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19 暗い海
しおりを挟む『今夜予定が無ければお食事ご一緒しませんか?』
午後の休憩中。何時ものお茶の代わりにエナジードリンクを飲んで気合いを入れようとしていたところに入ったメッセージ。庄田からだ。
あれから2度、会社帰りに食事に行った。
あの店で、ただ食事をしながら色々な事を話す。
穏やかで、心地よい時間だ。最初の出会いの気まずさを払拭して、また一緒に過ごしたいと思うには十分なほど。
庄田は斗真に気を遣っているのか、妙な色気も出してこない。とても丁寧に接してくれる。大切な友人に対するように。
「…今夜か。」
別に予定は無い。だからまっすぐ帰って適当に食事を作って、録り溜めたドラマでも観ながらゆっくり過ごそうかと思っていた。だが、食事に誘われると気持ちが揺れる。
「あの店、美味かったなあ…。」
前回の店が殊の外気に入っている自分に気づいて、斗真は少し笑った。どれだけ食い気だ。
(…行くか。)
本当に最近は週末も休日も予定は無い。あれから雅紀からも連絡は無いし、此方から連絡を入れるのも憚られて様子がわからない。気まずくなってしまったのだろうか。それとも忙しくしているのだろうか。
気にはなるが、斗真から接触すると変な期待を持たせてしまいそうだ。放ってはおけない、けれど気持ちを受け入れる事も出来ないのだから。
知っていてくれるだけで良いなんて言っていたけれど、それが本音ではないのもわかっているから。
(…やめよう。)
斗真は考えを振り切るように首を振る。今は考えても答えは出そうにない。
気を取り直して庄田へメッセージを帰した。
『大丈夫です。』
すぐに既読がつき、返信がくる。
『6時頃に迎えに行くね。』
くだけた調子で返ってきたメッセージ。それくらいには、庄田との親密度は上がっている。今や彼との時間は、斗真にとって癒しになっていた。
それに了解のスタンプで返して、斗真は椅子に座り直してパソコンに向かう。
さて、もうひと頑張りだ。
少し片付け事をしながら時間を待って、下へ降りた。会社のビルを出てすぐに、庄田が声を掛けてきた。
「とまくん、お疲れ様。」
「お待たせして。」
「俺も今来たとこだよ。今日は一緒に食事に行けると思ったら楽しみでソワソワしちゃったよ。」
つい3日前にも会ったばかりだというのに、庄田は大袈裟に思えるほど嬉しそうに笑う。そんな時の彼は、まるで子供のようで微笑ましい。
「今日は車を停めてるんだ。」
そう言われて、少し首を傾げる。庄田は移動にはタクシーを使う事にしていて、仕事の行き帰りもそうだと聞いていたからだ。
「珍しいね。仕事で使う事でもあったの?」
そう聞くと、庄田は首を振った。
「いや、実は今日は午後から休みを取ってて。少し出かけてたんだ。それで。」
「そうなんだ。」
用事で半休でも取ったらしい。それで車なのか、と納得。
「近くのコインパーキングに停めてるんだ。ほら、そこの。」
庄田が指し示す方には、通勤時に横を通って見慣れたパーキングの看板がある。話している内にパーキングに到着して、彼が歩み寄ったのはメタリックな黒のレクサスだった。やはりアルファは良い車に乗っている。
「乗って。」
助手席のドアを開けられて、一瞬躊躇した後乗り込んだ。男友達の車の助手席なんか乗り慣れているのに、自分は何故躊躇ったのだろうと斗真は不思議に思った。
「あれ?」
車が走り出して暫く。何時もの店とは道が違うような気がして、斗真は庄田に顔を向けた。
「今日は違うとこに行くの?」
庄田は前方を見たまま、頷いた。
「ふふ。今日はね、違う店を予約してあるんだ。」
「違う店?」
確かに何時もの店に行くのか、なんて確認を取った訳ではなかったけれど、てっきりそのつもりだと思っていたのに。
「どこに?」
「もうすぐ着くよ。」
そのまま10分ほど走って着いたのは、海沿いにあるレストランだった。昼間ならロケーションが良いのだろうが、夜では…と思っていた斗真は、なるほどと思った。
暗い海は時折波が明かりを反射するくらいしか見えないが、沿岸の街明かりはそれなりに綺麗で情緒がある。
店内の照明は薄暗くしてあり、各席に燭台に点された蝋燭の灯りに雰囲気を演出させているよう。おそらく海沿いの夜景が見易いように、という事だろうか。
配置されているインテリアもレトロ調だ。いや、そもそも本当に古いものなのかもしれない。
「わぁ…良い雰囲気だね。」
小さく感嘆の声を上げる斗真に、庄田は微笑んだ。
「毎年、この日はこの店に来るんだ。」
「毎年?」
「…ここ何年かは一人でね。」
その答えを聞いて、気づいてしまった。もしかしてこの店は…。
戸惑いを含んだ斗真の視線に気づいた庄田は、今度は眉を下げて困ったような…切なそうな笑顔を作って言った。
「…ごめんね。今日、墓参りだったんだ。亡くなった彼の。ここは彼のお気に入りだった店。」
彼、とは亡くなった庄田の番の事だろう。まさか今日がその命日だったとは知らなかった。だから半休を取って車で出かけていたのか、と腑に落ちた。
だが、何を答えたら良いのかわからない。だから斗真は、そう、とだけ答えた。そんな大切な思い出の店に、何故自分を連れて来たりしたのだろうと思いながら。だが、それを聞くのは何故か酷な気がして、口を噤む。
蝋燭の柔らかな光に照らし出される庄田の横顔。
「ごめん、何も言わずにとまくんを連れてきたりして。でも、…今夜は一人でいたくなくて。」
ガラス越しの暗い海を見つめながらそう言った庄田の瞳が濡れているように見えて、斗真は何も言えなくなった。
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