『これはハッピーエンドにしかならない王道ラブストーリー』

segakiyui

文字の大きさ
47 / 226
第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

7.軍旗と共に(2)

しおりを挟む
「カースウェル王国、レダン王のご一行でございますか」
 侍従伝えに問いかけてきた相手は、煌めく鎧に身を包んでいた。猛々しく見えないのは、その鎧が戦闘用のものではなく、見事な細工を施され、繋ぐ革紐も巧みな飾り結びがされ、あからさまに儀典用として仕上げられていたからだ。
 出迎えを許し、馬車の側までやってきた兵士長の顔にシャルンは目を見開いた。
「あなたは…」
「…はい」
 馬を降り、深々と礼を取った相手は嬉しそうに笑った。
「覚えて頂いていたとは。光栄に存じます」
「どういうことだ」
 鋭いレダンの口調に、兵士長はなお深く頭を下げる。
「かつてティベルン川流域において、築城と守護を任されたものでございます」
「…ああ」
 意表を突かれたようにレダンが前のめりにしていた体を引く。
「シャルン妃がめでたくカースウェルの王妃となられ、我が国をご訪問下さると聞かされ、配下共々お待ち致しておりました。お迎えを志願し、王より命を受けました」
「…ティベルン川の築城はなくなったと聞いたが」
「少し離れた場所へ。後ほどご案内させて頂きます」
 レダンの確認に、相手は穏やかに頷く。それから低く、誰にも聞こえぬほどかすかな声で、
「あの場所にあっては、我らは妻子の元に戻れぬと覚悟いたしておりました」
 問いかけるようにレダンが振り向くのにシャルンは頷く。
「…難しい川だと聞いたのです」
 ハイオルトとザーシャルの国境を為すティベルン川は、上流においては氷のように冷たい水で草木を萎えさせる。カースウェルとラルハイドあたりになると、勢いを増し岩を砕き、気まぐれに進路を変える暴れ川だ。
「ハイオルトにおいても、恵みの川であるよりは、国境の護り手として祀られるほど」
 それがラルハイドではどう扱われているのかは興味があった。
 王に振り向かれもしないシャルンを哀れんだ兵士達が話しかけてくれた温かさ、いきなり連れて行かれ、この地に砦を築き、あなたはそこで未来永劫一人で暮らすのだと知らされた時の竦むような感覚などが蘇って、シャルンは一瞬口を閉じる。
「…あなたは自分の身も顧みず、王に築城を思いとどまるよう訴えた、と」
 レダンが兵士長を見下ろしたまま呟き、シャルンは我に返って首を振った。
「怖かったのです、陛下」
 ただ一人、濁流に飲み込まれて行くならまだしも、鍛え抜かれ自分に優しくしてくれた兵士達もまた水底に引き摺り込まれて行く。
「ただ、怖かったのです」
 人の命がどれほど儚いものか、よく存じておりますから。
「…ハイオルトは……真冬に多くの者が飢えに苦しみます」
 無意識に溢れた声を止められなかった。
「畑に実るものが限られ、暖を取ることもできず、弱い者から次々と、手の尽くしようもなく去ってしまいます」
 けれど砦を作らなければ。
「私は、出戻り姫と呼ばれる姫ですが」
 はっとしたように兵士長が顔を上げるのに微笑んだ。
「王に退けられたとしても、私の評価はもうこれ以上落ちません。それでも命の幾つかは助けられる、そう思いました」
 すぐに返されることがわかっておりますゆえ。
「王に進言いたしました」
 失うものなど何もない。
 ただ次の王に出向くだけのこと。
「シャルン妃、シャルン妃…っ」
 兵士長が堪えかねたように頭を下げて呻く。
「私の子どもはあの時より二人増えました、親馬鹿だとお笑い下され、元気で賢い双子でございます」
 苦しげに言葉を切って、やがて思いつめたように吐いた。
「あなたがくださった命です!」
 兵士長の声に、周囲に立っていた兵が次々と跪いた。
「ラルハイドの兵は全て、あなた様のことを存じております」
 兵士長の声に誰も異論を唱えない。力を得たように、高らかに兵士長が寿いだ。
「御成婚を心よりお慶び申し上げます!」
「お慶び申し上げます!」
 唱和する兵の声が響き渡り、驚いた鳥が梢から飛び立つ。
 ふいにレダンが身動きした。
 凍りついたような顔で、跪く兵士達を眺めながら拳を静かに握りしめるのが見えた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ひみつの姫君  ~男爵令嬢なのにくじ引きで王子のいる生徒会の役員になりました!~

らな
恋愛
男爵令嬢のリアはアルノー王国の貴族の子女が通う王立学院の1年生だ。 高位貴族しか入れない生徒会に、なぜかくじ引きで役員になることになってしまい、慌てふためいた。今年の生徒会にはアルノーの第2王子クリスだけではなく、大国リンドブルムの第2王子ジークフェルドまで在籍しているのだ。 冷徹な公爵令息のルーファスと、リアと同じくくじ引きで選ばれた優しい子爵令息のヘンドリックの5人の生徒会メンバーで繰り広げる学園ラブコメ開演! リアには本人の知らない大きな秘密があります。 リアを取り巻く男性陣のやり取りや友情も楽しんでいただけたら嬉しいです。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...