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123 歴史は繰り返す、とはいうけども

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「え……なんで……」

 聖は視線をきょろきょろと忙しなく動かし、辺りを見回す。
 何処をどう見ても、春樹はいない。少し遠いが、見える範囲にいたはずのルーカスと友康の姿も見えない。
 何がどうなっているのか理解できず、目を瞬かせる。

「……いない……それに、なんか酷い違和感が……?」

 わけもわからず、ふらり足を前へと出す。そして踏み出した足がざくりと、何かを踏みしめるようなその音を聞いて、遅まきながら聖は違和感の正体に気付いた。
 雪だった。

「――え?」

 認識はしたが、脳が理解することを拒否して一瞬停止した。愕然として辺りを見渡す。
 一面、目に痛いほど真っ白な雪景色。
 何度見しようとも、そこは先ほどまで目にしていたはずの、じめっとした緑あふれる場所ではない。

「どういう、こと?」

 問いかけが口をついて出るも、答えが返ることは当然ながらない。

(……あ、そういえば)

 ふと、直前までのことを思い出し聖は振り返る。
 だが、確かに手で触れていたはずの、文字が書かれていた木はそこにはなかった。
 それどころか、遮るもののない何処までも続く雪景色しか聖の目には見えない。
 まるで、先ほどまで違う場所にいたことが夢だったのだと思えるほど、痕跡は何もなかった。

(でも、間違いなくキノコダンジョンにいたし……変なことといえば木に『まな板あります』って書かれてた……こ……と)

 ぼんやりする頭でそこまで考えて、聖はようやく正解にたどり着いた。

「神隠し!?」

 まさかのフラグの回収である。
 聖は思わず両手をついて項垂れる。
 いつも何かにつけて春樹が言う『主人公属性』という言葉が頭を過る。綺麗に右から左に総スルーしていた聖だが、さすがの状況にもしかして本当なんだろうかとの思いが浮かぶ。

「い、や、ない。うん、ないない」

 だがすぐにそれはないと全力で思い直す。
 受け入れてしまったら何かヤバイ気がすると、よくわからない何かに突き動かされるように聖は己に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「これはなんか、そう。奇跡的で神懸り的に、なんかの条件に当てはまっちゃっただけだよね! うん、間違いない」

 うんうんと頷き、そういうことで納得し、考えることを止めた。そもそも『主人公属性』の意味が分からないし、知りたいとも思わない。
 改めて辺りを見回す。

「……んー、無事に戻れるって言ってたから危険はないんだろうけど、何したらいいんだろう……」

 ルーカスの説明から導き出されることとしては、この場所のどこかにいる『誰か』に会わなければならないということ。
 恐らくその『誰か』が元の場所に戻してくれるのだろうと、聖は考える。
 だが問題は、その『誰か』がこの何処までも続く一面の雪景色の、果たしてどこに行けばいるのかということであった。

「まあ、適当に行ってみるしかない、かな」

 もしかしたら向こうから来てくれる可能性もあるが、それは低いだろうとなんとなく思いつつ、聖は歩き出す。
 何の足跡もない雪原。きらきらと輝く白に、聖が立てるざくざくという音だけが響く。
 吐き出される息は白く、当然ながら気温が低い。
 だが、聖に不都合は何もなかった。

(ロティスに感謝だね)

 胸中で呟き、改めて己が来ているコートを見下ろし、鑑定結果を思い出す。


【聖のコート】
 ロティスがロティスのために、丹精込めて縫い上げた聖のコート。暑さにも寒さにも強い。いろいろ強い。


 突っ込みどころはあるが、その効果は疑うべきもない。
 聖はまったく寒さを感じることもなく、実に快適だった。
 そうして、目的地もわからず歩き続けること数分。己が立てている、ざくざくとした音以外の音が聞こえた気がして、聖は振り返った。

「ん?」

 そこにいたのは、巨大な椎茸の魔物が三体。
 ひくりと頬が引きつった。

「危険はない、んじゃ……なかったっけ……?」

 呟きつつも、何とかせねばと柄杓を取り出し、風の刃を飛ばす。
 春樹や友康が戦っているときに見ていたが、この巨大キノコの魔物たちは総じて動作が鈍かった。
 何故か一部がメッシュを入れたように赤くなっているのが気にはなったが、恐らく自分でも倒せるだろうと踏んで、聖は攻撃をしたのだが……。

「……ちょっ!?」

 見たこともない程機敏な動作であっさりと避けられた。慌てて更に風の刃を飛ばしまくるが、そのすべてがものの見事に綺麗に躱される。

「……あー、これはヤバイ、よね……」

 背中を嫌な汗が流れていく。
 魔物から目を離さずに、一歩、また一歩と風の刃を飛ばし、牽制しながら後ずさる。
 そして、少し距離が離れたことを確認した聖は、そのまま魔物に背を向けて一目散に走り出した。

「危険がないって絶対嘘だよねぇ!?」

 もちろんルーカスが言っていたのが、あくまでも『いままで』の話であるということも、もしかしたらのためにランクがCに設定されていることも、きちんと理解している。
 だがしかし。
 だがしかしである。
 何も今がその時である必要はないだろうと、聖は全力で抗議したい。

(僕、主夫だよ!? 非戦闘職の非力な一般人だよ!? おかしいよね!?)

 せめて戦闘職の者がなるべき事態だろうと、現実逃避気味に思うが現実が変わることはない。
 今できることはただただ足を動かすことだけ。
 レベルが上がったことにより、元の世界にいた頃より確実に体力があがっているため早々音を上げることはない。
 だが、目に見える範囲に何もないことが問題だった。
 隠れる場所がどこにもない。

(どこまで行けば……っ)

 速度を落とさないよう注意しながら、聖はちらりと後ろの様子を窺う。そして、走る速度を更に上げた。

「っなんで!?」

 三体だったはずの魔物は、何故か集団になっていた。しかもその種類はさまざまで、中には見たことのないキノコ……だと思われる魔物までいる始末。
 巨大キノコの集団に追いかけられるこの現状は、間違いなく悪夢だった。
 それでも意を決して、一瞬だけ振り向きざまに風の刃を飛ばしてみる。
 だがしかし、これまた機敏すぎる動きで躱され、速度すらも落ちない。

「ん、無理」

 その様子を見て、妙に冷静になった聖は走ることに専念する。
 機敏な動きを見せる魔物たちだが、何故か走る速度はそこまで早くないのか、一定の距離を保っている。
 もしかしたら、聖の体力が尽きるのを待っているのかもしれない。
 そうして暫し追いかけっこをしていると、少しだけ上り坂になっていることに聖は気が付いた。
 それでも眉を寄せながら走り続けていたが、徐々に息が辛くなってくるのがわかる。

(……やっば、これはまずいかも。キノコの集団に呑まれるのが元の場所に戻る方法とかだったら笑うけど、ねっ)

 試してみる気には到底なれないが、強制的に試さざるを得ない状況はすぐそこまで来ている。
 それでも何とか坂を駆け上がり、いつの間に頂上辿りついたのか下り坂になったと思った瞬間、聖は何かを踏んだ。

「――う、わっ」

 しかもすべって、そのまま体勢を崩す。その拍子に蹴り上げたらしいそれが宙を舞い、聖の視界へと入る。
 そして――。

「……は?」

 それを見た聖はすべての状況を忘れ、ただぽかんと口を開いた。

 バナナの皮だった。
 




■ ■ ■ 
書籍2巻が1/23出荷で発売されましたー!
よろしくお願いいたします。
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