『闇を闇から』

segakiyui

文字の大きさ
250 / 512
第3章

7.恋愛(7)

しおりを挟む
 そうだ、つまり、大輔ははなから真崎を参加させるつもりなどなかったのだ。なかったのに、真崎を。
「ふん」
 鼻で嗤う大輔に、真崎がぎゅ、と唇を引き締めるのが見えた。
 それでどれだけ真崎が追い詰められ苦しんだのか、きっと大輔には永久にわからないのだろう。
 きっとこの件で大輔が感じたことは、思惑が外れて真崎を抱き損ねた、それぐらいで済んでしまうことなのだろう。
 真崎の胸を過った虚しさを感じて美並も唇を噛む。
「参加させるつもりがなくて、何の方法を教えるつもりだったんだ?」
 大石が訝しそうに尋ねて、美並は一瞬大笑いしそうになった。
 ヒットすぎる。
 同時に反転するように切なくなってくる。
 原因と結果がはっきりしている世界、常識と日常が当たり前に保証されている世界、その世界では、美並の苦痛も真崎の傷みもあまりにもドラマチックであり得ない。
 蘇ったのは赤い空。
 空、と言えば誰もまず青空を思う。
 空を描けと言われて青色を使わない人間の、心の中に浮かぶ空の意味を思いやることなく、なぜ青空ではないのだと不思議がって問いかける人々の中で、その青くない空の意味を伝えきれる者がどれほどいるだろう。
 今目の前に展開している状態のように、大石の真横に大輔や真崎や美並は居る。大石に見えないだけで、美並達の抱えている世界ははっきりそこに存在しているけれど、大輔が真崎の苦痛に思い至ることがないように、大石にも真崎や美並の傷はわからない。
 日常と背中合わせに見えない世界が存在していても、その存在はあり得ないとされる。
 あり得なくても、その世界に関わって人の心は傷むのに、その傷みまでないことになってしまう、苦痛。
 大石と美並が一緒に居られなくなったのは、大石は自分が見える美並しか受け入れなかった、そういうことなのだろう。美並は自分に見えている赤く濡れた空を伝え切れなかったけれど、伝えても大石には想像できなかっただろう、それは大石の世界を壊してしまうから。
 美並は目の前の背中を見上げる。
 ならば、真崎は、美並にとっても世界を共有できる唯一の相手なのかもしれない。見えない世界を感じ取ってしまう美並の感覚を、真崎は望んで必要としてくれる。
 突然、また微かな不安が揺らぐ。
 確かにそうだ、今までは。
 けれど、今ここで真崎はついに大輔という壁を通り抜けた。自分の過去は経験値となって真崎の内側で再構築され、それを武器に真崎は再び現実の闘いに戻ってきている。
 では、そのどこに、美並の存在はあるのだろう?
 喉が詰まって、胸が締めつけられる。
 桜木通販での事務補佐にはいくらでも代わりがいる。
 過去に向き合って傷を癒した真崎がより充実した人生を送ること、もう大輔の影に怯えることもなくなってくるのは予想できる。
 美並の役割は終わった、のだ。
 最後まで、いかなくてよかった、そういうこと、かな。
 ぼんやりと美並は思った。
 もう真崎には美並でなくてもいい。
 美並の世界はおそらくはこの先も独りで受け取るしかないだろうけど、真崎の世界は次第に開かれ、やがて新しい関係が紡がれて共有されていくだろう。
 美並には、ひょっとしたら真崎しかいないのかもしれないけれど、真崎には。
「……」
 握っていたこぶしをそっと降ろした。
 背中に触れたいと思った理由がわかった。
 側に居たいと思ったのだ。
 必要ないかもしれないけれど、側に居たいと。
 甘えたい、と。
 でも、それは。
 きつく唇を噛む。
 それは。
 たぶん、美並、では、なくて。
 明。
 小さく胸で呟く。
 明、私、とてもうまくやっちゃったみたい。
 心配しててくれたのに、もう、この時がきちゃった。
 京介を手放すときが。
 潤みそうになった視界を堪える。
 せめて一度ぐらい家に連れていって、ほらこういう人もいることだし、と両親を安心させてやれればよかったのかもしれないけど。
 何もこんなに急いで決着をつけなくてよかったのかもしれないけれど。
 それでももう、嫌だったんだ。
 京介がこれ以上傷つくのが、嫌だった。
 辿りついてしまえば、終わるしかないとわかっていたのに、馬鹿だね?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【ルーズに愛して】指輪を外したら、さようなら

深冬 芽以
恋愛
 インテリアデザイナーの相川千尋《あいかわちひろ》は、よく似た名前の同僚で妻と別居中の有川比呂《ありかわひろ》と不倫関係にある。  ルールは一つ。  二人の関係は、比呂の離婚が成立するまで。  その意味を深く考えずに関係を始めた比呂だったが、今となっては本気で千尋を愛し始めていた。  だが、比呂の気持ちを知っても、頑なにルールを曲げようとしない千尋。  千尋と別れたくない比呂は、もう一つのルールを提案する。  比呂が離婚しない限り、絶対に別れない__。 【ルーズに愛して】シリーズ ~登場人物~  相川千尋《あいかわちひろ》……O大学ルーズサークルOG                 トラスト不動産ホームデザイン部インテリアデザイン課主任                   有川比呂《ありかわひろ》……トラスト不動産ホームデザイン部設計課主任                千尋の同僚                結婚四年、別居一年半の妻がいる  谷龍也《たにたつや》……O大学ルーズサークルOB              |Free Style Production《フリー スタイル プロダクション》営業二課主任  桑畠《くわはた》あきら……O大学ルーズサークルOG               市役所勤務、児童カウンセラー  小笠原陸《おがさわらりく》……O大学ルーズサークルOB                 |Empire HOTEL《エンパイアホテル》支配人    小笠原春奈《おがさわらはるな》……陸の妻                   |Empire HOTEL《エンパイアホテル》のパティシエ  新田大和《にったやまと》……O大学ルーズサークルOB                新田設計事務所副社長                五年前にさなえと結婚  新田《にった》さなえ……O大学ルーズサークルOG  新田大斗《にっただいと》……大和とさなえの息子  亀谷麻衣《かめやまい》……O大学ルーズサークルOG               楠行政書士事務所勤務               婚活中  鶴本駿介《つるもとしゅんすけ》……楠行政書士事務所勤務

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

嘘つき同士は真実の恋をする。

濘-NEI-
恋愛
都内郊外のリゾートホテルでソムリエとして働く瑞穂はワイン以上にゲームが大好き。 中でもオンラインゲーム〈グラズヘイム〉が大好きで、ロッソの名前でログインし、オフの時間と給料の全てを注ぎ込むほどのヘビーユーザー。 ある日ゲーム仲間とのオンライン飲み会で、親から結婚を急かされている話を愚痴ったところ、ギルマスのタラントの友人で、ゲームの中でもハイランカーのエルバに恋人役を頼めば良いと話が盛り上がり、話は急展開。 そしてエルバと直接会うことになった瑞穂だったが、エルバの意外な正体を知ることに⁉︎ Rシーンは※ ヒーロー視点は◇をつけてあります。 ★この作品はエブリスタさんでも公開しています

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

処理中です...