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124 一人では対処しきれない数々の出来事

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 バナナの皮。
 よりにもよって、バナナの皮。

(なんでまたバナナの皮!? 異世界ではバナナの皮が流行ってるの!? っていうか、誰が置いたのっ!?)

 二度目ましてのバナナの皮に、聖は胸中で盛大に突っ込みを入れる。もはや呪われているのではないかとの思いが、頭を過る。
 だが、そんな混乱真っ只中の聖だが、現状起っている事態は何一つ変わらず時間は止まってはくれない。
 見事にすべってお尻から着地した体は、そのまま坂を滑り始める。
 最初は緩やかだった坂は、傾斜が徐々にきつくなり、気がついたときにはかなりのスピードで坂を滑り落ちていた。
 もはや下手に止めようとしたら転がり落ちるどころか、確実に怪我をするレベルと化している。

「……どうしろとっ……」

 絶妙なバランスを取りながら滑り続けるしかない聖だが、背後の様子を見るために、何とか首だけを捻って一瞬だけ振り返った。

「……」

 そして無言で首を戻す。
 見えたのは、聖と同じように滑り落ちてくる巨大キノコの魔物たち。もしかしたら上で留まっててくれないかな、なんてちょっとだけ期待したのだが、それは見事に打ち砕かれた。
 どうしろというのか。
 この強制ジェットコースターが終わるのを待つしかないのが現状だが、果たして無事に止められる、というか止まるのか。
 そんなどうしようもない思いを抱えたまま、どこまで続くのか不明な坂の先を見ていた聖だが、何かに気付いた。

(……ん? なんだろう……なんか、ある……?)

 じっと目を凝らす。
 坂の途中か、それとも下なのかはよくわからないが、何かがあるのが見える。
 光の反射か、眩しくてはっきりとは見えないが、透明な何か。
 流されるまま滑り落ちていくと、徐々にそれがよく見えるようになっていく。

(……あ、氷の……塊、かな)

 なんでこんなところに、と冷静に考えていられたのはそこまでだった。
 何層にも積み重ねられた氷のブロック。
 それは間違いなく、滑り落ちる聖の進行方向にある。

「……え、ちょ、衝突コースっ!?」

 どう考えても完璧にぶち当たる。しかし、それを避ける手段はない。
 ものは試しと火の魔法を飛ばしてみるも、何かに遮られるように消え、風の魔法も同じ結果となる。
 となるとあとはもう、レベルアップの恩恵、体の頑丈さに賭けるしか道はない。
 聖は氷の壁を前に覚悟を決める。

(あんまり痛くありませんようにっ)

 祈りつつ顔を両手で覆って目をつぶり、衝撃に備えた。
 そして――。

(……?)

 何故か待てど暮らせど何もない。
 もしや痛すぎて意識が飛んだのか、それとも壁じゃなかったのか、そんなことを考えながら聖は恐る恐る目を開けてみる。

「あれ?」

 何故か聖の体は宙に浮いていた。どうなってんの? と首を傾げ、右手が何かに掴まれていることに気付く。己の手を辿って上を見上げると、箒に乗った小間使いの土偶が、聖の手を掴んでいた。

「あ、飛べばよかったんだ」

 聖はぽつりと呟く。
 慌てていたせいで、綺麗さっぱり飛べるということを忘れていた。苦笑を浮かべながら、ピンチを救ってくれた小間使いにお礼を言って、聖は箒へとよじ登る。
 息をつくと、どっと疲労が押し寄せてくるのがわかった。

「……あー、疲れた。異世界に来て一番疲れたかもしんない……ん? ありがと」

 どんまい、とでもいうように差し出されたホットミルクを一口飲む。黒糖が入っているのか甘く、疲れた体に染み渡る。
 本当によくできた小間使いである。
 そうしみじみと思いながら聖は下を見下ろす。
 そこには聖がぶつかる筈だった氷の壁に、次々とぶつかり自滅していく巨大キノコの魔物たちが見える。

「危なかったー。ぶつかってたら怪我程度じゃ済まなかったかもね……っていうかどんだけいるの!?」

 魔物たちが壁にぶつかる様子に思わず冷や汗を垂らしたのもつかの間、あまりにも多すぎる魔物の数に突っ込まざるを得ない。
 走っているときも、滑り落ちているときも、あまり余裕がなくはっきりとはわからなかったが、さすがにここまでの数に追いかけられているとは思っていなかった。
 逃げ切れた幸運に、もはや感謝しかない。

「……まあ、そもそも運が悪いから追いかけられたのかもしんないけど……終わりがよければいいよね!」

 なんてことを無理やり前向きに考えていると、何故か聖の脳内にレベルアップを告げるアナウンスが流れた。

「え? なんで?」

 聖は魔物を倒していない。となると春樹が倒しているということになるのだが……何となく聖は変わらず自滅していく魔物たちを見下ろした。

(……関係、あったりするかな)

 二回目のアナウンスが流れる。そして、すべての魔物が消えたところで三回目のアナウンスが流れた。

(……よくわかんないけど、これは無関係じゃないっぽいよね。僕が倒したってことになってそう……)

 理由が分からないがまあいいかと、聖はあっさりと考えることを放棄した。
 それよりも気になっているものが聖にはあった。
 周囲に魔物の姿がないことを確認して、ゆっくりと氷の壁の前へと降りる。
 そこにあったのはドロップ品の数々。滅多に落とさないはずのドロップ品がたくさん転がっていた。

「ラッキー!」

 さすがにあれだけ魔物がいれば、ドロップ品もあるようだ。聖はうきうきとしながら拾い集めていく。
 ダンジョン内で普通に採取していたキノコが多数を占めるが、ドロップ品として出てきたキノコはたとえ同じ名前であったとしても、数倍美味しいとルーカスは言っていた。ついでにだいぶ大きい。
 小間使いの土偶にも手伝ってもらい、確認しながら更に集めていると、変なものに遭遇した。
 どう見ても食べられる気がしないキノコの形をした陶器。

「なんだろこれ……あ、蓋?」

 底についた蓋のようなものを開けると、小さなキノコの形をしたものがたくさん入っていた。
 すかさず主夫の目を使う。


【ニセキノコ】
 昔々「すまないタケノコっ、俺の愛はキノコにあるんだっ!」という叫びから生まれた一品……だという伝説があったりなかったり。甘くて美味しい。


 名前の通りキノコだがキノコじゃないそれは、間違いなく、過去の落ち人によるやらかし案件だった。
 聖は取り出したキノコの形をしたものを一つ食べてみる。

「……うん、甘くて美味しいよね」

 それがキノコだろうがタケノコだろうが、ましてや山だろうが里だろうが、そこに聖の拘りはない。実に美味しく懐かしいお菓子だということが、すべてだった。

「春樹も友康も喜ぶだろうね……まあ、確実に笑うけどねっ!」

 わかりきった未来を想像しながら、【ニセキノコ】を収納していく。それなりの数があるのは素直に嬉しいことだ。
 そんなことを思っていると、小間使いの土偶が何かを抱えて聖の前へやってきた。

「どうかし……えっと、それが欲しいの?」

 伝わる何となくの感情から問いかけると、こくりと頷く。小間使いが持っているものを主夫の目で見てみると【キノコ栽培キット】とあり、詳細は【キノコが育つ】というものだった。

「わ、キノコ作れるの? すごいねこれ……え? やってみるって?」

 再び流れ込んできた感情から問いかけると、先ほどと同じように頷いた。ついで『任せとけ!』という強い思いが流れ込んでくる。
 凄いなと感心しながら許可を出すと、【キノコ栽培キット】を何処かへと収納した小間使いが、更に何やら言いたげな雰囲気で聖を見上げてきた。

「……?」

 なんだろうと首を傾げた途端、脳内にアナウンスが流れる。

≪スキル【主夫の小間使い】のレベルが上がりました≫

 なんで今? と思うもアナウンスは続く。

≪それに伴い、小間使いの枠が一つ増えます。以前作成した小間使いを呼び戻しますか?≫

 とっさに思い出したのは、以前枠がないのに興味本位で作ってしまい、なんとも悲しげな様子で去って行った罪悪感たっぷりの小間使いのこと。
 新しく作成することも出来るようだが、呼び戻せるというならその方がいいだろうと聖が思うと、目の前の小間使いが同意するように頷いた。

「えっと、じゃあ呼び戻すのに承諾っと」

 すると、瞬き一つで小間使いの土偶が現れた。

「はやっ」

 残念ながら、それが依然去って行ったものと同じなのかは聖にはわからないが、何故かその土偶は首に青いスカーフを巻いており、風もないのに靡いていた。
 そしてその様子に、最初からいた土偶が何処か満足げに頷いたかと思うと、赤いスカーフを取り出す。

(え、どこから……)

 驚く聖を余所に、青スカーフの土偶と同じように首に巻くと、やはり風もないのにひらひらと靡く。
 そして小間使いの土偶たちは揃って聖に向き直り、誇らしげに胸を張った、ように聖には見えた。
 その瞬間。

 てってれー♪

 謎の音が聖の脳内に鳴り響き、何もしていないのに勝手に詳細画面が目の前に現れた。


【小間使い・レッド(赤)】
 小間使いのリーダー(予定)。現在いろいろと準備中。

【小間使い・ブルー(青)】
 修行の旅に出ていた小間使い。世間の荒波にもまれ、逞しくなって戻ってきた(本人談)。リーダーの指示待ち中。


「…………うん」

 小間使いが色分けされたとか、修行の旅に出てたんだとか、突っ込みたいことはいろいろあるが、ありすぎて言葉が出てこない。
 そんな聖にお披露目終了、お仕事終了、とでもいうような感情が流れ込んだかと思うと、小間使い達は一礼して聖の中へと戻って行った。
 大変ありがたい存在だが、自由度も高い。
 スキルってなんだろうな……と、聖はなんとも言い難い気分を抱え、空を見上げる。ダンジョン内だというのに青く澄み渡るそれは、腹立たしい程の清々しさだ。

「……一人って、辛い」

 主に突っ込みどころが多すぎることと、それを分かち合う人がいないということが。

(あー、春樹に話したい。聞いてくれるだけでもいいよね……)

 ついそんな風に思ってしまった聖が悪いのか。
 本日、大変働き者な脳内アナウンスが待ってましたと言わんばかりに、聖の脳内に流れた。

≪スキル【親友】のレベルが上がりました。それに伴い【糸でんわLV1】が使用できます≫


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