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29 昔だったら王道設定
しおりを挟むこんな暑い日でも川の上を通過してくる風はそれなりに涼しい。
「風があるの助かるよね。良かった。」
そう言って、汗で額に張り付いた前髪を掻き上げたミズキの額が露わになる。意外にもつるんと滑らかな秀でた額だ。厚めのレンズが嵌め込まれたメガネのせいか目が小さく見えていたのに、今こうして横顔で見るといやに上下共に睫毛が長く瞳も大きく見える。そんな事も、額の綺麗さも、対面で話してる時にはわからなかった。
(……なるほど、そういう事か…。)
何か違和感の正体がわかってきた気がした。
かといって、確信を得たいという自己満足でしかない理由の為だけに勝手に他人のメガネに触れる訳にもいかないので、俺はややミズキとの間の距離を詰めて観察する事にした。
鼻は高過ぎず低過ぎず。唇は薄く。顔の輪郭も整っていて小さい。髪は色素の薄い猫毛っぽくてふわふわしているけど、それを長く伸ばして野暮ったくしてるのはわざとだろうか。とにかくその前髪とメガネを除いてしまえば、店の他のキャスト達からは浮いてしまうのは間違いないだろうな…。
俺はそう思いながらジロジロとミズキを至近距離で見つめた。
だが、急にそんな事をされるとミズキだって戸惑う訳で。
「…ユイ君、どうしたの?あ、天むす要る?」
自分の残りの天むすを勧めて来るミズキ。俺が意図的に詰めた距離に、心做しか体が引いてる気がする。
「いや、大丈夫。」
俺は小さく首を振った。
ありがたいけど、俺はおにぎりに入ったしんなりした天ぷらはあんまり好きじゃないのだ。天ぷらは天ぷらで食いたい派。
…じゃなくて。
俺は率直な感想をぶつけてみる事にした。
「ミズキってさ。」
「うん?」
「結構美形じゃねえ?」
「…え?」
こちらに顔を向けたミズキが、笑顔を作ろうとして吊り上げた唇の端が少し強張ったように見えた。
「そんなに長い睫毛してたなんて知らなかった。」
そう言って俺は、未だ食べかけだったおにぎりに目を戻し、口に運ぶ。
「よく見ると顔立ち整ってるし…。」
「……。」
ミズキは何も答えず、すっかり静かになってしまった。良く考えてみると、知り合いに頼んで迄、"普通・平凡"を売りにしてるウチの店に入店したって言ってたし、という事は、多分金が必要なんだろう。ウチの店は特殊故に高給だ。
(言ったら不味い事だったか。)
黙り込んでしまったミズキの様子を見て、しくじったかなと思った。何か事情がありそうだもんな。無遠慮に突っ込み過ぎたかもしれない。
俺は少し慌ててフォローを入れる。
「悪い。余計な事言った。忘れて。」
姿を誤魔化して迄、金を稼がなきゃならない事情があるんだ。でもそういう事情なんてのは、浅い友人関係でしかない俺が聞いたって仕方のない事だ。
俺は一人納得して食事を続ける事にした。
のだが…。
「ユイ君。」
ミズキに呼ばれて、俺は顔を上げた。
「…んぇ?」
そこには、メガネを頭頂部迄ずらして前髪を上げた、キラキラ大きな茶色い瞳をした可愛い顔が。
それを目の当たりにした俺は、思わず呟いた。
「漫画か?」
「えっ、何が?」
俺の言葉にキョドるミズキ。そんな彼に、俺は遠い記憶を手繰り寄せながら言った。
「……こういうの、母さんの秘密の本棚で見た。」
「え、どういうの?」
ミズキはわかり易く困惑していた。だから俺はミズキに説明する事に。
「ウチの母さんさ、中高生くらいの頃の漫画とか小説とかを寝室のクロゼットの奥にこっそり本棚置いて並べてんだけど…。」
「え、ガチで秘密のやつ…。」
「そう。母さん、俺や父さんは知らないと思ってる。」
「なのにユイ君は知ってるんだ?」
「小さい頃に留守番中の探検ごっこの成果だ。」
そう。あれは未だ、俺が小学2年生だった頃。
母は俺が3歳になるのを待って復職したから、両親は共働き。とはいえ、ウチの家族は父方の祖父母んちに同居で祖母も未だ健在だったから、俺が一人ぼっちで留守番する事は殆ど無かった。
だが時々、祖父母が別々に出かける事があり、そんな時、暇を持て余した俺が気紛れに行ったのが、家のあちこちを探検するという遊びだった。
そしてその時、俺は常日頃母が、絶対開けちゃ駄目だと言ってた両親の寝室のクロゼットを開けてしまったのだ。だって開けるなって言葉は、子供にとっては只のフリでしかないじゃん?開けるなよって言う割りには鍵も無かったから仕方ない。
そんな経緯で知った母の秘密の本棚には、少し古い絵柄の漫画がたくさん並んでいた。
その時点では小学校低学年だった俺だったが、それを見つけてからは何度か見に入った。好奇心というより、単なる暇潰しだ。
そしてそんな本の中に幾つか似たような話があった。
それが、メガネの冴えない男子や女子が、メガネを取ったら美形というもの。
父や母が学生の頃は未だ逆転現象が起きる前だっただろうから、圧倒的に顔面偏差値が"普通"って人間の方が多かった筈だ。美形に対する羨望も当たり前だったんだろう。だからこそ生きた設定だったんだろうと思われる。
俺はおにぎりを食しながらそれらをミズキに話して、まさか今のご時世に昔の漫画みたいなシチュエーションに出会えるとはな、と妙に感心したのだった。
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