『闇を闇から』

segakiyui

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第1章

9.オープン・ザ・ゲイト(4)

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「すみません」
 開口一番、伊吹は頭を下げた。
「なんで謝るの」
「いや、何かとんでもないミスしたのかなと」
 本当に? 
 京介の胸の中で不安がどろどろと渦を巻く。
 本当はミスするほどぼうっとしてたってことじゃないの、大石とのことを思い出して。
 問い詰めそうになった気持ちを、それをする愚かさをわかっていながら暴走しそうな苛立ちを、窓の外へ視線で逃がす。
 それでも、それ以上続かないことばに、微かな微かな期待を込めた。
「あのね」
「はい」
「大石圭吾、って人、知ってるよね?」
 ことばは確認だけど、いいえ、知りません、そういう否定を待っていた。
 けど。
 視界の端でいきなり伊吹が真っ白になって、京介も足下が崩れたような気がした。
 なぜ、知ってるの。
 伊吹の眼はそう尋ねてきている。
 つまりは、そういうことなんだね。
 京介は声が震えないように腹に力を入れて、静かに指摘した。
「……顔色、悪いよ」
「……知って…います」
 眼を閉じて、倒れるんじゃないかと思ったほど、無意識に側に寄って支えてやりたくなるほど、伊吹は茫然とした顔で固まっていた。
 やがてゆっくりと開いた瞳が京介の視線に応じるように瞬きする。
 そんなに不安そうな顔をする。
 やつの名前を聞いただけで、そんなにおどおどしてしまう。
 それほどやつは君の中の深い場所に居座ってるんだ。
 ひょっとすると、君の一番深い部分まで、やつは自分を刻んでいるってこと、なのか。
 視界の奥に真っ赤な渦が動いた。
 掠めた場面を考えまいとしたのに、鮮明に浮かび上がったのは大石の身体の下で喘ぐ伊吹の切なげな顔、すがりつくような白い腕が裸の背中を抱き締めていく。
 引き剥がして、怯える伊吹をそのままやつに代わって貪りたい。
 畜生。
 誰に向けていいのかわからない怒りが、腰の底に重く溜まる。
「今の……そのお話、だったんですか」
 掠れた声を絞り出して、伊吹は気丈に顔を上げた。ぎゅっと握った白いこぶし、微かに足を、いや足だけではなくて全身を震わせている。
 怯えてるんだ。
 伊吹は僕に怯えている。
 僕が伊吹を傷つけるんだと怯えている。
「すみ…ません」
 そっと頭を下げる仕草に悔しくて泣きそうになった。
 僕が君を傷つけるわけがない。
 これほど苦しくて辛くて、今すぐ奪ってしまいたくても我慢しているのに、その僕でさえ怯えられてしまうのなら、きっとこの先なんて永遠に進めない。
 絶望感が京介の胸に広がって食い荒らしていく。
「だから、何で謝ってるの、伊吹さんは」
 まるで人身御供に出されたみたいなそんな顔して。
「謝るようなことをしたわけ」
 微かに伊吹が息を呑んだ。
 したんだ。
 何を、と確かめるのが怖くて、聞いたところで話すはずがない、伊吹が今でも震えるほどに大石を好きなら、京介に打ち明けるはずもない、京介に聞く権利はない、そうわかっていたけれど。
 力を抜くと、このまま抱き込んで唇だけでも奪いそうになってしまったから、奥歯を一つ強く噛み締めて、京介は怒りを消す。
「寝た、の」
「……は?」
 きょとんと顔を上げた伊吹の表情が妙にあっけらかんとしていて、京介はちょっと驚く。
 違う?
 培った感覚は伊吹が全くそういう関係がなかったことを教えてくる。それが信じられなかった。
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