勇者の血を継ぐ者

エコマスク

文字の大きさ
上 下
90 / 514

【45.5話】 派兵式の前日

しおりを挟む
ハシェックは郷士の息子である。職業は兵士であり、小隊の隊長か親戚の貴族の近衛兵を務める。
国の正式な兵士には正規兵、予備兵がある。正規兵は王族の親戚、貴族、貴族の親戚等から身元の確実で一定水準の軍学校を出ている者。予備兵はパート的な立場。修学中、退役後、正規兵の次点等の理由はあるが、戦争になれば、確実に兵役に就く。
これ以外に傭兵と私兵がいる。傭兵は国か個人に雇われれば傭兵である。
ハシェックは兵士であり私兵。戦争になると王国の将が兵を率いる。兵士は国の兵であり、作戦に就く将に必要な人数を預ける。貴族の将軍、隊長と言えど、普段は軍隊を持っているわけではない。貴族将軍は戦争に駆り出されると親戚一同を私兵として連れて行くのである。一族の規模によっては2,3人。大きくなると30人以上と、ちょっとした軍隊並みに引き連れる。身内が近衛兵であり、戦略上預けられた国の兵を作戦に応じて分隊する場合には、これらの信用ある身内に隊長をさせる。
郷士の子であり、貴族の親戚が軍にいるハシェックはこの私兵として呼ばれる身。
故に小隊長さんなのである。

契約マッチで、あろうことか惨敗してしまったリリアは急ぎバー・ルーダの風に戻って来た。
明日は派兵式の日。リリアは国の勇者としてルーダ・コートの太守と派兵を見送る立場。明日の派兵式にハシェックと会話できるチャンスは無い。直接会えるなら今夜だ。
リリアと試合の付き添いに来ていたラビは大急ぎで帰ギルド。

「おかえり、リリア。なんか… 試合大変だったらしいですね」開店準備をしていたコトロが笑いながらリリアとラビを迎える。
「えっへっへ、まぁ、詳しくは話せないけど… まさかあんな事になるとは…」リリアも苦笑い。
「小隊長さん来てましたよ。今日、夜、バーに顔出すそうですよ。リリアに伝えてくれって」
「あぁ、ハシェックね、はいはい」リリアは澄まして答えるが口元には笑みが出ている。
荷物を置きに二階に上がるリリアにコトロは声をかける。
「リリア… 兵隊さんも、冒険者も寿命は長くないですよ、抵当に満足したら引退して葡萄酒でも作ってバーに卸してよ」
「あら、あたし職業は勇者よ、勇者」
「勇者扱いされるの大嫌いなくせに…」
リリアはコトロの声を背中に二階に上がって行った。


夜、バーは盛り上がっていた。
お客は少ないが、リリアとハシェックを中心にギルドメンバーで盛り上がる。
他愛もない話題、リリアが試合で負けた話し、リリアがお客と喧嘩した話し、リリアが戦闘中泣きべそかき始めた話し、リリアが練習中に落雷して気絶した話し…
リリアの話しをしていると笑いが尽きない。大爆笑、適当に時間が過ぎていく。


「では、そろそろ」ハシェックが立ち上がる。
「家まで送るわよ」リリアも立つ。
「そうか、ありがたい。夜中レディを一人歩きさせるわけには行かないから、家まで送ってくれるのなら、帰りは僕がここまで送るよ」
「… 全然意味ないじゃない… それ…」
ハシェックは皆にお礼を言うとリリアと仲良くバーを出ていった。

ハシェックの家まで来た二人。明日、多くの兵士が出陣するので、街中はどんちゃん騒ぎをしていた。ハシェックの家、その周辺でも、兵士の家は荷物と人がひっきりなしに出入りしている。かなり忙しい中、バーに寄ってくれたに違いない。
いつまでも引き留めるわけにはいかない。
「ねぇ、今まで戦争で死んだことある?」リリアがハシェックに聞く。
「今のところは無いなぁ」首をかしげてみせるハシェック。
「じゃ、今回も大丈夫そうね」
「あぁ、当分は死なない事に決めている」さらっと言う。
「…あなたに神のご加護がありますように」リリアがはっきりと伝える
「そのご加護があなたにもありますように」
そう言ってのけるとハシェックはクルっと振り返り、驚くほどスタスタと家の人込みに消えていった。

「まぁ、決心しているなら大丈夫ね」
リリアは呟くと、酔っ払いでやたらと騒がしい貴族の居住区を帰って行った。
しおりを挟む

処理中です...