よくある話で恐縮ですが

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14 俺のための夜空 (※微R18描写あり)

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連れて行かれたのは、思っていたよりは普通のマンションだった。
いや、一般的にはかなりお高いんだろうが、俗に言うタワマンとかを想像してビクビクしてた俺には逆に安心だ。
そのマンションは高台に建つ三階建てで、立地から景色はそれなりに見えるけれど、高層じゃないから万一の災害時にも避難するのもきっと迅速だ。

廊下からして敷かれている絨毯にも高級感があった。

広いしモデルルームみたいに綺麗だけど、何故だか安心するのは、部屋の至る所から氷室…いや、蓮巳の匂いがするせいだろうか。

敷かれたラグの上に置かれたでっかいソファに座り、部屋中を見渡しながら俺は呟いた。

「ものっそいタワマンとかに連れてかれたらどうしようと思った。」

蓮巳が俺の上着をハンガーに掛けながらそれに答える。

「一人暮らしだし、自分が片付けられる範囲の広さじゃないとね。
僕、あんまりハウスキーパーとか頼みたくない方だから。」

「そうなんだ…。」

て事は、ちゃんと自分で掃除とか家事してるんだ。
想像とは違う、意外と庶民的な蓮巳に好感度が上がる。

「実家には住まないの?」

「実家だと、色々うるさいじゃない。家族も親戚も、要らない世話ばっかり焼いてくるし。
だから大学進学と同時に引越したんだ。」

セレブもセレブで色々あるらしい。

「それに、実家だとこうして恋人を連れ込めない。」

「…ふ、ふーん…。」

俺は両親共働きだから、バンバン連れ込んでたけど、蓮巳の実家は御屋敷だろうから、きっと使用人とかもたくさんいるんだろう。
そりゃ気不味いか。
…いや、連れ込んだって、別に必ずセックスする訳じゃないだろうけど!

一人で妄想して赤面してる俺に不思議そうにしながら、そばを通り、蓮巳はカウンターキッチンに入ってケトルに水を入れている。

「何か飲む?冷たいのよりあったかいのが良いよね?」

「あったかいのは何があるの?」

「コーヒー、紅茶、カフェオレ、カフェラテ、ココア、ホットミルク、それくらいかなぁ…。」

「十分じゃね…?寧ろそれ以上って揃えてる家ってあんのかな…。
ココアで。」

「了解。」

一人暮らしなのに何でそんなにあるの?という疑問は、蓮巳の次の言葉で氷解した。

「何時かこんな日が来ると思って、色々買っといたんだあ。」

「…そ、なんだぁ…。」

「まさか、こんな早くその日が来るなんて思わなかったけど。」

やたら沸くのが速いのが売りのケトルが沸騰を知らせて、部屋の中にはココアとコーヒーの甘くて香ばしい香りが漂う。
穏やかで優しい時間だと思った。
その時気づいた。
出会って未だ日は浅いけど、俺は蓮巳といると、すごく安らげる。
会う度にしっくり馴染んでくる、この感じは何だろう?

「そのカップ、どう?」

蓮巳が俺のココアのマグカップを目で示すので、俺は少し離してまじまじとカップを見た。

「何か夜空みたい。綺麗だね。」

「気に入った?」

「うん、こういう感じ好き。」

深い藍色のグラデーションに、金砂を一筋散らしたような綺麗なそのカップは、本当に俺の好みだ。
こういう、一見地味に見えるのによく見ると何処か凝ってるっての、すごく好き。

「なら、それ樹生専用ね。」

「え?」

「それ、樹生に初めて会った日、君を追いかけたけど見失った帰りに買ったものなんだ。
何だか目を惹かれて、君に似合いそうだなって。」

「へえ…。」

「きっと、こうなる未来の為に俺を呼んだんだね、そのカップが。」

「…蓮巳って本当にロマンチストだな。」

面白い考え方をすると思った。
でも確かに、物には人と同じで縁というものがあるのかもしれない。

「ありがとう。」

「気に入ってくれて良かったよ。この部屋で、初めての樹生の持ち物だね。」

そうか。
俺、今日だけじゃなくて、今日が初めてで、これから何度も…もしかしたらずっと、この部屋に来るんだ。
こうやって、蓮巳の家には少しずつ俺の物が増えていくのかな。
そう考えて、俺は少しわくわくするような気持ちになった。
初めての俺のカップで飲むココアは、とても優しい甘さだ。
俺は思った。
蓮巳にもらったものは、全部守ろう。絶対に。
俺はもう、奪われるだけの子供じゃない。


蓮巳は皮を剥いてカットした林檎と葡萄をガラス皿に載せて、ソファ前の黒いガラステーブルの上に置いた。

「摘んで。TV、チャンネル回して良いよ。」

「うん、ありがと。」

大きなサイズの壁掛けテレビは、映像がやたらと綺麗だ。
ウチのとは違うな…。
俺の家だって、両親の稼ぎはそれなりの筈だけど…。蓮巳とは比較しちゃ駄目だよな。

お笑いの番組、時代劇、ドラマ。次々チャンネルを回してみるけど、どれもしっくり来ないし頭に入って来ない。
横に蓮巳がいて、外じゃなくて2人きりだって思うと、どうしても意識してしまうのだ。
さっき車の中で、重ねられて絡められた手の温もりが、未だ手の甲に残ってるようで。

蓮巳を横目で見ると、俺みたいに意識してる風ではなかった。
俺がその気にならなければいくらでも待つと言ってたし、本当にそのつもりなんだろう。

(…どうしよう。
自分から誘った事なんて、ないから…。
どうしたら良いのか、わからないな。)

さっき車の中で指を絡められた時に、俺は蓮巳にキスされたいと強烈に思った。
でも、雨宮との付き合いでは、何時でもあっという間にされるばかりだったから、自分から仕掛けるタイミングがよくわからない。
兄貴だったら、こんな時自然に相手をその気にさせるんだろうなと考えて、打ち消した。
俺は兄貴とは違うし、兄貴みたいにはならない。

顔だけは貞淑そうにしていた兄貴が、兄貴を家まで送ってきたどれだけの男と別れ際のキスをしていたかなんて、もう思い出すのも嫌だった。
俺には全く理解できない、あんなの。


テーブルの上の葡萄は艶やかな翠が鮮やかで、俺はその色に惹かれて指を伸ばした。
唇に含んで歯を立てると、瑞々しい果汁の甘みが舌の上に広がり、勢い良く溢れたそれは唇を濡らした。
俺はそれを指で拭い、口の中の果実を飲み下してから舌で行儀悪く残りを舐め取った。

「…美味しい。」

「そう?良かっ…た…。」

蓮巳の語尾が途切れたので、不審に思って横を見る。
蓮巳は俺の唇を凝視していた。
行儀悪いのを見られていたのを察して、俺は恥ずかしくなった。

「…ごめん。ティッシュ…、」

「…ねえ、キスしたい。」


そう言った筈の目には、静かだけれど熱がこもっていて、俺は頷いた。

紳士的にも程がある。
こんな時くらいは、俺の許可なんか待たずに…。

思考は、覆いかぶさって来た蓮巳の体と唇に掻き消された。
自分より大きな体の体温は、こんなにも安心するものなのか。
蓮巳の唇は弾力があって柔らかく、良い匂いがした。
俺は2年振りの他人との粘膜接触に、こんなに気持ちよかったっけ、と脳の何処かがじんと痺れた。

口を割り、俺の内側に侵入してきた氷室の舌は優しく優しく、縮こまっていた俺の舌の緊張を解いた。

蓮巳の甘い舌は、ゆっくりと俺の舌を舐めて絡めて宥めると、今度は歯の一本一本を優しくなぞった。
歯を愛撫された事なんて無い。こんなに、自分の隅々迄大事に扱われた事なんて、余計に無い。

上顎を舐められた時には、俺の腰はもう砕けていて、がくがく震えて、腰を支えてくれている蓮巳の腕が無ければ、座っていられないくらいになっていた。


「…良い匂いが出てきちゃったね…。」

呼吸を忘れた俺に息をさせる為に僅かに離れた蓮巳の唇が、低く掠れた声で呟いた。

その吐息混じりの声には、どうにも抗えない色香が滲んでいて、俺の体は一気に熱を持たされた。


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