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第4章
10.ホール・カード(9)
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「どうしたの?」
さっき、そんなにトイレ、行きたかったの?
隣を歩きながら、高崎が尋ねてくる。
「……」
「朝寝坊したの? 凄い形相だったよ」
無神経、いや天然か。
「女の人って大変だよな、そのへんで済ませられないし」
「そのへんで?」
「あ、いや、ほら、野山じゃそういうこともできるってこと、男なら」
あはは、と笑う高崎が微妙に引きつっているのは、「そういうこと」をいたした経験ありということだろう、と苦笑した。
「あー、よかった、笑ってくれた」
「?」
「いやちょっと、つい声かけちゃったけど」
さすがにまずかったかなーと思ってたからさ。
がしがし頭をかきながら笑う。少しは自覚があるらしい。なお、声をひそめる。
「課長が来る前にちょっと相談したいことがあって、探してたから、つい」
「相談したいこと?」
「ああ、うん、『ニット・キャンパス』のホール・イベントなんだけど」
「ホール・イベント?」
頭の中で資料を捲った。
全体総括は真崎だが、ホール・イベントは高崎に任された。本人がどうしてもと言い張り、意外にも高崎は美術系大学中退という経歴もあってだが、賞を受けたこともあるらしい。
「イベント展開なら、課長の方が」
「いやそうじゃなくてさ、てか課長には聞き辛いところがあってさ」
てへ、と書き文字が浮かびそうな照れ笑いがこの男には本当によく似合う。ついつい手助けしたくなるのはキャラクターかもしれない。
「?」
「あのさ、女の人から見て課長って色っぽい?」
「へ」
思わず間抜けた声が出てしまった。
「それもちょっとヤバい系の色っぽさってない?」
それともあれは男限定かな。
天然だ。
改めて確信した。
高崎には、何だろう、人の思惑とか考えなどを無意識にぶち壊していくタフさがある。
この質問は美並が真崎の婚約者であるとわかってのことか忘れていてのことか。
思わず指輪を意識しながら溜め息をつく。
多分、忘れているんだろうな。
「一体何ですか」
「いや、ホール・イベントさ、『雪の女王』で行こうと思って」
「『雪の女王』? あの童話の、ですか」
「うんうん。押塚まりって中性的だったり女の子だったりするイメージ多いけれど、女王様的なところって誰も使ってやってないよなって」
「ああ…」
「で、彼女を女王様ってことにすると、課長は囚われの王子ってあたりはどうだろう」
「ああ……なるほど…」
「鞭とか持たせちゃうとそっち系のイメージになっちゃうんで、そうじゃなくてさ、黒のニット帽飾ったローブ引きずらせてさ、足元に課長が跪いてる的なのってどう? 女の人から見てクル?」
ああそりゃ似合いそうですねとんでもなく。
って言うかつい先日同じような光景を見たところですが何か。
恵子とのやりとりを思い出してうんざりした。
ん?と無邪気に覗き込んで来る高崎に気持ちを切り替える。
「それは課長に確認しにくいですね」
「だろう?」
高崎がにこにこと説明するまでもなく、美並の脳裏には一枚の絵のように情景が浮かび上がる。
光溢れる舞台、黒いローブを纏った押塚が冷ややかに見下ろす足元に、白いスーツを身につけた真崎が跪いて不安げに見上げている。見えない鎖で繋がれているかのように怯えて頼りなげな表情、そのくせ、押塚の指先に触れられて薄く頬を染めながらはにかまれては、一体何の舞台かややこしくなるほどかもしれない。
神様というのはどういう趣味をしているのか。
「でさ、その予定で行くと、始めの準備数じゃニット帽が足りなくて。鳴海工業、もうちょっと融通きかせられるかなって」
「数のことは何とも言えないけれど、いい案だと思います。課長に押して見てはどうでしょうか?」
「だよね!」
高崎は満面の笑顔で頷き、じゃあやってみるね、と頷いた。
さっき、そんなにトイレ、行きたかったの?
隣を歩きながら、高崎が尋ねてくる。
「……」
「朝寝坊したの? 凄い形相だったよ」
無神経、いや天然か。
「女の人って大変だよな、そのへんで済ませられないし」
「そのへんで?」
「あ、いや、ほら、野山じゃそういうこともできるってこと、男なら」
あはは、と笑う高崎が微妙に引きつっているのは、「そういうこと」をいたした経験ありということだろう、と苦笑した。
「あー、よかった、笑ってくれた」
「?」
「いやちょっと、つい声かけちゃったけど」
さすがにまずかったかなーと思ってたからさ。
がしがし頭をかきながら笑う。少しは自覚があるらしい。なお、声をひそめる。
「課長が来る前にちょっと相談したいことがあって、探してたから、つい」
「相談したいこと?」
「ああ、うん、『ニット・キャンパス』のホール・イベントなんだけど」
「ホール・イベント?」
頭の中で資料を捲った。
全体総括は真崎だが、ホール・イベントは高崎に任された。本人がどうしてもと言い張り、意外にも高崎は美術系大学中退という経歴もあってだが、賞を受けたこともあるらしい。
「イベント展開なら、課長の方が」
「いやそうじゃなくてさ、てか課長には聞き辛いところがあってさ」
てへ、と書き文字が浮かびそうな照れ笑いがこの男には本当によく似合う。ついつい手助けしたくなるのはキャラクターかもしれない。
「?」
「あのさ、女の人から見て課長って色っぽい?」
「へ」
思わず間抜けた声が出てしまった。
「それもちょっとヤバい系の色っぽさってない?」
それともあれは男限定かな。
天然だ。
改めて確信した。
高崎には、何だろう、人の思惑とか考えなどを無意識にぶち壊していくタフさがある。
この質問は美並が真崎の婚約者であるとわかってのことか忘れていてのことか。
思わず指輪を意識しながら溜め息をつく。
多分、忘れているんだろうな。
「一体何ですか」
「いや、ホール・イベントさ、『雪の女王』で行こうと思って」
「『雪の女王』? あの童話の、ですか」
「うんうん。押塚まりって中性的だったり女の子だったりするイメージ多いけれど、女王様的なところって誰も使ってやってないよなって」
「ああ…」
「で、彼女を女王様ってことにすると、課長は囚われの王子ってあたりはどうだろう」
「ああ……なるほど…」
「鞭とか持たせちゃうとそっち系のイメージになっちゃうんで、そうじゃなくてさ、黒のニット帽飾ったローブ引きずらせてさ、足元に課長が跪いてる的なのってどう? 女の人から見てクル?」
ああそりゃ似合いそうですねとんでもなく。
って言うかつい先日同じような光景を見たところですが何か。
恵子とのやりとりを思い出してうんざりした。
ん?と無邪気に覗き込んで来る高崎に気持ちを切り替える。
「それは課長に確認しにくいですね」
「だろう?」
高崎がにこにこと説明するまでもなく、美並の脳裏には一枚の絵のように情景が浮かび上がる。
光溢れる舞台、黒いローブを纏った押塚が冷ややかに見下ろす足元に、白いスーツを身につけた真崎が跪いて不安げに見上げている。見えない鎖で繋がれているかのように怯えて頼りなげな表情、そのくせ、押塚の指先に触れられて薄く頬を染めながらはにかまれては、一体何の舞台かややこしくなるほどかもしれない。
神様というのはどういう趣味をしているのか。
「でさ、その予定で行くと、始めの準備数じゃニット帽が足りなくて。鳴海工業、もうちょっと融通きかせられるかなって」
「数のことは何とも言えないけれど、いい案だと思います。課長に押して見てはどうでしょうか?」
「だよね!」
高崎は満面の笑顔で頷き、じゃあやってみるね、と頷いた。
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