『闇を闇から』

segakiyui

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第3章

10.ドローゲーム(5)

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「諦めろ」
 きっちり渡来はそう言った。
「美並」
「なぜ君にそんなことを言われなくちゃならない」
 思わず京介の口を突いた反論。
「君は伊吹さんの何?」
 あ。
 言った瞬間、最初の一手で競り負けたと気付く。
 渡来は美並と呼び捨てた。
 京介は家を離れて外だから、つい感覚が会社モードになっていて、伊吹さん、と呼んでしまった。
 に、と渡来が唇を釣り上げる。
 ことばの意味を十分わかった、したたかな笑み。
「勝った」
 ぽつんと宣言されて焦りが広がる。
 明はまだ京介を試すつもりがあった。大切な姉を任すに足りる相手か、それを見定めに来たのであって、伊吹を京介から引き離そうとしていたのではない。
 だが目の前の少年、いや、猛々しい笑みを広げて京介の前に仁王立ちで顎を上げる渡来は、京介を倒して伊吹を手に入れるのが当然だと考えている、立派な雄の眼をして京介を見ている。
「唯一」
 突き放すように渡来が言った。笑みを増してことばを続ける。
「相手」
「っ」
 その自信に足下が揺らぐ気がした。
 昼には早い日射しが公園を淡い光で満たしている。11月の朝、まだ温かくもなっていない外に人の気配はない。
 渡来が静かに呼吸する、その息が白く口元に漂う。
 自信に満ちた笑みに。
 どうしてだろう。
 京介は一瞬胸を絞った傷みに耐えた。
 どうしてこういつもいつも、自信一杯のやつばかり、僕の前に立ちはだかるんだろう。
 仕事ならば知識もある経験もある、いざとなればシュレッダーの本領発揮、自分の立ち位置もろとに切り裂くと見せて、怯んだ相手に付け込み弱点を見抜き、そこを一気に攻め立てればすむ。
 だが、伊吹のことで現れてくる相手というのは、そんな揺さぶりを歯牙にもかけない。圧倒的な自信、圧倒的な力、圧倒的な強さを見せつけて、伊吹がためらおうとも力づくで攫ってみせる、そう言いたげに立ち塞がる。
 渡来は沈黙した京介に畳みかける。
「足りない」
 言われなくてもわかってる。
 肝心なところで頑張ってくれるのが伊吹で、揺らぐ京介を包んでくれるのも伊吹で、竦んでしまう京介を引っぱりだしてくれるのも伊吹で。
 渡来は笑みを消して、京介を覗き込むような不思議な眼で続けた。
「男?」
「っっ」
 とっさに後ずさらなかっただけでも強くなったと褒めてほしい。
 きりっと奥歯を鳴らしたものの、一瞬渡来の姿に大輔が被さってくるように見えて、確実に縮こまって竦むのがわかった。
 それが例えようもなく、情けない。
「返せ」
 渡来が声を和らげた。
「……美並は、もの、じゃないでしょう」
 言い返したことばは中途半端な一般論、それを渡来もよくわかっているのだろう、微かに苦笑した。
「本気?」
 そんなことを言ってるんじゃない。
 相手の瞳の中に明らかな嘲笑を読み取って、京介は歯を食いしばる。
 その京介を凝視していた渡来が、ふいに視線を空に向ける。気負いのない健やかに伸びた喉、力が抜けた肩は見えているより遥かに筋肉質なのだと気付いた。
 見えているほど子どもでも、振る舞っているほど幼くもない。
 渡来はひょっとすると大輔をも凌駕するほどの成長を遂げている大人なのだ。
 そのまま渡来が静かに呟く。
「笑わない」
「え?」
「理由?」
「あ…」
 すとん、と視線を戻されてぞっとした。
 まるでそこに、何かとんでもなく大きな存在が現れたような感覚、渡来のどちらかというと細身の体をはみだすような気配が滲んで広がっている。
「理由?」
 繰り返す声は明瞭で、京介がその答えを知っていると確信している。
 そして確かに京介はその答えをすぐに頭に思い浮かべた。
 けれど。
「理由?」
 三度渡来が問う。
「真崎」
 命じる口調は十分な地位を得た大人のものだ。
「僕の」
 圧迫感に堪え切れずに京介は掠れた声を出した。
「せいだと?」
「そう」
 淡々とした断定。
「真崎」
 渡来は繰り返した。
 一歩踏み出されて京介は震える。
「返せ」
「……嫌だ」
「餓鬼」
 渡来は微笑んだ。
「無理」
 子どもという意味だけではなく、飢えて人の命を貪る妖怪、のニュアンスが響いたのに唇を噛んだ。
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