勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【76話】 エア勇者リリア

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「よし、もういいだろう。全員馬車に戻れ」馬車手の一人が合図した。
ゾンビから逃げていたリリア達と五台の馬車はゾンビ群を粗方退治した。
数が減れば単純行動を利用して、迂回して逃げればなんとかなる。
フレイラという上級プリーストを含み、ゾンビの群れを撃退したリリア達は急いで馬車に飛び乗る。
「疲れたぁ、手がボロボロ…」ゾンビどもが多すぎて矢をセーブするため剣を振り回していたリリアが馬車によじ登る、クタクタだ。ペコもアリスもフレイラもかなり気力を消費したようだ。
「握力が…」オフェリアも指先をプルプルさせながら馬車に戻って来た。

「念のため飲んでおこう」と、車上で解毒剤を口にした時だ。
「あ!あれ、仲間が合流してきたんじゃない?」リリアが丘の一端を指さす。
皆振り向く、馬が何頭か走って来るのが見えた。
「はいっ!!」馬車手がムチを振るうと突然馬車が発進した。
「ちょっと危ないじゃない!舌噛むよ!」リリアが怒鳴る。
「何を呑気な!あれは盗賊だ!」馬車手が叫び、ぐんぐんスピードを上げてゆく。
「盗賊だ!」「戦場荒らしだ!」イヤリングでも騒いでいる。
どの馬車も全速力で逃げ始めている。
「騎馬よ。十… 十二!十二頭いるわ!」ペコが叫ぶ。
「その後ろ、徒歩の連中もいる」オフェリアが報告する。
五台の馬車が前を競うように走っていく。
「ちょっとこんなにスピード出して馬車壊れないの?」リリア。
「集団から遅れたら恰好の的だぞ。逃げらるれるだけ逃げる」馬車手も必死だ。
逃げると言ったって所詮荷馬車だ。騎馬がぐんぐんと追いすがって来る。
どの馬車も監視所方向を目指して競うように走るが、野原を跳ねるようにして、ゾンビを避けて走る。自分だけは一番遅れまいと並ぶようにして走るので時々接触しそうな程お互い接近する。
馬車が斜面を走り、悪路で跳ね回るので迎撃等できたものではない、振り落とされまいとつかまるだけで必死だ。
「どうせ逃げられない、皆で踏みとどまって戦うのよ」
「遅れた一台だけ見捨てられないでしょ!」
リリア達の意見は一致だが、馬車手は逃げるのに必死だ。
「全車停止、戦うぞ!」
「全員で撃退だ、馬車を停めろ!」
どこの護衛達も同意見らしい。通信で指示を出すのが耳に入ってはくるのだが、混成キャラバンだけあって、連携しない。どの馬車手も自分の以外の誰かが停まったら自分も停車させようと他人に期待しながら全力で走り続ける。
「十二騎、距離300よ!」アリスが報告する
「通信が聞こえるでしょ、停まってよ」リリアが馬車手の袖を引く。
「誰も停まってなんかいなじゃねぇか!」
「十二騎、距離200よ、リリア射れないの!」
「こんなに揺れて、無理だよ!」リリアだってしがみつくだけで精一杯だ。
「誰か停まったら皆停まるわよ!停めてよ!」ペコとリリアが叫ぶ。
「家族が待ってんだよ!金にして生きて帰んなきゃいけねぇんだよ!」
「だから全員でやるのよ!」リリア達が説得している間にも通信では全車停止を呼びかけてくる。
馬車が丘の斜面で車輪を横滑りさせながら、数体のゾンビを避ける。
「十二騎、距離100!全騎別の馬車の後を追うわ!」アリスとオフェリアが報告する。
リリアが振り返って見ると、一台遅れ始めた馬車に騎馬が押し寄せるように後を追っているのが確認できた。

「あれ追いつかれる!放っておけないじゃない!」リリアがそう言おうとした時だった。
「わあぁ!」馬車手が叫んだので前方を向いたリリアにはここからの一瞬がとてもスローに見えていた。
窪みに車輪を落とした前方の馬車が大きく傾き、右車輪を破損させながら、跳ねるようにして急激に方向を変えていく。破壊音が響きステイが持ち上がり、馬ごと空に跳ね上がる。
そのまま、前方の馬車はキュッキュと細かくお尻を振るとドッと傾きながらこちらの馬車に飛び掛かってくる。
荷物が空にばら撒かれ、人が振り落とされるのが、はっきりゆっくり見える。
バランスを崩した荷台がそのまま、こちらの引き馬の上に覆いかぶさるように落ち、馬が圧力に負けながら嘶き、ドンっと自分の馬車が前のめりになるのを感じた。
“あぁ、馬車が… ひっくり返る”
リリアの頭に一瞬言葉がよぎった瞬間にはリリアはもう車上にはいなかった。
空が足元を、大地が頭上を通過していく。
リーダリア国民から認知されていないエア勇者リリア。
跳ねた荷台が自分の空と足元の間を遮ろうとしている。
荷物が空中を浮遊し、馬車手が奇妙なポーズで地面近くを飛んでいる。
リリアが冷静に首を動かすと、ペコがはやり変なポーズしながらも、しっかりとご自慢のトンガリ帽子を手で押さえ宙を舞うのが見えた。

「父さん、母さん、リリアと皆を守って、お願い」
リリアがペンダントに手をかけるのと大地に激突するのとほぼ同時だった。
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