『闇を闇から』

segakiyui

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第1章

4.闇の中身(7)

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 ったく。
 美並は溜め息をついて、ここを使って下さい、と招き入れられた部屋に腰を降ろす。
 あれこれ事情があるんなら、先に話しとけっつーの。
 微妙にふて腐れた気分なのはわかっている。真崎がどこへ気持ちを向けているのか、はっきり察してしまったせいだ。
「代用品か」
 ちっ。
 無意識に舌打ちして、とにかく得た情報を整理してみる。
 真崎の策略にせよ、ここから一人で帰るわけにも行かない。ずるずると巻き込まれてしまっているが、結局は難波孝死亡の謎解きをするしかないらしい。
 一つ。真崎京介には難波孝という親友がいて、性的な関係があるかと思われるほど親しかった。
 一つ。難波孝には彼女が居て、彼女とホテルへ行った後、翌朝死体で発見された。
 一つ。難波孝は一人暮らしで身内はいない。だが、牟田相子は兄だと言って難波孝の写真を持っている。
 一つ。真崎大輔は難波孝、もしくは真崎京介と微妙な関係にあり、見た目ほど親密ではない。
 一つ。真崎大輔の妻、恵子は真崎京介と親しい関係にあり……。
「京ちゃん、にイブキ、か……」
 真崎が呼んで欲しがっている『京ちゃん』という呼び名は明らかに恵子の口癖だ。ついでに、イブキという猫も、ひょっとすると恵子の猫か、もしくは恵子と関わりの深い猫であった可能性が高い。
「も一つついでに」
 目を閉じて光景を反芻し味わって確かめる。
「恵子、はひょっとしたら真崎京介に特別な気持ちを抱いている」
 大輔が奥へ姿を消したとたんに、『京介さん』が『京ちゃん』に変わっていた。普段からの口癖ならば、夫が居ようと居まいと変わらないはずだが、夫が居ては呼びにくい、そういう気持ちが働いている、と考えるほうが自然だろう。
「はぁ……」
 何やってんだか。
 ごろんと今度は大の字になって寝転んだ。
 いろいろな細かなことに気付くということは、自分の気持ちにも気付くということだ。さっきの無意識にせよしてしまった舌打ちは、真崎が恵子に向けている気持ちを察して美並はがっかりした、ということだ。
 それはつまり。
 ゆっくりと、目を閉じた。
「………」
 そんなもの、諦めている。
 人の心を詳しく細かく感じ取ったからと言って、何が解決するわけもない。行き場のない思いに凝り固まって身動きできなくなる人を何人も見てくれば、自分の場合にはそこに至るまでに気持ちを消してしまうことも覚える。
 真崎京介がときどき半透明の繭に籠ったように見えたって、大輔が青黒い靄を時折背負っているように感じたって、ついでに恵子が華やかなピンクの霧を夕飯の間中、真崎に柔らかく放射しているのを見ていたって、それが何になる。
 シュレッダーをイメージした。
 得た情報をざくざくと切り刻んで捨てていく。
 満杯になった切りくずを、心の奥底へ捨てていく。真っ暗闇の深い穴の中、切り刻んだ屑が白い花びらのように散っていくのをぼんやりと眺めた。
 綺麗だと思う。
 人の気持ちはどんなものも、本当に綺麗だ。
 だからきっと、美並は、この綺麗さを知っているだけで良しとしなければならないのだろう。
「……イブキ……」
 微かに遠くで名前を呼ばれた。
「イブキ……」
 柔らかく戸惑ったような声。
「風邪引くよ」
「ん……」
「添い寝してあげようか」
「……ん……」
「大胆なかっこで寝ちゃって」
「……ん……ん?」
 不穏な気配に目を開けた瞬間、アップになった真崎の顔が飛び込んでくる。ためらう間もなく唸っていた。
「こら」
「あれ、起きちゃった」
「起きちゃった、じゃない」
「だって、添い寝していいって言ったじゃないか」
「これは添い寝じゃないだろう」
 美並にのしかかるようにぴったり下半身を合わせた真崎がにこにこ笑う。
「日本語は難しいねえ」
「叫びます」
「まさか」
「……」
「はいはいはいはい、起きます起きます」
 すう、と息を吸い込んだ美並に、真崎が苦笑して起き上がった。起き上がるときにぎゅ、と一瞬体を押しつけられ、意外としっかりした真崎の腰に固まった。どき、と不安定に打った心臓が悔しい。
 だが真崎は知らぬ顔で部屋を出ていきながら振り返り、
「お風呂入れってさ。その後でお墓行こう」
「夜に?」
 おいおい、と思わず尋ね返すと、雰囲気いいでしょ、と真崎は得体の知れない顔で笑った。
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