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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

7.軍旗と共に(1)

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「軍旗と共に、かくあらん!」
「軍旗と共に、かくあらん!」
「我らは永遠に忠臣なり!」
「我らは永遠に忠臣なり!」
「ラルハイドに栄えあれ!」
「ラルハイドに栄えあれ!」
 レダンに並ぶシャルンの前を、甲冑鎧を煌めかせ、勇ましく声をあげながら、手足を揃えて軍隊が行進する。
「カースウェルの王に敬礼!」
「カースウェルに栄えあれ!」
「カースウェルの王妃に敬礼!」
「カースウェルよ永遠なれ!」
 二人の目の前を通り過ぎながら、軍隊は一斉にこちらを見上げ、片腕で胸をどんどんと叩いて唱和する。
「シャルン王妃」
 隣に座っていたバックル・ラルハイド・シトラドル王が誇らしげに囁きかける。
「どうぞお手を振ってやって下さい。皆、あなたの微笑みを待ち望んでおります」
「……」
 に、にこり、といささか引きつった笑みを浮かべて片手を上げてみると、兵士達が堪え切れないように声を上げた。うぉおおおと地鳴りのように響く声に、バックルは満足げに頷き、レダンはますます表情をなくす。
「……」
 夫の厳しい横顔を盗み見ながら、シャルンは小さく溜め息をついた。
 一体どうしてこんな事態になってしまったのか……。

「あら…」
 レダンが床に伏し同衾しなくなって数日、ルッカに渡された例の媚薬をようやく改めて手に取ろうとして、シャルンは戸惑った。
「…ない…?」
 呟いて、事の重大さに気づく。
「え…えっ…?」
 確か枕元の小机の隅に置いていた。何度か出入りするルッカの物言いたげな視線の意味もわかっていたが、今更手に取ることもできず、放置していたのは事実だ。
「どうしてないの?」
 落としてしまったのか、それとも部屋のどこかに紛れたのかと探してみたが見当たらない。
 ルッカはもちろん、部屋に出入りする女官達も信用のおける者ばかり、シャルンに黙って部屋のものを移動させたり、ましてや持ち去るはずもない。
 けれども現実に、焼き物の小瓶はどこにもない。
「どうしましょう…」
 シャルンを案じて準備してくれたルッカ、ましてやこの部屋に出入りする可能性のあるレダンやガストにも、モノがモノだけに尋ねることさえできない。
 床からようやく起き上がれたと医師から知らされ、朝食の後にいそいそと出向いたシャルンを出迎えたレダンは、ひどく窶れた顔をしていた。それでも、心配をかけて済まなかったと詫びてくれ、シャルンもご回復されてようございました、と応じるのが精一杯だった。
 そうこうしている間に今度はラルハイドへの出国の準備に追い回された。特に今回は城だけではなく、軍事演習場に出向くことも聞かされて、そのためのドレスの発注や支度に忙しく、ステルン王国でのことをレダンと詳しく話し合うこともなく、カースウェルを出国した。
 考えてみれば、向かう馬車の中でもレダンは黙りがちだった。
 この前の時は公式な他国での舞踏会を不安がるシャルンを気遣って、あれやこれやとステルン王国の歴史や珍しい出来事を話してくれ、不安を和らげてくれたのに、今回は、微笑みはするが、時折何か考え込むような視線を窓の外に向けることが多く、シャルンを碌に見つめることもなかった気がする。
 私、何かご不快になることを致しましたか。
 尋ねたいのは山々だけれど、ステルン王国からの帰りの馬車で、訳がわからないことをレダンに訴えのはシャルンだった。
 愛想を尽かされても仕方ない振る舞いだったのかもしれない。
 嫌われることに慣れた心は、すぐにそちらへ傾いていく。
『…なくなっていない…全部、あなたの中にある………そうでなければ、あなたが俺の腕の中にいるわけがない』
 甘い声が耳の奥に響いている。
 傷ついた過去を優しく包む、絹糸のように繊細な口調。
『そういうのもあり、にしてくれ、シャルン』
 あれはシャルンを望む声だと思ったのだけど、本当はそうではなかったのか。
 あの腕にすぐに甘えなかった、シャルンの頑なさを詰っていたのか。
 だから、伝わらない気持ちに苛立ち、風邪など引いたことがないというレダンが床に伏してしまうようなことになったのか。
 不安に口を噤むシャルン、相変わらず他人事のように窓の外を眺め続けるレダン、重苦しい雰囲気のまま馬車がラルハイド国境を越えて、兵士達と出会った。
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