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㉖
しおりを挟む「で、君は一晩貸し切りでいくら?」
出来るだけ柔らかい声で言ったのに、祈里の表情は戸惑ったまま。本当は麗都だって、せっかくの再会でこんな言葉を掛けるのは気が進まなかった。他の時間帯に接触を図ってみようかとも考えたが、麗都のスケジュールと、大学が再開した祈里の生活パターンが折り合わなかった為、断念したのだ。
しかし、何でも物は考えよう。
記憶に残っているかも定かではない昔馴染みが突然現れてあれこれ言われても気持ち悪がられるだけだろう。何なら、逃げられてしまうかもしれない。それなら、仕事の料金交渉で声を掛けてくる客の方が目的が明瞭な分怪しまれずに済むし、スムーズに別の場所に誘導出来る。自己紹介も昔話も、祈里の身柄を押さえた後でいくらでも出来る、と切り替えた。
ウリも風俗も利用した事は無い麗都は料金交渉なんて初めてで、相場がどれくらいなのかなんて知らない。だが、祈里から返ってきた「泊まりならホ別で10」という言葉には、何だか苦い気持ちになった。ホ別はホテル代は別に客の支払いで、10が祈里の料金の10万というのはわかる。しかし一晩貸し切ってそれっぽちとは、いくら何でも安すぎやしないか。
宇高は祈里の事を「かなりの売れっ子だ」と言っていたが、こんな金額でこの青年を買えるのならそりゃ殺到するだろうと納得だ。祈里が店舗に勤めていたら、予約を取るのも一苦労だったろう。フリーランスだからこそ、全ての客に毎日等しく「早い者勝ち」というチャンスが与えられていた。その結果、どれほどの客が祈里を...と、麗都の腹の中は煮えくり返りそうになる。しかしそのチャンスは自分の参入により、今夜を限りに消え失せたのだから、とどうにか怒りを鎮めた。麗都の意地と甲斐性に賭けて、2度と祈里を此処には立たせたりはしない。祈里の心身を貪った挙句、人に言えない過去を背負わせたテンマにも、その代償を負わせるつもりだ。
「10万か...安いね。」
「...」
安いと言われたからなのか、怪訝な顔をしている祈里に、麗都はにっこり微笑んで言った。
「交渉成立、って事で良い?」
祈里の薄桃色の唇が、何か言いかけようとしたのか小さく開き、またすぐ閉じられる。それを見つめながら、麗都は早くそれに吸い付きたいと思った。早々にその細腰を抱いてしまったのは、そんな焦燥の表れだ。祈里はそれにびっくりしたのか、自分の腰に回った手と麗都の顔を交互に見ながら不安気に瞳を揺らしている。それに気づいて反省するも、麗都は腕を離さなかった。ただ、どうにも祈里を前にするといつもの自分では居られないようだと少しだけ反省はした。が、反省するのと行動を改めるのはまた別の話である。せっかくこれだけ接近出来たのに、わざわざ離れて歩かなければならない意味がわからない。
麗都は身長が高く、標準的身長である祈里は麗都より頭1つ分は小さい。よって、現在麗都には祈里の頭頂部が見えている。黒いさらさらの髪からは洗髪料の香り。しかも祈里が身動きする度に、仄かな甘い体臭がするので、麗都の理性はぐらぐら揺れた。
気を逸らそうと、いつも行っているというホテルを聞いてみると、数軒のホテルの名前が出てきた。料金からして、どうやらそういった用途で使われるホテルの中でもあまりランクの高くないところらしい。ホ別なのだから自分が選ぶと言って、馴染みのシティホテルに連れ込んだ。祈里の目の前でスマホを弄ったから、彼には急遽部屋を押さえたように見えたかもしれないが、実はそうではない。そこは元々、店から帰るのが億劫な時や本業で缶詰めになる時用に、いつでも連絡ひとつで出入り出来るようにしてある部屋なのだ。そのホテルでは客室の年間借り上げ契約を受けていて、麗都はそこの最上階の一室をセカンドハウスにしている。自宅マンションよりは手狭だが、ホテルアテンダントも優秀で、勿論清掃も丁寧。衛生面ひとつ取ってもその辺のラブホテルよりは断然良い筈。それを別にしても、元より他の男と使ったかもしれないところを利用する気は無かったので、最初からそこに祈里を連れて行くのは麗都の中では決定事項だった。
ホテルまで一緒に歩いたのは10分足らずだったのだが、いつもとは異なる道のりが不安だったのか、祈里は終始心許無さげだった。それが、ホテルの部屋に入り、窓辺から夜の街を見下ろした途端、感嘆したような表情に変わり、麗都はホッとした。
きっと祈里は、変な場所に連れ込まれないだろうかと緊張していたのだろう。麗都の客にも、性産業に従事する女性は少なくない。それでも彼女達は店舗勤務で、客から受け取る料金を店と折半(かは、店や嬢のランクによる)したりするかわりに、店やスタッフの庇護下で仕事をしている。しかし祈里のような、野外の立ち〇ぼは違う。店にバックを取られないだけ取り分は増えるが、客とは1VS1だ。同じ密室での接客でも、店舗とホテルではリスクの高低が違う。男である分、他の同業者の女性達よりは...なんて事は無い。月々管理費を払う事で宇高の組織の力は借りているとはいえ、それだっていつでも間に合う訳ではない。多分祈里もそれをわかっているから、新規の客相手には常に緊張状態になるのだろう、と麗都は推測した。
祈里は毎日不安や恐怖と戦いながら、この仕事をしていたのだろう。恐らくは、テンマの為だと自分に言い聞かせながら。
(...悔しい。俺がもっと早く君を見つけていれば、そんな思いをさせずに済んだかもしれないのに...)
階下を見下ろす細い背中に、麗都は唇を噛む。
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