勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【47.5話】 二人の無能冒険者 ※少し前の話し※

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リリアは駅馬車に揺られていた。
荷馬車の護衛はやっているが、お客として客車に乗ることは滅多にない。今までだったら歩くか、護衛に付いて乗車していたが、経済的にちょっと余裕がでたし、以前から駅馬車に揺られてみたかったので町、村を繋ぐ駅馬車に乗車してみた。
幌がかけられ雨風を凌げるようになっているが、季節が良いため、開放的に開けてある。
風が気持ち良い。矢が直撃しないように頭の高さに板張りが走っている。
進む道はゆっくりとくねり、左手には森、右手にはトウモロコシ畑が続く。
お菓子食べて、居眠りしていても目的地に着けるなんて、楽ちん楽ちん、リリアは笑顔。
と、言いたいがそうでもない。車内は鬱陶しい。

「ローレン様ぁ、はい、あーん」
3人の美女をはべらかし、年配の従者を連れ、駅馬車の中でチャラチャラしている男がいる。
貴族のなりをした小太り男ローレン。車中で葡萄酒を飲み、なにやら高級そうな物を食べて… いや、食べさせてもらっている。何だこいつ…
車中はこのローレン様ご一行とリリアだけ。


「敬、敬」
何やら、声がする。け・い?何だそれは、リリアが小太りを見ると、どうやらリリアに向かって呼んでいる。
「敬、そこの敬」従者と女もこちらを見ている。
「… あたしですか? けい?…」
「これは失敬、生まれが低くなると敬とは使わないのかい?貴女、いや、あ・な・た」
“何だよこいつ、年配の従者、お前の教育が悪いんじゃないか”リリアは黙って、年配の顔を見る。
「やっだぁ、ローレン様、意地悪――」
「ローレン様ったら、あんな小汚い身なりの女にお声を… 慈悲深いですわぁ」
神経を逆なでされる事極まりない、胸ちっさいくせに、態度だけデカい最低女どもめ!

「敬、いや、あなた、こっち来て一緒に午後酒でもたしなもう。ゴージャスに冒険しようじゃないか」
「… あたし、け… 敬はけっこうです」眉をひそめ断るリリア。
「あっははははぁ、ケイとはまた、如何にも村出身的なネーミングセンス」
「敬、敬ってあなたがそう呼んだんでしょ。使ってやったのよ、名前はリリアよ」ピンからキリまで腹立たしい。
「あっははははぁ、敬の使い方を知らなかったのかぁ、それならそうと言ってくれたら、最初から、あ・な・た・で良かったものを。我が名はローレン、ごきげんよう」
さっきから聞いていれば、何が冒険者だ。全然それらしい雰囲気がない。さっき馬車に乗り込む姿を見たが、そもそも運動が出来そうな感じがまるでしない。
「あんたの生まれがどれほどの物か知らないけど、あんたの礼儀では同乗者にかってに声かけて、バカにするわけ? なにが、冒険よ、あんたなんかが冒険を語れるようには見えないわよ。リリアのデコピン一発で泣きべそかかせてやるわ」リリアは腹を立てて声を荒げる。
馬車手と護衛が振り返って幌の中を少し伺った。
「リリア様、これは大変失礼いたしました。ローレンぼっちゃま、少し御戯れが過ぎます。旅のたしなみは人それぞれでございますから…」従者が頭を下げて言う。
「あなたが、子守り役でしょ!教育がなってないわよ、このおぼっちゃま!」リリアもちょっと余計なことを言う。
「あっはっはぁ、村娘にしては、はっきりと意見出来るではないか。いや、大したものたいしたもの、お見事だ」
「なぁに、あの娘、ローレン様、一ひねりしちゃいましょうよ」
「みすぼらしいなりして、お風呂入って、歯磨きしてから話しかけて欲しいわよ」取り巻きの女ども。

ローレンは冒険者であることをバカにされたのが気に入らないのか、コンコンと自分の武勇伝を、これ聞きよがしに女どもに語りだした。リリアはずっと聞かないふり。
“魔法も使えない、こんな小太りの勘違い貴族が強いわけがない…”リリアは聞き流す。

馬車が止まった。
護衛曰く
「ちょっと道に魔物がいる。食人植物と人食いツタだ、退治してくる」
リリアが覗くと、確かに道に植物が蠢いている。
「あたしも行くわ。あたしも仕事よ」リリアも馬車から飛び降りる。
“見てろよデブ野郎にぺちゃぱい女ども。口先だけの冒険者とは違うんだぞ”
護衛とリリアが向かおうとしたら“ブオオ!”突然火柱が立ち、竜巻が魔物を襲う。
リリアがあっけに取られ、馬車を見るとデブ野郎がスクロールを従者に使用させて魔法攻撃を行っている。リリアではとても買えない高級スクロール。それらを何枚も連続して使い切っていく。これなら財力があれば本人の能力は関係ない。デブ野郎は微笑みながら葡萄酒片手に高見の見物。
スケルトン兵士が次々とクリエイトされ、魔物をあっと言う間に倒してしまった。

物凄い攻撃…
目標があっと言う間に消し飛んだので、スケルトン達もやることが無くなって、何となくウロウロしている。
「俺達、何したら良い?」と言っている感じ。明らかにスクロールの無駄使い。

「いやぁ、また人助けしたなぁ、まだまだ、こんなにスクロールが余っている。賞味期限前までに使い切れるかなぁ」と脂デブ最低野郎がニヤニヤしながらカバンを見せびらかしている。


「なぁ、お嬢さん、俺の隣で良いなら乗っていきなよ」護衛が気の毒がってリリアに声をかける。
「いいよ、もう、歩いていく。早く行っちゃってよ」リリアは馬車に戻らずここから歩いていく決心。
馬車は発車していく。リリアは努めて畑の方ばかりみていた。
「馬車酔いしちゃったかしら」
「座り慣れなくてお尻痛くなった?」
「おっぱいお化けは歩いてダイエットでしょ?」
「粗末な冒険者よ、ごきげんよう」
言われたい放題、馬車は去って行く。


動く案山子が騒ぎを聞きつけたか、リリアが立ち尽くしていると、傍に寄ってきた。
見ると、トウモロコシが腕に引っかかっている。へのへのもへじが「どうぞ」っと言ってるようにも見える。
「… ありがとう、いただくね」リリアは受け取る。
リリアは涙を拭って歩き始める。悔しくてたまらない。
ちょっと振り返ると午後の日差しの中、動く案山子はまだリリアを見送っていた。
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