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第4章
10.ホール・カード(10)
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何だろうな、この展開は。
溜め息混じりに美並は印刷機の前で書類を手に取る。
あれだけ気負って出てきて、今朝『羽鳥』を間近に捉えて、自分の中の猛々しいものを全開にして挑もうとしたら、あまりにも日常的な高崎に思い切り水を差されて。
真崎との関係は破綻寸前だ。
有沢へと気持ちが揺らいだ感覚もしっかり覚えている。
今すぐ捉えた『羽鳥』の感覚や声を頼りに会社中を探し回ることだってできる。
なのに美並はいつも通り、ここで会議書類などを作っていて。
「…」
やっぱり駄目だ。有沢の残り時間や『ニット・キャンパス』までの時間、いろいろどう考えても今美並が動き出す必要があって、美並以外には動けなくて、美並が踏み込むしかなくて、過去を繰り返さないためにもそうするしか。
指輪に目を落とし、まず一つ一つ取るべき手段を見つけて探して、と唇を引き結んだ途端。
「伊吹さん」
またここでこの男が来るのか。
「? なに、怖い顔して」
「怖い顔してますか」
「うん、何か世界を一人で背負っちゃってます的な顔」
「っ」
思わずどきりとして高崎を見た。
「知り合いにもいるよ、すぐそういう顔する奴」
わかっているのだろうか、この男は。
それとも、こういう役割を天から振られる人間というのが居るのだろうか。
非日常から日常へと力づくで引き戻す魔法のような力。
「羽須美芸大の同期で、いつもいつも頑張ってて」
書類を覗き込みつつ、懐かしそうな微笑みを浮かべる。
「すごく才能ある奴なんだ、けど、いつもギリギリでさ、そのギリギリ感が作品にもあって楽しめないのが惜しい」
さくっと切り捨てたが、評価は高いと感じた。
「けど、今度は後ろ盾がしっかりしてるから、きっとすごいものを出して来ると思うんだ」
それが今すんごく楽しみでさ。
にへへと笑う高崎に気持ちが解れていく。
「ああ、そうなんですか」
「そうなんだよ」
高崎は楽しみにしている。
すごいな。
思わず美並も微笑んだ。
高崎が大学を中退したのは父親が亡くなったからだと聞いたことがあった。それからきっといろいろなことがあったに違いない。平穏とはほど遠い日々もあっただろう。けれどそれらを通り過ぎてきて、高崎はかつて自分が失った夢の延長上にいるだろう仲間との再会を楽しみにできるほどの余裕がある。
羨ましい。
こんな風に越えて来れれば良かった。
こんな風に、自分の歩いてきた道を肯定できていれば、美並も真崎も、もっと幸福になったかもしれない。
「で、そいつ、今『Brechen』に居て、あ、これ課長に内緒な」
美並は思わず目を見開いた。
とすると、今回の高崎の提案は、その相手のことを考え、自分もよりレベルを上げていこうとしたからか。
「どうして?」
「だって知り合いがあっちに居るってさ………やばくない?」
肩を竦めてみせる高崎は、課長や美並にまつわる噂をそれとなく耳にしているのだろう。自分の知り合いが『Brechen』に居ることで、真崎達がより不利になることを気にしてくれているのかも知れない。
それでも笑顔は朗らかだ。
周囲の風評何のその、やることは決まっている、それに全力尽くすだけのこと、後にも先にもただそれだけ。
生きるとは、そういうものではなかったか。
目を開かれる想いがした。
大輔や恵子や『羽鳥』や有沢、そして真崎からさえも、繋ごうとした手、告げようとした想い、抱きしめようとした気持ち、それらをことごとく意味がないもののように扱われて、いつの間にか美並自身が『どこかの誰かの基準』に従って息を詰まらせていなかったか。
「…大丈夫ですよ」
無意識に微笑んでいた。
目の前の高崎の姿をとった『誰か』が彼方の高みから心配のあまり問いかけてくれている。
やばくない?
なんて俗物的な、なんて真摯な、なんて平凡な優しい問いかけ。
美並、美並、あんたちょっとさ、やばくない?
大丈夫ですよ。
「課長はそんなことであれこれ引っ掛かる人じゃないですし」
一人じゃ、なかったんだっけ。
「違うことじゃ、引っ掛かるけどね」
「っ」
いきなりすぐ側から明らかに不機嫌そうな声が響いて、細めていた目を瞬いた。
背後に真崎? いつの間に。
溜め息混じりに美並は印刷機の前で書類を手に取る。
あれだけ気負って出てきて、今朝『羽鳥』を間近に捉えて、自分の中の猛々しいものを全開にして挑もうとしたら、あまりにも日常的な高崎に思い切り水を差されて。
真崎との関係は破綻寸前だ。
有沢へと気持ちが揺らいだ感覚もしっかり覚えている。
今すぐ捉えた『羽鳥』の感覚や声を頼りに会社中を探し回ることだってできる。
なのに美並はいつも通り、ここで会議書類などを作っていて。
「…」
やっぱり駄目だ。有沢の残り時間や『ニット・キャンパス』までの時間、いろいろどう考えても今美並が動き出す必要があって、美並以外には動けなくて、美並が踏み込むしかなくて、過去を繰り返さないためにもそうするしか。
指輪に目を落とし、まず一つ一つ取るべき手段を見つけて探して、と唇を引き結んだ途端。
「伊吹さん」
またここでこの男が来るのか。
「? なに、怖い顔して」
「怖い顔してますか」
「うん、何か世界を一人で背負っちゃってます的な顔」
「っ」
思わずどきりとして高崎を見た。
「知り合いにもいるよ、すぐそういう顔する奴」
わかっているのだろうか、この男は。
それとも、こういう役割を天から振られる人間というのが居るのだろうか。
非日常から日常へと力づくで引き戻す魔法のような力。
「羽須美芸大の同期で、いつもいつも頑張ってて」
書類を覗き込みつつ、懐かしそうな微笑みを浮かべる。
「すごく才能ある奴なんだ、けど、いつもギリギリでさ、そのギリギリ感が作品にもあって楽しめないのが惜しい」
さくっと切り捨てたが、評価は高いと感じた。
「けど、今度は後ろ盾がしっかりしてるから、きっとすごいものを出して来ると思うんだ」
それが今すんごく楽しみでさ。
にへへと笑う高崎に気持ちが解れていく。
「ああ、そうなんですか」
「そうなんだよ」
高崎は楽しみにしている。
すごいな。
思わず美並も微笑んだ。
高崎が大学を中退したのは父親が亡くなったからだと聞いたことがあった。それからきっといろいろなことがあったに違いない。平穏とはほど遠い日々もあっただろう。けれどそれらを通り過ぎてきて、高崎はかつて自分が失った夢の延長上にいるだろう仲間との再会を楽しみにできるほどの余裕がある。
羨ましい。
こんな風に越えて来れれば良かった。
こんな風に、自分の歩いてきた道を肯定できていれば、美並も真崎も、もっと幸福になったかもしれない。
「で、そいつ、今『Brechen』に居て、あ、これ課長に内緒な」
美並は思わず目を見開いた。
とすると、今回の高崎の提案は、その相手のことを考え、自分もよりレベルを上げていこうとしたからか。
「どうして?」
「だって知り合いがあっちに居るってさ………やばくない?」
肩を竦めてみせる高崎は、課長や美並にまつわる噂をそれとなく耳にしているのだろう。自分の知り合いが『Brechen』に居ることで、真崎達がより不利になることを気にしてくれているのかも知れない。
それでも笑顔は朗らかだ。
周囲の風評何のその、やることは決まっている、それに全力尽くすだけのこと、後にも先にもただそれだけ。
生きるとは、そういうものではなかったか。
目を開かれる想いがした。
大輔や恵子や『羽鳥』や有沢、そして真崎からさえも、繋ごうとした手、告げようとした想い、抱きしめようとした気持ち、それらをことごとく意味がないもののように扱われて、いつの間にか美並自身が『どこかの誰かの基準』に従って息を詰まらせていなかったか。
「…大丈夫ですよ」
無意識に微笑んでいた。
目の前の高崎の姿をとった『誰か』が彼方の高みから心配のあまり問いかけてくれている。
やばくない?
なんて俗物的な、なんて真摯な、なんて平凡な優しい問いかけ。
美並、美並、あんたちょっとさ、やばくない?
大丈夫ですよ。
「課長はそんなことであれこれ引っ掛かる人じゃないですし」
一人じゃ、なかったんだっけ。
「違うことじゃ、引っ掛かるけどね」
「っ」
いきなりすぐ側から明らかに不機嫌そうな声が響いて、細めていた目を瞬いた。
背後に真崎? いつの間に。
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