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「はーい、おかえりー」
ぱちりと目を開けると、元いた場所だった。
聖と春樹はソファに座っており、その向かい側にはラグイッドが座っている。そして、その向こう側の壁の前には友康が立っていた。
「何を持ってるのかなー? なんて聞かないよー、だって落ち人さんだしねー」
そんな気の抜けるような声に、お互いがお互いの手元にしっかりと抱えたものを見て暫し沈黙。
そして、友康が不思議そうに口を開いた。
「なぜ枕を抱えている?」
「「…………」」
なぜ、と言われても、くれると言われたから貰ってきただけであるとしか聖には答えようがない。
それに枕自体はこの世界にもあるものだし、今この場で抱えているのはおかしいかもしれないが、その存在に不思議はないはずである。
それよりも問題なのは友康の抱えているものだった。あの場所から持ち帰ったものということは、それは間違いなくマジックバックである。
……あるはず、と己にいいかせていた聖だが、ついに耐えきれず叫んだ。
「……なんでそれ!?」
「ふむ、これか」
いたって普通に友康が手元を見下ろす。
両手で抱えた茶色くて四角い、そして見覚えのある文字が書かれたもの。
それは――。
「みかん箱だが?」
「うん知ってる! どうしてそれを選んじゃったかな!? ていうかよくあったよねそれ!!」
そう、『みかん』と書かれた段ボール箱だった。
見つけてしまった友康の視力の良さを称賛するべきか、それとも作っちゃった英雄王のノリの良さに笑うべきか、いや、ここは素直に頭を抱えるべきだろうと聖は両手をテーブルについて項垂れた。
「どうした聖。俺の選択の素晴らしさに感動しているのか?」
「ある意味ね!!」
投げやりに返して、春樹を見る。
さすがに春樹的にもこの選択肢はないだろうと、何か言ってくれという気持ちだったのだが、……目にしたのはどこか悔しげな表情でみかん箱を凝視する姿。
味方がいないことが確定した瞬間だった。思わず聖の顔から表情が抜け落ちる。
「っ、まさかそんなものがあったとはっ」
「これがお約束というものだろう。そういうお前は何を選んだんだ? 聖は無難にポーチだろうが」
無難も何も、普通に使えるのがポーチだろうと聖は思う。
だが、そんなことはこの二人には関係ない。
「……俺が選んだのはスーツケースだ」
「なに!? そんなものがあったというのかっ!」
春樹の返答に、どういうわけか友康が愕然とした表情を浮かべた。
それに春樹が力を取り戻したかのように拳を握りしめる。
「ああ、そうだ。俺の選択は間違ってない! 目に入ったら選ぶだろう、スーツケースだからな!」
「……確かにそれは間違っていないな!」
「そうだろう!」
そこで何故か春樹と友康は、何かをわかりあったのか、がっちりと握手を交わした。
もちろん何をわかりあったのか何て聖にはわからないし、わかる気もない。
「スーツケースとは、なかなかやるな」
「そっちこそ、みかん箱とはいい選択だな」
「……」
そんな意味不明な光景を見つつ、そういえばそうだったな、と聖は何とも言えない笑みを浮かべる。
そう、うっかりこんなところで偶然の再会をしてしまったためか、今の今まで忘れていたが、友康は春樹に負けず劣らずの同類だった。つまりオタクである。
二人に言わせると何やら方向性がちょっと違うとのことだが、聖から見て違いなど判らないし、わかる気もない。
そして、そんな二人の会話に当然ながら聖はついて行けない。というか、ついて行く気もない。たぶん、ついて行けちゃったら何かが終わってしまう、そんな気がした。
だから、聖は一縷の望みをかけて何も言わずに、ラグイッドを見る。
「…………」
見る。
「そんな目で見ないでくれるかなー? 言いたいことはわかる気がしないでもないけど、あの会話に加わる気はこれっぽっちもないからねー? ていうかあれ、理解できちゃったらヤバイ気がするのは気のせいかなー、なんてー?」
「………………」
そうか、これは意味が分からないだろう異世界人にも止められないものなのかと、聖は心底理解すると共に願った。
何処かにストッパーって売ってたりしないかなー、なんて今更なことを。
□ □ □
春樹と友康が落ち着くまで若干の時間を要したが、ラグイッドに別れを告げた聖たちはルーカスの家へと戻って来ていた。途中、興味深げにあちらこちらへと視線を飛ばし、たまにはぐれそうになる、というか一度見失いかけたのだが、そんな友康を警戒しつつ戻ってきたので、さらに時間がかかったのは言うまでもない。
気が付けばすでに太陽はもう、完全にいなくなっていた。
「ほう、ここがお世話になる家か。……元は宿屋か?」
「よくわかったな」
「ふ、俺の異世界知識による推測はお前の上を行く」
「……ここは勝ちを譲ろう」
なんていう意味不明な会話を背に、聖は精神的に疲労困憊だが夕食をつくることにする。
一人増えると結構な量になるなと思いつつも、その手に一切の迷いはない。
「……さすが聖、見事な同時調理だな。俺なら確実に一品はダメにする自信がある」
「……それは同感だが一品で済むのか? それにこっちに来てからなんか聖の料理技術が神がかり的に上がった気がするぞ?」
「なんと」
「……ねえ、暇なの? 他にやることないの? なんか気が散るんだけど」
台所の入口から覗き込み、堂々と感想を口にしている二人の姿に聖は呆れるしかない。というか友康に対しては、この世界に来たばかりなのだから他にすることがあるだろうと言いたい。
「それに春樹、そろそろルーカスさん戻ってくるころじゃない?」
「あ? あー確かに……驚くだろうな」
「驚くだろうね」
帰ってきたら落ち人が増えているのだ、それは驚くだろうと思われる。ちなみに、驚かれる対象である張本人は「俺も驚いたのだから、驚かれて帳消しだな」などと意味不明なことを呟いていたりする。
そんなことを話していると、ルーカスが戻ってきた。
「ああ、戻っていたの、か? ……誰だ?」
友康に目を留め、不思議そうに首を傾げるルーカスに、聖はそっと手紙を差し出す。
「ラグイッドさんからです」
「ギルマスから?」
更に疑問度が上がったようだが、聖が手渡した手紙を読み進めていくとしだいに困惑へと変わり、そして読み終わると同時に唖然とした表情で友康を見た。とうか凝視した。
「初めましてルーカスさん。友康といいます、お世話になります」
「あ、ああって、ほんとに……落ち人?」
「どうやらそのようですね」
「……」
固まったルーカスの戸惑いは計り知れない。二人の落ち人と遭遇したことでさえも、恐ろしい確率だというのに、更に一人増えた。果たしてこれは運がいいのか悪いのかと、本気で考え始めたルーカスの脳裏に、とある王族のキラキラしい笑みが浮かび上がり、一気に胃が重くなった。
「……明日には呼び出しかな……」
「大丈夫ですか、ルーカスさん。なんか目が虚ろになってますけど……」
「聖、ルーカスさんの心情を考えれば理由などわかるだろう」
「え、なに?」
「ルーカスさん。この一見何事もなく見える問題児と見た目からわかる問題児というこの二人と、うっかり遭遇してしまったばかりにかかえる羽目になったこと、心中お察しします」
ルーカスを労わるような声音だが、その内容は酷かった。聖は苦笑いし、春樹は思わず半眼になる。どう反応していいか困っているルーカスに、友康は更に口を開く。
「さらには俺という問題児も抱え込むことになろうとは、運が悪かったと諦めてください」
「……」
ルーカスは更に反応に困った。自分から問題児宣言された身としてはどうするのが正解だろうか。しかも、友康の見た目からはどのあたりが問題児なのかが分からず、思わず助けを求めるように聖と春樹に視線をやる。
「ルーカス、一応言っとくが。友康は頭がよさそうに見えて実際それなりにいいけど、基本バカだからな」
春樹が身もふたもないことを言い切った。
「酷い言い草だな春樹。まあ、否定はしないが」
「しないんだ」
思わず突っ込んだ聖に、眼鏡をくいっと上げた友康は真剣な表情で告げる。
「聖、俺は己というものを知っている。故に、否定しない」
「……あ、うん」
何やらかっこいいことを言っているような錯覚に陥ったが、自覚あるバカだと認めている宣言である。こういう性格だったなと改めて実感した聖は、いまだ反応に困っているルーカスに頷いて見せる。
「ルーカスさん、気にしたら負けです」
聖のその言葉もどうかと春樹も友康も思ったが、賢明にも口に出すことはなかった。その様子にルーカスは、ゆっくりとその顔に苦笑をのせる。
そして。
「落ち人、だもんな」
何度目になるかわからない魔法の言葉を口にしたルーカスの笑みは、もはや諦めに近かった。
ぱちりと目を開けると、元いた場所だった。
聖と春樹はソファに座っており、その向かい側にはラグイッドが座っている。そして、その向こう側の壁の前には友康が立っていた。
「何を持ってるのかなー? なんて聞かないよー、だって落ち人さんだしねー」
そんな気の抜けるような声に、お互いがお互いの手元にしっかりと抱えたものを見て暫し沈黙。
そして、友康が不思議そうに口を開いた。
「なぜ枕を抱えている?」
「「…………」」
なぜ、と言われても、くれると言われたから貰ってきただけであるとしか聖には答えようがない。
それに枕自体はこの世界にもあるものだし、今この場で抱えているのはおかしいかもしれないが、その存在に不思議はないはずである。
それよりも問題なのは友康の抱えているものだった。あの場所から持ち帰ったものということは、それは間違いなくマジックバックである。
……あるはず、と己にいいかせていた聖だが、ついに耐えきれず叫んだ。
「……なんでそれ!?」
「ふむ、これか」
いたって普通に友康が手元を見下ろす。
両手で抱えた茶色くて四角い、そして見覚えのある文字が書かれたもの。
それは――。
「みかん箱だが?」
「うん知ってる! どうしてそれを選んじゃったかな!? ていうかよくあったよねそれ!!」
そう、『みかん』と書かれた段ボール箱だった。
見つけてしまった友康の視力の良さを称賛するべきか、それとも作っちゃった英雄王のノリの良さに笑うべきか、いや、ここは素直に頭を抱えるべきだろうと聖は両手をテーブルについて項垂れた。
「どうした聖。俺の選択の素晴らしさに感動しているのか?」
「ある意味ね!!」
投げやりに返して、春樹を見る。
さすがに春樹的にもこの選択肢はないだろうと、何か言ってくれという気持ちだったのだが、……目にしたのはどこか悔しげな表情でみかん箱を凝視する姿。
味方がいないことが確定した瞬間だった。思わず聖の顔から表情が抜け落ちる。
「っ、まさかそんなものがあったとはっ」
「これがお約束というものだろう。そういうお前は何を選んだんだ? 聖は無難にポーチだろうが」
無難も何も、普通に使えるのがポーチだろうと聖は思う。
だが、そんなことはこの二人には関係ない。
「……俺が選んだのはスーツケースだ」
「なに!? そんなものがあったというのかっ!」
春樹の返答に、どういうわけか友康が愕然とした表情を浮かべた。
それに春樹が力を取り戻したかのように拳を握りしめる。
「ああ、そうだ。俺の選択は間違ってない! 目に入ったら選ぶだろう、スーツケースだからな!」
「……確かにそれは間違っていないな!」
「そうだろう!」
そこで何故か春樹と友康は、何かをわかりあったのか、がっちりと握手を交わした。
もちろん何をわかりあったのか何て聖にはわからないし、わかる気もない。
「スーツケースとは、なかなかやるな」
「そっちこそ、みかん箱とはいい選択だな」
「……」
そんな意味不明な光景を見つつ、そういえばそうだったな、と聖は何とも言えない笑みを浮かべる。
そう、うっかりこんなところで偶然の再会をしてしまったためか、今の今まで忘れていたが、友康は春樹に負けず劣らずの同類だった。つまりオタクである。
二人に言わせると何やら方向性がちょっと違うとのことだが、聖から見て違いなど判らないし、わかる気もない。
そして、そんな二人の会話に当然ながら聖はついて行けない。というか、ついて行く気もない。たぶん、ついて行けちゃったら何かが終わってしまう、そんな気がした。
だから、聖は一縷の望みをかけて何も言わずに、ラグイッドを見る。
「…………」
見る。
「そんな目で見ないでくれるかなー? 言いたいことはわかる気がしないでもないけど、あの会話に加わる気はこれっぽっちもないからねー? ていうかあれ、理解できちゃったらヤバイ気がするのは気のせいかなー、なんてー?」
「………………」
そうか、これは意味が分からないだろう異世界人にも止められないものなのかと、聖は心底理解すると共に願った。
何処かにストッパーって売ってたりしないかなー、なんて今更なことを。
□ □ □
春樹と友康が落ち着くまで若干の時間を要したが、ラグイッドに別れを告げた聖たちはルーカスの家へと戻って来ていた。途中、興味深げにあちらこちらへと視線を飛ばし、たまにはぐれそうになる、というか一度見失いかけたのだが、そんな友康を警戒しつつ戻ってきたので、さらに時間がかかったのは言うまでもない。
気が付けばすでに太陽はもう、完全にいなくなっていた。
「ほう、ここがお世話になる家か。……元は宿屋か?」
「よくわかったな」
「ふ、俺の異世界知識による推測はお前の上を行く」
「……ここは勝ちを譲ろう」
なんていう意味不明な会話を背に、聖は精神的に疲労困憊だが夕食をつくることにする。
一人増えると結構な量になるなと思いつつも、その手に一切の迷いはない。
「……さすが聖、見事な同時調理だな。俺なら確実に一品はダメにする自信がある」
「……それは同感だが一品で済むのか? それにこっちに来てからなんか聖の料理技術が神がかり的に上がった気がするぞ?」
「なんと」
「……ねえ、暇なの? 他にやることないの? なんか気が散るんだけど」
台所の入口から覗き込み、堂々と感想を口にしている二人の姿に聖は呆れるしかない。というか友康に対しては、この世界に来たばかりなのだから他にすることがあるだろうと言いたい。
「それに春樹、そろそろルーカスさん戻ってくるころじゃない?」
「あ? あー確かに……驚くだろうな」
「驚くだろうね」
帰ってきたら落ち人が増えているのだ、それは驚くだろうと思われる。ちなみに、驚かれる対象である張本人は「俺も驚いたのだから、驚かれて帳消しだな」などと意味不明なことを呟いていたりする。
そんなことを話していると、ルーカスが戻ってきた。
「ああ、戻っていたの、か? ……誰だ?」
友康に目を留め、不思議そうに首を傾げるルーカスに、聖はそっと手紙を差し出す。
「ラグイッドさんからです」
「ギルマスから?」
更に疑問度が上がったようだが、聖が手渡した手紙を読み進めていくとしだいに困惑へと変わり、そして読み終わると同時に唖然とした表情で友康を見た。とうか凝視した。
「初めましてルーカスさん。友康といいます、お世話になります」
「あ、ああって、ほんとに……落ち人?」
「どうやらそのようですね」
「……」
固まったルーカスの戸惑いは計り知れない。二人の落ち人と遭遇したことでさえも、恐ろしい確率だというのに、更に一人増えた。果たしてこれは運がいいのか悪いのかと、本気で考え始めたルーカスの脳裏に、とある王族のキラキラしい笑みが浮かび上がり、一気に胃が重くなった。
「……明日には呼び出しかな……」
「大丈夫ですか、ルーカスさん。なんか目が虚ろになってますけど……」
「聖、ルーカスさんの心情を考えれば理由などわかるだろう」
「え、なに?」
「ルーカスさん。この一見何事もなく見える問題児と見た目からわかる問題児というこの二人と、うっかり遭遇してしまったばかりにかかえる羽目になったこと、心中お察しします」
ルーカスを労わるような声音だが、その内容は酷かった。聖は苦笑いし、春樹は思わず半眼になる。どう反応していいか困っているルーカスに、友康は更に口を開く。
「さらには俺という問題児も抱え込むことになろうとは、運が悪かったと諦めてください」
「……」
ルーカスは更に反応に困った。自分から問題児宣言された身としてはどうするのが正解だろうか。しかも、友康の見た目からはどのあたりが問題児なのかが分からず、思わず助けを求めるように聖と春樹に視線をやる。
「ルーカス、一応言っとくが。友康は頭がよさそうに見えて実際それなりにいいけど、基本バカだからな」
春樹が身もふたもないことを言い切った。
「酷い言い草だな春樹。まあ、否定はしないが」
「しないんだ」
思わず突っ込んだ聖に、眼鏡をくいっと上げた友康は真剣な表情で告げる。
「聖、俺は己というものを知っている。故に、否定しない」
「……あ、うん」
何やらかっこいいことを言っているような錯覚に陥ったが、自覚あるバカだと認めている宣言である。こういう性格だったなと改めて実感した聖は、いまだ反応に困っているルーカスに頷いて見せる。
「ルーカスさん、気にしたら負けです」
聖のその言葉もどうかと春樹も友康も思ったが、賢明にも口に出すことはなかった。その様子にルーカスは、ゆっくりとその顔に苦笑をのせる。
そして。
「落ち人、だもんな」
何度目になるかわからない魔法の言葉を口にしたルーカスの笑みは、もはや諦めに近かった。
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