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㉕
しおりを挟む予定していた時間よりほんの少し遅れて、車はいつものパーキングに到着。左手首に巻いたブレゲで時間を確認して、麗都は車を降りた。
(いつの間にか妙に涼しくなったな)
まだまだ暑さが続くものかと身構えていたのに、頬にあたる風が先週までのようにぬるくない。歩き始めても汗ばまない事に少し驚きながら、麗都は足を速めた。前回と同じく、夜というにはやや早い時間帯。仕事帰りで繁華街に繰り出す人々と、これから出勤であろう夜の街の住人達が混在する時間帯。古風な言い方をするなら、黄昏時、或いは逢魔ヶ刻。そんな言葉を覚えたのも確か、あの山に囲まれた病院に居た頃だったっけ...なんて事を思い出しながら、ジャケットの胸ポケットに差していたサングラスを掛けた。
麗都が昼夜問わずサングラスを使用しているのは、別に芸能人ぶったり格好をつけている訳ではない。
実際に顔が知られてしまっているからだ。
たとえY’stの客ではなかろうと、何処の店のどのホストを担当にしていようと、この街のホストクラブに通う客ならば麗都を知らない筈がない。何せホスト・ストリートど真ん中にある、一際大きなビルの看板とY’stの店前にでかでかとその顔が載っているのだから、今や麗都の顔は各種配達業者達にすら認識されてしまっているのだ。まあ、常に急いでいて、街の様子に興味の無い祈里のようなケースもあるにはあるが...。
とまあ、そんな感じで広く面が割れており、誰でも一目ぐらいは実物を拝みたいと思う存在である麗都が、自衛の為に顔を隠すのは当たり前の事だった。しかもこれから向かおうとしている先は、体を売ってでもホストクラブで遊ぶ金を作っている"ホス狂い"達の巣窟だ。気づかれたら面倒な事になる可能性大。ただ一つラッキーなのは、祈里に割り当てられた場所が公園入り口の辺りであり、公園内部までは入らなくて済む事だった。それでもそこに近づくには、前のように離れた場所から様子を窺っている訳にはいかない。
祈里を発見したら、女達に気取られぬよう素早く接触し、交渉を纏め、迅速にその場から連れて離れなければ。自然と急ぎ足になり、鼓動が高まる。一歩一歩進む度に祈里への距離が近くなっていると思うと、嬉しくて目頭が熱くなった。
(やっとだ。やっとあの子の前に立てる。あの場所から、あの子を救ってあげられる)
その為に数日かけて方々に根回しをした。
今日限り、祈里からテンマに金が渡る事は無いだろう。何故なら祈里は、今夜全てを知るからだ。彼からの金の供給が絶たれたテンマは、数日で困窮する。焦って必死に祈里と連絡を取ろうとする筈だ。だが、そんな事は麗都が絶対にさせない。そして、数日後には闇金の支払いが出来ずに焦げ付く。麗都が待っているのはそれだ。テンマへの制裁はそこから始まる――。
そんな事を思い巡らせながら、麗都は公園手前の角を曲がった。
(...いた)
祈里は前回と同じ場所に居た。その事にホッとする。他の客に先を越されまいと早目に家を出たつもりだったのに、少し遅れてしまったから気が気ではなかった。祈里を視認してから咄嗟に周囲を確認したが、客になりそうな通行人の姿は無かった。という事は、祈里も来たばかりなのだろうか。
早く話しかけなければ、と祈里を見つめたまま更に足を速める。...と、祈里が向かい側にある雑居ビルの方に渡っていく。
(え、なんだ、どうした?)
近づくと、理由はすぐにわかった。どうやら祈里は、そのビルの前に設置されている飲料の自動販売機目当てで渡ったようだ。数秒ラインナップを見つめて、何かを決めたように小さく頷いているのが可愛い。麗都はそれを見て、ジャケットの内ポケットからスマホを取り出し起動させる。祈里の細い指がボタンを押す頃には、2人の距離は既にあと数歩というところになっていた。
シャリン
祈里より、麗都が横からスマホを翳す方が紙一重で早かった。麗都は、タンッと音を立てて取り出し口に落ちて来たペットボトルを掴み、恭しく祈里の胸元に差し出す。祈里が買ったのは温かいカフェラテで、麗都はもうそんな季節なのかと少し驚いた。見れば祈里は、半袖。今夜はそんな薄着では肌寒いだろう。なるほど、だから温かい飲み物を買いに渡ったのか...と、麗都は納得した。
「はい、どうぞ」
「へ?」
目の前には、ぽかんとした表情で立っている祈里。小さな白い顔に、少し見開いた目と唇がとてつもなく可愛い。きらきらした瞳に自分の姿が映っているのを見て、麗都の胸に熱い何かが込み上げる。目頭が熱くなって、涙の膜が張るのがわかった。麗都の目は今、きっと赤い。今夜ほど、サングラスをしていて良かったと思った事はない。せっかく颯爽と現れるのに成功したのに、途端に涙なんか流してしまったら格好がつかないところだった。
内心の動揺を精一杯押し隠し、平静を装う。しかし、肝心の祈里がカフェラテを受け取ってくれない。仕事中のようにスマートな立ち居振る舞いをしているつもりなのに、何故だ。
「買おうと思ってたんじゃないの?」
差し出したドリンクを受け取ってくれない事に、若干不安になって首を傾げながら言うと、祈里がハッとしたように小さな声で答えた。
「え、あ、そうだけど...」
「だよね。じゃ、どうぞ」
「...ありがとう?」
祈里がやっとカフェラテを受け取ってくれた事に胸を撫で下ろしながら、麗都の胸と耳は歓喜に震えていた。
高過ぎず低過ぎず、少年ぽさを残したソフトな甘い声。麗都が知っている祈里の声は、幼児独特の、高く舌足らずに話す声だ。あそこからこうなるのか...と、麗都は感無量だった。
手にしたカフェラテと麗都を交互に見ている祈里。困惑に揺れる、星空のようにきらきら煌めく瞳が愛しい。 顔も声も、完全にどストライク。今すぐにでも抱きしめて攫ってしまいたい。そんな感情が自分の中で暴れている事に、麗都は驚く。
この容姿だから、男にだって告白された事はある。しかし、恋愛対象だと思った事は無い。いや、男も女も誰にも本気になれなかった。だから自分は他人にそういった方面での興味の持てない薄情な人間なのだと思っていた。でも、祈里を前にした今なら、それが何故だったのかがハッキリとわかる。
幼かったあの日、この星空の瞳を見てしまった瞬間から、麗都の運命は祈里のものになっていたからなのだと。
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