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第3話 花咲姫と奔流王
15.光の繭(3)
しおりを挟む「…っ」
ぎしっ、と急に体が強く締め上げられて、シャルンは息を呑んだ。足が光の草原から浮き始める。レダンが腰を落として構え、縄をゆっくり動かして行くのに従って、シャルンの体が空中に浮き上がって行く。上では同じようにガストが縄を動かしてくれているのだろう。今の自分にできることは、できる限り身動きせず、2人に負担をかけないように大人しく吊られていることだ。
それでも、中ほどまで浮かんだ時に見た光景には、思わず体が強張った。
「シャルン? どうした?」
「いえ…なんでも、ありません!」
声を張り上げながら、再び再開される移動に口を閉じる。それでも目を大きく見開いていた、見えることの一つも見逃さないように。
レダンが立っている場所が、次第次第に小さくなる。だからこそ、よりはっきりと見えてくる。暗闇に慣れた目だからこそ、そうして一番上から覗き込んでいるのではなく、しかも先ほど『姿かたち』を確認していたからこそ、見えてくる寒気のする光景。
地下通路の先にあったのは、深い鍋のような削り込まれた岩だった。その岩の鍋の中には、無数の繭が捨てられている。レダンが指先ほどに見えるのに、そのレダンを軽く十数人包み込んでしまえそうな巨大さで、恐らくは下の方は押し固められて岩のようになっているほどの数が。
鍋の周囲は深く闇に落ち込んでいる、だが、この繭から抜け出した『もの』がどこへ消えたのかと考えると、鍋から溢れてより深い地下に潜ったのか、それとも飛翔して闇の洞窟を飛び去ったのか、どちらかだろう。
「…『ガーダスの糸』……」
間違いない、あれはこの生物が残した繭の切れ端なのだ。
「お疲れ様でした…っ」
さすがに軽く息を切らせてガストが最後を引き上げてくれる。急ぎ縄を解いてもらい、痺れ始めた手足を擦りつつ、不安が募って崖の向こうを振り返る。
「大丈夫ですよ、奥方様。レダンなら縄なんて必要ないぐらい、簡単なことだから」
「でも、もし、戻ってきたら」
「戻ってきたら、頑張ったねと褒めてやりゃいいんですよ」
「いえ、そうではなくて」
戻ってくるのがレダンではなく、『中身』だったとしたら。
「え? 目一杯詰る方向ですか? まあ、奥方様を置き去りにしたことでは万死に値するかもですが」
「違います、そうではなくて」
早く。早く戻ってきて下さい、レダン。
思わず祈りを捧げようとした途端、がっしりと岩棚に指がかかって、待つまでもなくレダンが体を引き上げてきた。
「てめえっ」
「はいー?」
「人が苦労して登ってるってのに、主人の妻と楽しくやってるってのは、どういう了見だ!」
上がるや否や、ガストに詰め寄ったレダンにシャルンは思わず飛びついた。
「陛下っ」
「あなたまでこいつを庇ったら、俺の立つ瀬がないんだが」
情けなさそうな声を上げるレダンに、しがみついたまま首を振る。
「違うの、お願いです、早くここから離れましょう!」
「ああ、とにかくサリストアはいないし、獲物は猿一匹だが、ないよりはマシだし」
仕切り直しするしかねえなあ。
「…レダン」
うんざりした声のレダンを、ガストが呼んだ。
「ちょっときて下さい」
「何だお前まで、一体何が…」
覗き込んだレダンもことばを失う。
2人の様子に、シャルンは気づいた。のろのろと顔を上げ、2人がしているように覗き込む。
「…ああ」
来た時に岩の蓋に見えていた大きな板状のものは、今は淡く金や銀、青や黄色の光を放ちながら、中央から割れ砕け、鍋の中へ崩れ込んで行きつつあった。
「こいつはすげえな」
投げ捨てるような冷ややかなレダンの声がガラガラと言う轟音に紛れる。
「もう少し遅かったら、あの下ですね」
ガストがごくりと喉を鳴らした。
「シャルンに感謝しろよ、命の恩人だ」
レダンが強く肩を抱いてくれて、シャルンは気づいた。レダンもまた震えている、この世ならぬ光景に。
光の繭は雪崩るような岩に叩かれ埋められていく。土煙を上げて消え失せて、見る間に先ほどより少し深く落ち込んだ岩くれの平面となる。
「惜しかったな、シャルン」
「え?」
「あの糸を多少なりとも持ち帰れたら、あの娘達が喜んだだろう」
レダンが崩落を凝視したまま呟いて、オルガ達のことを思い出してくれたのだとわかった。
「そうですね」
こんな時なのに、優しい配慮に微笑んでしまう。いや、こんな時だからこそ、レダンの強さを感じる。自分の命が危うく失われるところだったのに、誰かの喜びを考えられる豊かな心。側にいるだけで温められ、ほっとする。レダンこそ、『花咲』のようだ。
崩壊がようやく収まり、足元の振動も落ち着いた頃、レダンはゆっくり体を起こした。
「さあて戻るか。ガスト、猿はどこだ?」
「……」
「もっと向こうか?」
「………」
「ガスト!」
レダンの声に我に返ったようにガストが体を跳ね上がらせた。
「どうした?」
「……俺はおかしくなったんでしょうか、レダン」
「…何があった?」
「あの崩壊を見ていたら、妙なことを思いついて」
ガストは戸惑ったように瞬く。
「妙なこと?」
「あの草原、岩に埋まりましたよね」
「ああ?」
「今は岩しかない」
「そうだな」
「前も、そうだったとしたら?」
「は?」
「元々ここは岩の平面で、そこに『あれ』が積もって、ある日、今みたいに岩が落ちて」
「うん」
レダンは訝しそうにガストを見つめている。
「『あれ』が埋められて、その岩の上に、また『あれ』が積もって、また一杯になると岩が崩れて」
「何が言いたいんだ、ガスト」
「レダン。あの層状のミディルン鉱石は、そうやってできたんじゃないかと思うんですが」
「…おい」
そりゃあ、とんでもない発想だぞ。
レダンが引きつった顔で笑う。
シャルンもガストの言いたいことを理解した。
「『あれ』がミディルン鉱石の『素』だと言うのですね?」
ガストが静かに頷いた。
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