には言ってないけど、えっへっへっへ」
社交的な女のようだ。陽気で屈託がない、こういうやつは好かれるだろな。
「泥が落ちなければそれでいい」
女はそれに答えず、人形を拭きながら別な事を口にする。
「ねぇ、ゴーストカーテンって名前、なんなの?変わってるわね、インパクトは最高」
「あぁ、たいていその質問をされる、俺はその事も気に入ってる。そこから宿の建物を見てくれ… そうだ… そのまま後ろも… な? 裏の岩山の崖の模様がカーテンに隠れる幽霊の模様に見えるだろ。夕暮れ時はもっとはっきりと見える。それがこの宿の名前の由来だ」
気がつき難いが、説明するとたいていのお客は改めて建物を出て、名前の由来に気がつき感心してくれる。とても良い名前だ。
「なるほどね… そゆことね… 良かった、あたしてっきりお化け屋敷なのかと思ったよ。怨念がおんねん」そう言ってポニーテールは笑っている。
「藁君… あぁ、藁君ってこの子の名前ね。藁人形だから藁君。なかなか体張ってくれて感謝だけど、一番のダメージはこの前、農家に一晩預けたら、牛小屋にしまわれたらしく、朝引き取りに行ったら牛にに食い千切られていたのよねぇ」
そう言いながら、愛情たっぷりな様子でパタパタとホウキで藁君を叩いている。


「リリア、まだ掃除してたの?もういいから、食堂でおやつにするわよ」
仲間が出てきたようだ。プリースト二人に、破壊系の魔女と剣士かな?
「待ってね、結構埃がすごいよ」
ホウキで藁君をパンパンと叩いている。そろそろ宿に戻るか…

「もふぇ!!」
妙な声を上げるので戸口か振り返ると。ポニーテールは藁君にボコボコと殴られていた。
「リリア、強く叩き過ぎよ!敵判定出てるじゃない!」
仲間が大笑いしている。
藁君には愛情が届いていないようだ。
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