『闇を闇から』

segakiyui

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第2章

9.女と男(8)

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 美並の名前を伊吹と呼び換えた、その意図にふいに気付いた。
 真崎もぎりぎりなのだ、美並と同じように後一歩を駆け込みたくて。
 それでも迷っているのはきっと、美並が怯えているのが伝わるからで。
「っ、く、」
 堪え切れないように腰を動かしはじめる真崎が、息を乱しながら覆い被さってきて、握った美並の胸に額を押し付けるようにしながら熱を上げる。
「ほ…しい…っ」
 掠れた声が泣きだしそうに呻いて、思わず腕を伸ばして真崎を抱えた。はっとしたように相手が胸から外した手を美並の両側に突く。くっついてくる熱い身体が愛おしくて、抱き締めながら、思わず囁いた。
「きょう、すけ」
「ぅ、あっ」
 ぞくんと真崎が大きく震えた。何かに取り憑かれたように激しく動きながら、
「み、な…みっ……っ」
 悲鳴のような声を上げて背中を反らせながら押し付けてきた、次の一瞬。
「んっ」
 何か、美並の身体の奥でも、見えない波がふいに高まって内側を熱く焼いた。
「ふ、うっ」
 それがすぐさま真崎に響いたようで、また震えた相手が強く抱き締めてきながら身体を強ばらせる。受け止めて美並も必死に抱き返し、また真崎が力を込める。
 力の限り相手を抱き竦めて堪える、各々の衝撃に震えながら。
 やがて。
「……ふ…」
「…ん…」
 ゆっくりとお互いの身体から力が抜けていった。止まっていた呼吸をせわしなく紡ぐ。まるで蕩けたバターみたいに濃密な気配を揺らめかせながら、真崎が美並の上に崩れ落ちてくる。途中気遣うようにわずかに体重を逸らせたから、斜め左にずれ落ちた顔をゆっくり見遣る。
 紫の炎がゆらゆらと真崎の中に引き戻されていく、その中心に、額から汗を伝わらせ寝そべっている真崎が居て、熱に染まった顔で瞳を潤ませている。微かに喘いでいる唇が、もっと欲しい、そう呟いたら、抵抗できる人間が何人いるだろう。
 美並がぼんやり思った矢先、
「……っっ」
 瞬きした真崎が見る見る顔を濃く赤らめて、うろたえたように体を起こした。
「ご、ごめんっ、僕っ」
 下半身を引き剥がしながら、今度はあっという間に青くなる。
「う、わ」
 半泣きになって美並を見た。
「ごめん、でも勢いとかそういうのじゃなくて、もう何だか止まらなくて、あの、ほんとにごめん、ごめんなさいっ、お願いだから帰るとか別れるとか嫌いだとかそういうのは」
 どうか二度としないとか言わないで、次は絶対美並も気持ち良くしてあげるからっ。
 必死に言い募る真崎の顔をじっと見上げながら、美並は何だかおかしくなる。
 あれだけ強引に色っぽく迫って、逃げようがないように追い詰めてきたくせに、今の真崎は美並に嫌われないかと、ただそれだけを不安がっていて、可愛いような、情けないような。
「あのほんとに今のは僕が暴走して、でも伊吹さんだって色っぽくて可愛くてだからもう」
「あの…」
「もちろん僕が我慢しきれなかったのは悪いけどそれでもあんな状態で我慢なんてそんな」
「京介」
「、…はい」
 真崎がひくんと息を呑んで沈黙した。
「熱、下がりました」
「……はい?」
「楽になりました」
 両手を伸ばす。下半身は気持ち悪いけど、とにかく一度ちゃんと伝えよう、と美並は思う。
「ありがとう」
「み、なみ…?」
 抱きかかえられた真崎が不安定に腰を浮かせているのは汚れを気遣っているせいだろう。
「だから」
 確かに未来は約束されていないのかもしれない。いつかは雪に落ちるだけかもしれない。それでも。
 落ちてなお。
「次に課長が風邪引いたら」
「引いたら?」
「私が温めてあげますね」
「っ」
 びくっ、と震えた真崎がしばらく固まって、おそるおそる、やがてぎゅうっと美並を抱き締めてきた。ごくり、と唾を呑み込みながら、焦った声で続ける。
「じゃ、じゃあ」
「はい」
 このまま一緒にお風呂入らない?
「………また今度」
「…やっぱり………」
 がっくりした真崎にちょっとためらってから、美並はまだ甘えたままの相手の頭にそっとキスした。
 
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