水平思考ショートストーリー

顎(あご)

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・レース

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 あるところに、遺産争いをしている二人の男がいた。
 二人の父は有名な実業家で、それはそれは莫大な資産を所持していた。だが一週間前に急な事故で呆気なくこの世を去ってしまったのだ。

 二人の息子はどちらが父親の遺産を継ぐかで大いに揉め、最終的に公平なレースで決定することにした。

 「今からレースのルールを説明する」兄が言った。
 「あぁ、始めてくれ」弟が返す。

 「池に浮かべた二つのボートにそれぞれ乗る。合図と共に対岸まで漕いで行って最初に反対の岸にタッチした方が勝ちだ」
 「なるほど。出発地点は?」
 「あそこだ、既にボートを用意してある」
 兄が湖面を指差す。そこには木製の小さな手漕ぎボートが浮かべてあった。
 「池はほぼ正方形に近いからお互いゴールまでの距離は同じだ。これなら公平だろ?」
 「いや、まて」弟はボートに近寄り、何やら調べ始めた。
 「何してるんだ?」
 「ボートに細工がされてないか見てるんだ」
 「そんなことするわけないだろ」兄は呆れた。
 「どうだか、父の遺産が掛かってるんだ何をしてもおかしくはない」
 「そんなに言うならボートは君が好きなのを選べばいい。俺は余った方に乗る」
 それを聞いて納得したのか、弟はボートから離れてこちらに向き直る。

 「それで、反対の岸に触ればいいのか?」
 「ああ」
 「触るのは自分の体じゃないとダメなのか?」
 「当たり前だろ。オールや棒でタッチするのはナシだ」兄はやや呆れて言い返す。

 「一応確認しただけだ。あと、触るのは体のどこでもいいのか? 頭とか、足はどうだ?」
 「細かいやつだな……だが厳密性を保つために必ず手でタッチすることにしよう。この場合の手と言うのは手首の付け根から指の先の部分までと定義する。これでいいか?」
 「いやまだだ、右手と左手どちらでもいいのか?」
 「そんなものどっちでもいい!」
 「その他にルールは?」
 「ない!」
 呆れを通り越して怒る兄の怒声を聞き流し、弟はやっとボートに乗り込む事にした。

 「準備はいいな?」兄もボートに乗り込んでオールをしっかりと握った。
 「あぁ、いつでもいい」

 一呼吸おいて、従者がピストルを一発撃った。スタートの合図だ。
 兄はすぐさまボートを漕ぎ始めた。グングンと前進していく。
 やがて兄のボートは、池の中央付近までやってきた。それほど広くない池だすぐに決着がつくだろう。
 まだ弟の姿は見てない。と言うことは少なくとも俺がリードしているはずだ。兄はほくそ笑んだ。後ろを振り返って確認したいが、そうすると一瞬手が止まってしまう。まだ追い越されていないだけで、本当はすぐ後ろに迫っている可能性もある。兄はひたすら前進する事だけ考える事にした。

 兄のボートはもう対岸から目と鼻の先まで来ていた。まだ弟の姿は見えない。それどころか気配すらない。
 
 兄は勝利を確信した。

 次の瞬間弟は対岸にタッチし、兄は勝負に負けた。

 自分より後ろにいたはずの弟に、なぜ兄は負けてしまったのだろう。
 ↓解説は次ページで
















【解説】
弟は短剣を隠し持っていた。短剣で自分の片手首を切り落とし、思いっきり対岸に向けて投げたのだ。
確かに、手が体から分離していてはいけないというルールは無かった。
 
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