偽装で良いって言われても

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食事の後、茶を飲みながらの雑談を終えて、自室に引き揚げていく一織と八束を見送った青秋と橙。
よく磨かれた長い廊下を隣の棟に向かって小さくなっていく二人の後ろ姿は、兄弟とは思えない程の体格差があった。
華奢な一織を守るように寄り添う八束の後ろ姿は、とてもΩとは思えない。元々はβだったものが遅発性でΩに発現したという母親の遺伝子が強いのだろうか?と青秋は思っているが、未だその辺の事情を知らない橙はぽつりと言った。

「…青兄。一織くんはわかるけど…ホントに八束くんもΩなのか?」

問われた青秋が傍に立つ橙の顔を見ると、橙は先程の談笑時とは打って変わった無表情で廊下の先を見つめていた。

「…間違いない。二人共にΩだ。」

「そっか。すごい確率だよね。しかも二卵性なのに。」

「そうだな。」

橙は、通常のαとΩの間に産まれる子供の掛け合わせの出生確率について言っているのだろう。橙でなくても、大概の人間は不思議に思う。
一卵性ならともかく、二卵性双生児なのに、その何方もがα率80%以上に漏れるなんて。
けれど、実際にそれが起きているのだからそういう事もあるのだと納得するしかないのだが。

「…でも、何か八束くんって…不思議な感じがするんだよなぁ。」

橙がそう言って青秋に体を向けたので、青秋もそれに合わせて向かい合った。

「不思議?何がだ?」

青秋の問いに、橙は暫く黙り込んだ。そして、自分の中でもモヤモヤとしたまま、答えた。

「何ってのかなぁ…よく分かんないけど…、
同じ感じがするんだよ。」

「同じ?」

橙は、何とか頭の中で答えを纏めようとしているようだった。

「いや、ほんとマジでよくわかんないんだけど…。
例えばさ、一織さんとは明らかに違うって感じた。リアルのΩってあまり会う機会無いけど、こんな感じだよなってストンと来る。本人は後天性だから匂い薄くてあんまりΩっぽくないって言ってたけど、少しは匂いもするし明らかに俺らとは違うってわかるんだ。」

「…なるほどな。」

「でも、八束くんはさ…。」

少し口篭る橙。青秋は先を促すように瞬きをした。それにつられるように言葉を続ける橙。

「八束くんには、"違う"って感覚が来なかった。青兄にはどうなんだか知らないけど、俺には匂いも全くわからなかった。」

「…。」

「青兄は、違うの?」

聞かれて青秋は、内心舌を巻いていた。
ふわふわとして見えて、橙は時折敏い。何故青秋の気持ちに気づかないのか不思議な程だ。

実は、青秋も八束の異質さには気づいていた。
Ω60%、α30%、β10%。
それが八束のバース因子の内訳だ。事実、現在Ωとして発現もしている。
にも関わらず、八束と接していると、違う性であるという認識が鈍るのだ。八束の持つ聡明さがそうさせるのかと思った事もあるし、自分だけがそう感じているのかもしれないとも思った。けれど、Ωを好まずαを性的対象としている青秋にとっては、八束がΩらしくない方が都合が良かった。
だから、深く考える事を避けていた。
なのにまさか、ポッと帰ってきて2人と対面した橙がそれを見抜いてしまうとは。
αである橙が、八束をΩと認識出来ない。それは即ち…

「変な話なんだけど、俺の中では八束くんは…俺と"同じ"にカテゴライズされてる…。
俺のセンサー、おかしいのかな、青兄。」

少し不安そうな目をして問いかけてくる従弟の肩に手を置きながら、青秋も戸惑っている。

「いや。多分お前は正常だ、橙。」

「…ほんと?」

「八束くんは…彼は…。
彼こそが、おそらく特殊なんだ。」

だからこそ、可能性がある。同じ遅発性でも一織と八束は明らかに違うのだから。

「特殊って…。青兄はそれを知ってて八束くんを呼んだのかよ?」

疑念だらけの表情の橙。
それはそうだろうな、と青秋は思った。
婚約者候補として呼び寄せるという事は、将来子供を作るという事だ。それにはΩ性が高い程良いのではと普通は考える。
その方がαが産まれ易いのではないかと。
そしてその点を別にしても、αとそう体格差が無いゴツゴツした男よりも、どうせ抱くのなら、すんなりした線の細いΩを好むものではないのかと…きっとそれが、一般的なのだ。
なのに何故、自分達αとそう変わらない性質に感じる八束迄も一織と一緒に呼んだのかと、橙はそう言いたいのだ。

「一織くんだけじゃ駄目だったのか?」

「…別にそういう事ではない。一緒じゃないと来ないと一織くんが言ったから…。」

「じゃあ、一織くんが本命って事?」

「いや…。」

そう聞かれて素直に口篭ってしまい、しまったと思う青秋。

「…え、じゃ、もしかして本命って、八束くん?」

「え、いや…、それは…。」

揚げ足を取るかのような追撃に青秋は焦った。
橙に問い詰められて、口を割らないでいられるだろうか。

橙が本気になったら執拗いのを、青秋は誰よりも知っている。





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