『闇を闇から』

segakiyui

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第4章

6.コーリング・ステーション(4)

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「ただ」
 ふいに源内は悪戯っぽい笑みに唇を綻ばせた。
 美並を連れてく、ハルはそう言ってるけど?
 覗き込まれて微笑を返す。
「宣戦布告はされてますよ」
 それぐらいは言うだろう。それぐらいの自信はあるだろう。
 圧倒的な勝利をきっと確信してるだろう、けど。
 無意識に指輪に触れ、源内がすぐにそれに気がついた。
「淡々としてるのは、指輪のせいか?」
 くすりと源内が笑う。
「あいつにはそんなもの関係ないよ」
「……彼女の意志を無視すると?」
「形式なんか意味がないって思ってる」
 形式なんかじゃない。
 形式とかそんなのじゃなくて、京介にとってこれは。
 閃いた答えを京介は呑み込む。
 僕の、命綱。
 黙った京介に源内は笑みを深めた。
「あいつは、彼女も自分と一緒だ、と言ってる」
「……」
「彼女もここでは生きられない、と」
 ずきり、とした。
 見たくなくても、伊吹は人の内側を感じ取り見抜いてしまう。関わるまいとしても、そこに生死がかかっているなら見過ごすことなどできやしない、京介を闇から引き戻すために度々飛び込んできてくれたように。
 そして、それは時に、大石や大輔のような、伊吹の優しさにつけ込む奴に利用されることにもなるわけで。
 京介もその一人と言えないこともない、わけで。
「……」
『………幸せになってやってくれ』
『……あの子の願いを、満たしてやってくれ』
 大事な人に幸せになってほしい。
 ただそれだけの願いを抱えて生きてきた伊吹に、京介は君を失っては生きていけないと伝えることしかできない。
 それは、伊吹にとって幸福だろうか? 満足のできる応えだろうか?
 幸せだと告げて、そのことば通りに、京介が幸せだと思ってくれるだろうか?
 薬指の指輪をふいにきつく感じた。
 京介は幸せだ、伊吹が側に居てくれさえすれば。
 けれど。
 眠れない夜に身悶える自分を知ったら、伊吹は不安にならないだろうか、自分が居なくなることが京介を不幸にするかもしれないと。
 そうして自分が生きる道を京介のために限ってしまわないだろうか。
 それは形が違うだけで、大石がしたこと、ハルがしようとしていることと同じ拘束ではないのか。
 けれど。
 伊吹なしでも平気だと、京介はまだ笑えない。
 きっとずっと笑えない。
 それを伊吹は負担にしないか。
 背負い込んでしまわないか。
 伊吹なしでも平気なのは無理だけど、少し離れてるぐらいなら大丈夫、ぐらいにはならないと、伊吹と一緒に生きられないんじゃないか。
 考えてもみなかった、不安。
 一緒に居て、もし京介が幸せにならなかったら、それは伊吹を苦しめるんじゃないだろうか……?
「と、そうじゃなくて、今引き止めたのは違う話なんだ」
 源内がふいに口調を変えて瞬きした。
「というと?」
「部門別になってややこしいことを持ち出すのはいないと思うが」
 さっきのを見ると絡んでくるのがないとは言えないから、先に話しておこうかと思って。
「あんたと俺がデキてるんだって」
「………は?」
「そういう噂が流されてる」
「……」
 思わずまじまじと相手を見つめ返した。
 そういう気配の男は意外にわかる。京介がまともに見つめ返すと、不安定に視線を揺らせたり笑ったりしてくる。
 だが、源内には一切その気配はない。明や大石と同じ、性的対象ではない、ただの同性の他人に向ける視線しか感じたことはない。
 それでも一応確認する。
「私は男、ですが?」
 暗にあなたはそういう嗜好だったのか、と響かせる。
「俺も男だが、実は年下の方が好みだから安心してくれ」
「ああなるほど、だから渡来さんが」
「納得するなよ」
 源内は苦笑いした。
「違うって。最近の流行? ま、そういうあたりのものらしい」
「……馬鹿馬鹿しい」
「後から駆け込みで『桜木通販』と『Brechen』が通った理由の一つとして、そういう裏があったんじゃないかって話が出てる」
 曰く、真崎京介は男女問わず寝物語で仕事を確保し問題を解決する、その筋ではよく知られた男だ、と。
「実際はハルの要望だっていうのは、あんまりおおっぴらにしてない。これ以上馬鹿な絡みをされてはたまらないから」
「……大石さんとは噂になってないんですか」
「キャラクターが違うのかね」
「……」
 微妙だ。
 京介は溜め息をついた。
「心当たりは?」
 源内がくい、と喜田村と大輔が出ていった戸口に顎をしゃくる。
「なんか妙な感じだったな、御大ともに」
「……ありすぎるほど」
「ふん」
 源内は鼻を鳴らし、ハルが聞いたら絶対やめると言い出すな、と眉を寄せた。
「俺としてはできるだけスムーズに動かしたいと思ってるんだが」
 ハルの機嫌を損ねないためにも。
「そうもいかないかもしれない、そこんところは含み置いてくれるとありがたい」
「わかりました」
 ご迷惑おかけして申し訳ありません。
 京介がぺこりと頭を下げると、源内はところでこれは興味本位だけど、と続けた。
「伊吹美並って、そんなにいい女?」
「……はい?」
「だって、あんまりそういう感じには見えなかったんだけどな、ちらっと見た感じじゃ」
 少なくともあんたがそこまで入れ込むような、と言いかけた源内がゆっくりと惚ける。
「……あー…いいや」
 そんなもの、とびきりに決まってる、そう応えようとした京介を源内は気まずい顔になって遮った。
「?」
「いや、だって……大の大人にそんなに一気に赤くなられちゃ、聞く方が野暮だろう」
 指摘され、まるでさっきの煩悩まで見抜かれた気がして、また少し顔が熱くなった。
「おいおい」
 何重ねて赤面してんだ、あんた幾つだよ、女性経験皆無ってことないよなまさか、あんたのその顔立ちで。
 源内が呆れ返る。
「いくら婚約したてだっていってもな、そんな無防備じゃあんたとてもハルに勝てないぜ」
 源内が溜め息まじりに苦笑して続けたことばに、京介は固まった。
「あんた、脆すぎる」
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