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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

7.軍旗と共に(2)

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「カースウェル王国、レダン王のご一行でございますか」
 侍従伝えに問いかけてきた相手は、煌めく鎧に身を包んでいた。猛々しく見えないのは、その鎧が戦闘用のものではなく、見事な細工を施され、繋ぐ革紐も巧みな飾り結びがされ、あからさまに儀典用として仕上げられていたからだ。
 出迎えを許し、馬車の側までやってきた兵士長の顔にシャルンは目を見開いた。
「あなたは…」
「…はい」
 馬を降り、深々と礼を取った相手は嬉しそうに笑った。
「覚えて頂いていたとは。光栄に存じます」
「どういうことだ」
 鋭いレダンの口調に、兵士長はなお深く頭を下げる。
「かつてティベルン川流域において、築城と守護を任されたものでございます」
「…ああ」
 意表を突かれたようにレダンが前のめりにしていた体を引く。
「シャルン妃がめでたくカースウェルの王妃となられ、我が国をご訪問下さると聞かされ、配下共々お待ち致しておりました。お迎えを志願し、王より命を受けました」
「…ティベルン川の築城はなくなったと聞いたが」
「少し離れた場所へ。後ほどご案内させて頂きます」
 レダンの確認に、相手は穏やかに頷く。それから低く、誰にも聞こえぬほどかすかな声で、
「あの場所にあっては、我らは妻子の元に戻れぬと覚悟いたしておりました」
 問いかけるようにレダンが振り向くのにシャルンは頷く。
「…難しい川だと聞いたのです」
 ハイオルトとザーシャルの国境を為すティベルン川は、上流においては氷のように冷たい水で草木を萎えさせる。カースウェルとラルハイドあたりになると、勢いを増し岩を砕き、気まぐれに進路を変える暴れ川だ。
「ハイオルトにおいても、恵みの川であるよりは、国境の護り手として祀られるほど」
 それがラルハイドではどう扱われているのかは興味があった。
 王に振り向かれもしないシャルンを哀れんだ兵士達が話しかけてくれた温かさ、いきなり連れて行かれ、この地に砦を築き、あなたはそこで未来永劫一人で暮らすのだと知らされた時の竦むような感覚などが蘇って、シャルンは一瞬口を閉じる。
「…あなたは自分の身も顧みず、王に築城を思いとどまるよう訴えた、と」
 レダンが兵士長を見下ろしたまま呟き、シャルンは我に返って首を振った。
「怖かったのです、陛下」
 ただ一人、濁流に飲み込まれて行くならまだしも、鍛え抜かれ自分に優しくしてくれた兵士達もまた水底に引き摺り込まれて行く。
「ただ、怖かったのです」
 人の命がどれほど儚いものか、よく存じておりますから。
「…ハイオルトは……真冬に多くの者が飢えに苦しみます」
 無意識に溢れた声を止められなかった。
「畑に実るものが限られ、暖を取ることもできず、弱い者から次々と、手の尽くしようもなく去ってしまいます」
 けれど砦を作らなければ。
「私は、出戻り姫と呼ばれる姫ですが」
 はっとしたように兵士長が顔を上げるのに微笑んだ。
「王に退けられたとしても、私の評価はもうこれ以上落ちません。それでも命の幾つかは助けられる、そう思いました」
 すぐに返されることがわかっておりますゆえ。
「王に進言いたしました」
 失うものなど何もない。
 ただ次の王に出向くだけのこと。
「シャルン妃、シャルン妃…っ」
 兵士長が堪えかねたように頭を下げて呻く。
「私の子どもはあの時より二人増えました、親馬鹿だとお笑い下され、元気で賢い双子でございます」
 苦しげに言葉を切って、やがて思いつめたように吐いた。
「あなたがくださった命です!」
 兵士長の声に、周囲に立っていた兵が次々と跪いた。
「ラルハイドの兵は全て、あなた様のことを存じております」
 兵士長の声に誰も異論を唱えない。力を得たように、高らかに兵士長が寿いだ。
「御成婚を心よりお慶び申し上げます!」
「お慶び申し上げます!」
 唱和する兵の声が響き渡り、驚いた鳥が梢から飛び立つ。
 ふいにレダンが身動きした。
 凍りついたような顔で、跪く兵士達を眺めながら拳を静かに握りしめるのが見えた。
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