『闇を闇から』

segakiyui

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第3章

7.恋愛(10)

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 真崎が露骨に顔を強ばらせて凍りつく。
「とらくん?」
「あいしてる、みなみ」
「こぉら!」
 こん、と渡来の頭にいきなり降ってきたのは、背後にやってきていた源内の拳。
「痛い」
 不服そうに渡来が振り返ってぼやく。
「いきなり何を言ってる」
「あいしてる」
「あのな、状況と言うものをよく見ろ……って、お前には無理か」
「無理」
「真崎さん」
 放置状態になっていた大石が苛立った声を上げて、美並は振り向く。
「ちょっとあちらで話したいんだが。そっちはそっちで込み入っているようだし」
 ちらりと美並に視線を流してくる大石も、いささか不穏な表情だ。
「そう、ですね」
 真崎が一瞬目を伏せ、軽く唇を噛んだ。
「『ニット・キャンパス』への取り組みの打ち合わせでもしておきましょうか」
「課長」
「……帰る時には声をかけて」
 背中越しに真崎が首を捻った。眼鏡の奥の眼がひんやりと感情を消している。
「一人じゃ危ないから」
 これは誤解したな。
 真崎のきつくなった頬の線に美並は顔を引きつらせる。
「は、い」
 では、大石さん、あちらで。
 さっきまでの激情を封じ込めた顔で真崎はくるりと背中を向けて、大石と立ち去っていこうとする。
「じゃあ、みなみ」
 それを気にした風もないハルが嬉しそうに笑って続けた。
「デート」
「え?」
「っ」
 びく、と真崎が足を止めた。きっとした顔で振り返る。
 それをちらりと目の端で見たハルがなおにこやかに微笑む。
「僕と」
「……はぁる…」
 おいおいと源内がうんざりした顔で天井を見上げる。
「いつ?」
 それには構わず、ハルは首を傾げて確認する。
「あ、いや、あのちょっと」
「マフラー」
「え」
「許す」
「う」
 つまり、ハルはマフラーを駄目にしたことを、デートで帳消しにしよう、そう言っているらしい。
「あのね」
「だから」
 今度はいきなりハルが真崎を振り向いた。真崎が相手の視線を受けて、完全にハルに向き直る。
「帰っていい」
 ことばは許可だが、明らかに命令の意志を響かせて、ハルはわずかに顎を上げた。
「……」
 真崎がすうっと目を細める。
「ハル、あのな、それは冗談にならない」
「じゃない」
「なら、なおさら」
「送る」
 源内のことばに耳も貸さず、ハルは真崎に微笑みかける。
「みなみ」
 真崎が眼を伏せてとん、と眼鏡を中指で押し上げた。
「………大石さん」
「何です」
「申し訳ないが」
 再び見開いた瞳は冷やかに澄んでハルを見据えた。
「打ち合わせはまた日を改めてお願いします」
 そのまま大石を振り返りもせず、つかつかと美並の側に戻ってくる。
「……そう、だな」
 大石も憮然とした声で呟いてハルを睨みつける。
「今夜はこれ以上進められないようだ」
「伊吹さん」
 すっと伸びてきた真崎の手が美並の腕を掴む。
「帰るよ」
「あ、はい」
「ということで」
 腕を確保してようやく少し気がおさまったのか、にっこりと真崎が営業用の微笑でハルを見下ろした。
「御心配なく。伊吹さんは僕が送りますよ、渡来さん」
「…わかった」
 きっぱりとした断定に、ハルは真崎を見上げてひょいと肩を竦めた。そのまま引き下がるのかと思いきや、
「またね」
 美並に平然と笑いかけて、真崎がまた見る見る表情をなくす。
「また?」
 くるっとこちらを見下ろしてきた目は零下を思わせる冷たさだ。
「またって何」
「あー」
 源内と大石とハル、それさえもう目に入らなくなってしまったらしく、腕を掴んだまま詰め寄ろうとする真崎に美並は溜め息をついた。
「あのですね」
「デート」
「っっ」
 絶好のタイミングでハルが口を挟む。真崎が眼を見開いて、ほとんど毛を逆立てた猫状態で固まった。
 どうやら心身ともにずいぶんしたたかに成長したらしい、と美並が呆れ返るのに軽く片目をつぶって見せて、ハルはひらりと向きを変える。
「覚えて」
 そう呼び掛けて、ハルは悠然と慌てて後を追う源内を従えて去っていく。
「……伊吹さん…」
 唸る真崎の後ろで、じゃあこちらも失礼しよう、と大石が志賀を伴って大きな溜め息をつきながら歩き出すが、それにも真崎は頓着しない。じっと美並を凝視したまま、
「どういうこと?」
「あのですね」
「なんであいつが君をデートに誘うの」
「えーと」
「なんですぐに断らないの」
「あー」
「僕が側に居るのに」
「…理由があって」
「……どんな理由…」
 覗き込んでくる真崎の目が半分潤みかけているのに苦笑した。
 今の今まで強気だったくせに、あんな一言でもう不安がってる。
「美並…っ」
「そんな煮え詰まった声、出さないの」
 もう少しここに居てもいいのかもしれない?
「んっ」
 ちゅ、と軽く唇の端にキスを仕掛けて黙らせる。
「明日、一緒に実家に来てくれるんでしょう?」
「………」
「何?」
 十分納得してくれると思ったのに不満そうに唇を尖らせた真崎に戸惑う。
「キス」
「は?」
「……ちゃんとしてくれなかった」
 あまりにも拗ねた表情に思わず吹き出した。
「帰ってからね」
「……帰って、から」
 何を考えたのか、いや聞かなくてもわかるような気配で真崎がうっすらと赤くなる。
 やがておずおずと。
「明日は早くないよね? 昼過ぎてから出かけるのでもいいよね?」
「……たぶん」
「じゃあ、早く帰ろう!」
 掴まれたままの腕を引っ張られて引きずられるように歩き出される、その感覚がちょっと新鮮で、美並も顔が熱くなった。
 
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