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30 ミズキ、爆弾投下
しおりを挟む「え、それだけ?」
「?」
食事を再開したのが悪かったのだろうか。ミズキにそんな事を言われ、俺は再びご尊顔を拝する事になった。
…また、すごい怪訝な顔するじゃん…。
「いや、ユイ君のお母さんが昔好きだったって本の話はなかなか興味深かったけどさ…。」
「そうか?良かった。」
「その中に僕みたいに顔隠してるってパターンが存在するってのも、へえって感じだけど…。」
「うん、俺もへえって思ったわ。」
「あ、やっぱり?
……いやそこじゃじゃなくて。」
ミズキはまどろっこしくなったのか、とうとう核心を突いてきた。
「僕が店のルール違反を犯して就業してた事とか、何も言わないの?」
その言葉に、今度は俺が怪訝な顔をせざるを得ない。
「いや、別に。店の面接通ってんだろ?」
「...まあ。」
「なら俺がどうこう言う事でもないし。」
変な事を聞く奴だな、と思いながらもおにぎり一つを食べ切って、麦茶を飲んだ。さっきより少し温んできたけど、まだまだ十分冷たくて喉が潤う。
実際、本当にその辺のところは俺的にはどうでも良かった。ミズキが店の面接に受かっている以上、俺が介入する問題ではないと思う。採用担当の最終責任者である鴻池さんには勿論俺も面接で会った事はあるけど、素人に出し抜かれるようなボンクラとは程遠い鋭さを持つ人だったし、オーナーは会う度にニコニコ柔和で如才無い感じの人だけど腹の奥では算盤弾いてるんだろうなって人だ。
ぼやっとしてる俺や店の平スタッフ達はともかく、あの2人が素人の稚拙な変装に誤魔化されるとは思えない。多分、その時のミズキの事情を汲んで、敢えて見逃したんだろう。
この時点迄、俺はそう、好意的に考えていた。だがこの後話は思わぬ方向へ。
そしてミズキは、その口火を切った。
「…前に、学費稼ぐ為にって話した事あったじゃん?」
「うん。でも学費や生活費以外にも色々ありそうだなとは思ってた。」
じゃなきゃあんなに鬼出勤しないだろう。ナンバーに入ってるのにあの出勤予定は、もしかしてミズキが家族の生活を支えてるのかと勘繰ってしまうものだった。下手すると、それ以上の事もあるんじゃないかと。つまり、借金、とか。
でもそんな事、聞けないだろ。
俺は2個目のおにぎりを頬張りながら、チラッとミズキを見た。目が合った。
ミズキの大きな茶色の瞳は真っ直ぐに俺を見ていた。
「ごめんね。ほんとは、違うんだ」
「違う?何が?」
「僕、別に金に困ってないんだ。」
「えっ?」
唐突に予測してなかった言葉が。何それ?
「実は店の出勤スケジュールも殆どフェイクで。実際現場の営業に出てるのは週一くらいなんだ。」
「は?」
思いもよらぬビックリ情報を小分けに聞かされ、狐につままれたような気持ちになる俺。申し訳無さげな表情で話すミズキ。
「実は僕、正規のキャストでも無いんだ。」
「…はあ??」
「嘘ついててごめんね。」
「……いや、は、え?ちょっと待ってくれな...。」
情報過多で頭の中がこんがらがってきた。
俺はおにぎりを胡座をかいた太腿の上に載せ、空を見上げて目を閉じ、情報の処理に入った。
――2人の間に数十秒間の沈黙が流れた。
その間にも耳に入ってくる、近いのか遠いのかよくわからない蝉の声。じわじわと背中を伝う汗。
そして、心を落ち着けた俺はミズキに顔を向けて聞いた。
「えーと…。聞いて良い?
それ、何の為に?」
ミズキは困ったように眉を下げて、もう一度『ごめんね』と言ってから話し始めた。
「僕、あの店(愛でる会)の元オーナーの息子なんだ。っても三男で、上の兄2人とは少し歳が離れてるんだけど。」
はい。多分今日イチの爆弾投下されたんじゃないのかコレ。
まさかさっき暴露された数々の事実よりも破壊力あるヤツ来ると思わなかった。
元オーナーの息子って...。
「何で、そのオーナーの息子が何で…?」
そう問い返すのがやっとだ。
ミズキは済まなそうなのに、けれど何処か晴れ晴れとした顔で答える。
「ウチの店って親会社があるの、知ってる?」
「ああ、うん。刈谷コーポレーションってとこだろ?ここ10年くらいで急成長してるっていう...。...あ、刈谷...。」
間抜けな事に俺はその時初めて、親会社のとミズキの名字が同じ事に気づいた。
ミズキはこくりと頷いて、また話し出す。
「そう。元々は街の小さな会社だったのが、父が思いつきでこの店を出店してからはその顧客達との繋がりもあって急成長したんだよ。」
「そう、だったんだ...そこ迄は知らなかった。」
なるほど。急成長の裏にはそんな理由が。
頷いている俺に、ミズキは続けた。
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