『闇を闇から』

segakiyui

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第2章

11.姉と弟(2)

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 ほのめかしにせよ何せよ、京介が思っている以上に伊吹はあちこちに顔を知られていて、しかも手元に置いてみたいと認識されている、そういうことだ。
 それが恋愛だろうと使える部下としてであろうと、どちらにせよ他部署へ移動してしまえば、京介よりうんと長く、伊吹が他の男と時間を過ごすのは間違いないところで。
 ただでさえ、一緒に居る時間が足りないのに。
「っ」
 思わずくっきり眉を寄せたとたん、電話が鳴って瞬時に意識を切り替えた。
「はい、流通管理課、真崎です」
『真崎京介さんですか』
「はい?」
 静かな男の口調にすぐに相手を悟った。
『伊吹、明です』
「……ああ、いえ、覚えていますよ」
 伊吹をちらっと見たが、視線を向けていた相手はきょとんとした気配、すぐに慌てた顔でパソコンを覗き込む頬が薄赤くなっているのに、ちょっと気分を持ち直す。
『あなたと話したいことがあるんです』
 明はこの前と打って変わった大人びた口調で続けた。
『姉の恋人である、あなたと』
 甘いことばとは裏腹に、口調は冷然としている。どちらかというと、掌中の珠を奪われて怒りを堪えている父親のようだ。それは伊吹の落ち着きとどこかで繋がっているもののような気がした。
『今日、会えませんか』
「今日? そうですね……」
 カレンダーを引き寄せる。学生が社会人を呼び出す気配ではない。へたをすれば、明は大石よりも遥かに聳え立つ岩になるのかもしれない。
 踏み込む強さに怯みがない。こういう相手は厄介だと経験が教えてくれる。肉を切らせても骨を断てばよし、そういう気合い。
 そっくりだな。
 また伊吹を見ると、京介の視線に用があるのかと腰を浮かせるのがわかった。首を振って目を逸らせる。
 これは伊吹には関係ない、というより、伊吹を伴った時点で失点がつくのは目に見えている。
「会社が終わってからなら時間が取れます、それでは?」
 十分な時間を取る用意がある、と示した。仕事中などのあっさりした話し合いで済ませる気はない、と。
『嬉しいな』
 明が軽く笑った。軽いけれども隙はない。気を抜けば斬られる。
『ちゃんと俺と話してくれるんですね』
 伊吹美並の弟じゃなくて。
 付け加えたことばは京介の応対が正しかったと知らせてほっとする。
 明についての情報を真崎はほとんど持っていない。何を要求し、何を評価する人間かわからない。
 ただ一つ、身内感覚で話そうというつもりではないことはわかった。伊吹の恋人としてではなく一人の人間として、あるいは一人の男として、京介が話し合いに臨むことを求められている。
「……ええ、僕もきちんとしたいと思ってましたから……連絡先は?」
 一人の男として、明に誇れるようなもの、示せるようなものが、自分にあるだろうか。
 思わず伊吹を見てしまう。
「?」
 伊吹が微かに眉を寄せた。京介の不安を感じ取ってくれたのか、心配そうな気配に譲れない、と思う。
『俺の方が早く着いてるだろうから、待ってます』
 指定された場所は公園だった。この前、伊吹がセーターを脱ぎ捨てた場所。
 偶然なのか、それとも決着を付けるのに同じような場所を選ぶのが血の濃さなのか。
「……わかりました。では、そこで」
 切れた電話を置いて、メモした携帯番号を見つめた。
 譲れない。
 相手が誰でも、伊吹は譲れない。
 伊吹だって、選んでくれたのだ、他でもない京介を。
「伊吹さん」
 それでも腹の底に滲むのはどす黒い不安。
 僕に、彼を圧倒する何があるだろう。
 机を回って近付いて、立ち上がった伊吹を思わず強く抱き寄せた。
「課長」
 甘い声。ここは職場、伊吹は部下、そんなことはわかっているけど、今はもっと確かなものが欲しい。
「美並」
「あの」
「キスして」
 ねだって返事を待たずに顎を押し上げる。
「僕頑張るから、先に御褒美ちょうだい」
 今拒まれたら崩れそうな気がする、やっと掻き集めた微かなプライドも。温かい唇を確かめて、吐息も全部吸い取って、今腕の中にいる伊吹が現実なんだと確かめなくては、きっと夜まで気力がもたない。
「はあ? あの、ちょ」
 開いた唇、柔らかな舌までもう少し、その瞬間。
「課長~、細田さんが呼んでますけど~~」
 ぶち。
 一瞬石塚に殺意を抱いて、続いて自分の手落ちに気付く。
「鍵かけとかなくちゃいけなかったな」
 舌打ちしながら伊吹の唇を諦めた。
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