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無口ワンコ書記
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しおりを挟む【あおいside】
昨日、花園くんに物凄く怒られた。
もう猫さんにも会うなと言われたし…中庭に勝手に一人で行くなとも言われたけど…本を忘れてきてしまった。
大切な本なので花園くんには申し訳ないけど本を取りに行くことにした。
だけど、ベンチに置いてたはずの本が無かった。
中庭は人通りも少ないって聞くし…そのまま置いてあると思った。
どうしようと困っているときにあの猫さんがきた。
花園くんに会うなと言われたけど、でもこんな可愛い猫さんを無視することなんてできない。
もしかして花園くんは猫さんが苦手なのかな?
だとしたら、猫さんに会うなと言った意味がわかる。
はぁ、僕って約束も破ってダメなやつ…。いろいろ猫さんに話しかけていると、おい、と誰かの声が聞こえた。そこにいたのは生徒会の書記さんだった。僕は突然なことに戸惑って顔を合わせることができなかった。すると、書記さんは『ラブ』と猫さんに向けてそう言った。
も、もしかしてこの猫さんの飼い主って書記さん…?
ラブって猫さんの名前ですか?と、つい、生意気に話しかけてしまった。だけど、少し間をおいた時に書記さんが僕の本を持っていると言った。
「ほ、本当ですか…っ!?」
と、素直に見つかって嬉しかった。僕は良かったと安堵した。
「だけど、ラ、ブがそ…の本を、破いて、しまった」
「え…?」
「もち、ろん…弁償する」
「へ?い、いや、だだだだ大丈夫です!べ、弁償なんてとんでもないです…っ!」
僕はすぐに断る。
猫さんが間違えて破いてしまったのだから書記さんがわざわざ弁償する必要なんてないし、そのままここに置いていた僕の責任だ。
本が見つかったのは嬉しかったけどこれは仕方がない。
「弁償、する」
「ほ、本当大丈夫です…っ」
僕は首を横に振った。忘れた自分のせいであり自業自得だ。だから、書記さんは弁償なんてしなくてもいい。…そ、それに僕といるのがなんかキツそうな感じだから申し訳がない…。
すると、書記さんはため息をつき、歩きだしてベンチに腰をおろした。
ど、どうしよ…っ。こ、こういうとき…どうすればいいんだろ…。自分の頭の回転の悪さを残念に思った。
「お前、…太郎になり、たいの?」
「っ…え?」
突然の言葉に僕はまさかまた声をかけられるなんて考えていなく、聞いていなかった。
「池照、太郎…本の主人公…、なりたい、わけ?」
池照…太郎……?何だろうと戸惑ったが思い出した。あの本の『勇気で強くなる』に出てくる主人公の名前だ。
「え、えっとその…」
なりたいなんて言ったら…身の程を知れとか言われるのかな…。いろいろ考えてぐちゃぐちゃになる。で、でも憧れているのは本当だし…どうすれば…。
あっ。
「あ、あのっ」
「?」
「も、もしかして、しょ、書記さんもその本読んだことあるんですか…?」
恐る恐る緊張しながら尋ねてみると、『小さい頃に』と頷いた。
そ、そうなんだ…っ、僕以外にもあの本読んでる人いたんだ。
「お、面白いですよね…あの本」
「…ふつう」
「あ、そ、そうですよね…。で、でも僕…主人公に憧れてます…勝手ながら」
「うそ。…面白、いよ」
っ!ふわっと、書記さんが今笑ったように見えたけど気のせいだよね。
「ほ、本当ですか!?よ、良かったです」
自分があの本を書いたわけでもないのに面白いと言われて嬉しかった。こういうのって…共感する人がいるってことの嬉しさなのかな…?わからない。でもまさか、書記さんと本の話をするなんて考えもしなかった。
「憧れ、て…るんだ」
「は、はい…っ。でも、僕なんかが憧れても…変ですよね」
はははっ、と笑う。
「…別、に」
「…え?」
今、なんて…きっと変だと言われると思っていたので予想外のことに驚いた。
「お前み、たいな…嫌われ者で…地味なやつ…があの主人公に、憧れて、るイメージ、つく」
これは別に変じゃないって言ってくれてるのかな…?…だとしたら嬉しいな。
ぼ、僕みたいなダメ人間でも…憧れてもいいんだと言ってくれてるように思えた。
「あ、ありがとうございますっ…」
「お礼、言われる…こと言ってないけ、ど?」
「あ、ごめんなさいっ!つ、つい嬉しくて…すみません」
何意味わからないことを言ってしまったんだ…。でも、嬉しく感じたのは嘘じゃない。
「…変な、やつ。…あっ。ラブ、が来ない…」
書記さんは、僕の手を舐めている猫さんを見て寂しげにそう言った。やっぱり、この猫さんラブって名前なんだと確信した。
「あ、あの…この猫さん、書記さんが飼っているんですか…?」
そう聞くと、書記さんは小さく頷いた。
「そうなんですか…。珍しいハートの形の模様があって…それに人懐っこくて可愛い猫さんですよね」
僕が触っていいのか分からなくてとりあえず猫さんを書記さんのとこに来させるように『おいで』と言いながらベンチの方まで誘導させた。
「…人、懐っこ、くない…」
「え?」
誘導させて書記さんの近くに来させた猫さんを抱き上げてそう言った。
「お前、と俺…だけ、なつい、てる」
「そ、そうなんですか…?」
信じられない。こんな愛嬌のある猫さんなので人懐っこいと思っていたけど違うと聞いて驚いた。
「あ。明日の、放課後、ここ…来て」
「へ?」
「本の、弁償」
「そ、そそそれは本当に大丈夫なんで…もう全部読み終えましたから…」
何度も読み返してる本だから内容もよくわかる。
「…じゃ、じゃあ…その作者が…書いた本、あげる」
「え…?」
「あげる、」
「だ、だだ大丈夫ですよ!そ、そんな…っ」
僕なんかにそこまでしなくても大丈夫…
「あげ、るから」
「あ、あの…っ」
書記さんは猫さんを大事そうに抱いてそのまま行ってしまった。ど、どうしよう…。そんなことまでさせてしまうなんて僕のばか…。
い、今さらだけど…本や猫さんの話にのめり込んでいたせいか僕といて、書記さん気を悪くしていないだろうか。確信に近いけど、僕嫌われてるから絶対気分を害してしまっている…。
そう心配になって明日きちんと謝り、本のことは自分の不注意だから大丈夫ですと言わないといけないと思った。
────
──────
次の日。
学校が終わって放課後になった。僕は鞄を持ち、教室から出て歩いていたら花園くんの声が聞こえてきた。
「あおいー!今から、学校出て遊びにいこうぜ!!」
花園くんは顔をキラキラさせながら誘ってきてくれた。
「い、今から…?」
「そうだ!!ま、まあ、あれだよ…デ、デートってやつ…!もう俺からこんなこと口に出させるな!」
花園くんはフイッと顔をそらし口を尖らした。
「ご、ごめんね…。あ、あの…でも外出って休み以外…出たらだめなんじゃ…?」
確か規則にそう書いてあったような…ないような。曖昧にしか覚えていないからわからない。
「そうなのか?でもそんなの守らなくても俺たちの愛には敵わないんだから大丈夫だぞ!」
花園くんはそう言って、僕の腕を掴み『出発~!』と言った。
「あ…っ花園くん!ま、待って。きょ、今日はちょっと…」
花園くんの足がぴたっと止まった。
今日は昨日、書記さんが放課後にあの中庭に来て言われたからだ。僕なんかが無視するようなことなんてできない…。それを話してしまうと中庭に行くなという花園くんとの約束を破ったことになり、怒らせてしまうかもしれない。
全部、僕が悪い…。
顔をうつむけていると、近くの壁にドンと勢いよく背中がついた。
は、花園くん…?
「……それってさ、俺より大事な用事があるっていうこと?」
冷たい表情に低い声。さっきまでのキラキラした顔が嘘のように消えていた。
ど、どうしよう。僕がこんな顔させてしまった…。
せっかく誘ってきてくれたのに、顔がまともに合わせられない。
それにうつむきなんて言ったらいいか言葉が見つからなかった。
「…ねぇ、ちゃんと目ぇ見てよ」
「あ、あの…っ、」
グイッと顎を上げられ、花園くんと目が合う。
大事な…って言われてもわからない。花園くんには何から何まで助けられている。花園くんが転校してきてクラスからはパシられたり暴力はなくなった。それなのに、僕は…。
黙っている僕に痺れを切らしたのか、花園くんは僕の腕を掴んで歩き出した。
「は、花園くん…っ!?ど、どうしたの…っ」
声を後ろからかけても返事がなく反応してくれない。そのまま花園くんに手を引かれて連れてこられたのがトイレの個室。二人入れるほどの広さなので狭くはないけど…ど、どうしたのかな…。
「あおい。そっちに座って」
やっと声を発してくれた花園くんはあまりに冷たくて怖かった。
「え、…は、花園くん?」
僕は戸惑い、花園くんの顔を見て問いかける。
「いいから座ってよ」
花園くんは、蓋をされた便器を指差しそこに座ってとだけしか言わない。よくわからないけど言われた通りに座った。
「な、なに…?」
なぜ、ここに連れてこられたのか謎で首を傾ける。
「もう一回言うけど、今から遊びに行こうぜ!」
僕の肩に手を置き、花園くんはいつもの口調に戻っていた。い、今から…。
「ご、ごめんね…。こ、今度じゃだめかな…?」
本当に申し訳ない気持ちで一杯で恐る恐る花園くんの顔を覗いた。特にさっきみたいに怒ってるって感じはしなかった。
よ、かった…。
そう思ったのも束の間、
グイッ!
「……ッ!?」
ビリッと電気が走ったように首筋に痛みを感じた。急なことで頭が回らなかったけど冷静になってみると、花園くんが僕の首に顔を埋めてそこを赤く歯形がつくまで強く噛んでいた。
──い、痛い…っ。
そして、漸く痛みから解放されペロっと最後に噛まれたところを舐められた。
ビクッと震える。
「ど、どうして…こ、こんなこと…」
声まで震えていた。花園くんは、真剣な顔からぱあっと明るくなる。
「あおいごめんな…。こ、これはあれだよ!あおいを守るためのおまじないみたいなものだ!!」
え?
「お、おまじない…?」
「そ、そうだぞ!でも痛かったよな?悪かった!」
守るための…おまじない。花園くんは僕が知らないことを何でも知ってるんだなぁ…。痛かったけど大したことじゃないし、
「だ、大丈夫だよ?そ、そのおまじないだっけ…?ありがとう…」
「おう!あっ仕方ないけど、遊ぶのはまた今度な。一人で行ってくる!ちょっと買いにいきたいものあるし」
「う、うん。本当にごめんね…」
でも遊びに誘ってきてくれて嬉しかった。
「謝ったから許してやる!じゃあまた今度絶対遊ぼうぜ!!」
「う、うん!ぼ、僕なんかでよければ…!」
そう返事をすると『絶対な!』と言って花園くんは元気よくトイレの個室から急ぎ足で出ていった。
花園くんって本当誰に対しても優しい。裏表なく僕なんかにも接してきてくれるし、とても良い人だ。あぁ、ど、どどどうしよ。外で遊ぶなんていつ振りかな。と、友達と…は、初めて遊ぶ約束をしてしまった。…嬉しい。勝手に口元が緩んでしまうのをすぐさま押さえた。普段慣れないことに、どう表したらいいかわからない。
それから僕はトイレから出て、少し首に痛みを感じながらそのまま中庭へと直行した。
────
──────
……。
中庭に足を運ぶと、書記さんの姿はなくその代わりに猫さんがいた。
「ニャー」
「こんにちは」
僕は膝を折り、腰を下ろししゃがんで、猫さんを撫でる。すると、そこに誰かの足音が聞こえ、目を向けると書記さんが立っていた。僕は立ち上がる。
「…これ。は、い」
書記さんは来るなり、手に持っていた本を僕に渡してきた。
「え、えっと…これって…」
「昨日、言ったや、つ」
「え!?そんな恐れ多いです…。ほ、本のことは自業自得なんで本当大丈夫です!」
僕は本を返そうと差し出すが書記さんは受け取ってくれない。
「じゃあ、…いら、ないから、貰って」
「…え?」
「お前に、貸し…作るみたいで、嫌」
「で、でも…」
か、貸しなんて…そんなとんでもない。でも貰ってと言っている相手をこれ以上断ることなんて…。ぼ、僕なんかが頂いていいのかな…。
本を見る。本当に僕が持っていた本と同じ作者が書いた作品だった。
「貰わない、んだったら捨てる」
「え!?…」
「どう、する」
書記さんは半分呆れたように言った。
す、捨てるなんて、できない。もう選択肢はひとつしかなかった。
「も、貰います…っ。ご、ごめんなさい。……ほ、本、ありがとうございます」
大切にしますね、とお礼の気持ちを込めて言った。
「大した、ことじゃない。お前に貸、しを作り…たくな、かっただけ」
すぐに書記さんはフイッと顔をそらした。
棘のある言葉に見えるけど、書記さんって
「優しい人ですね」
あっ。つい、生意気に口走ってしまった。今さら口を押さえても遅い。
「は、はぁ…っ!?」
書記さんは大きく反応し目を見開き、心なしか顔が赤くなった。
うわあ。
「ご、ごごめんなさい…っ!」
ど、どどどうしよう怒らせてしまった。
僕なんかの分際で何勝手なことを…。ぎゅっと目を閉じて身構える。口から思わずこぼれてしまった。で、でも優しい人だと思ったのは嘘ではない。頭を下げて謝っていると、数秒経ってから
「べ、別に…怒ってないから、謝らなくて、いい」
「え…?」
返ってきた言葉は、予想とは違っていて驚いた。きっと、僕ごときが何言っているんだと言われると思ったから…。
「その代わり、その本、…ちゃんと、読め、よ」
「え、あ、…はい!も、もももちろんですっ」
頂いた本を大事に胸に抱き寄せて包んだ。う、嬉しいなぁ…。もう一度、本の表紙を見てみる。『仮面ヒーロー』というタイトルで表紙にはマントを纏った少年が仮面を被っていて面白そうな本だった。
表紙に釘付けだった僕に書記さんが『なあ』と声をかけてきた。
「?」
「…お、俺が聞くのも、あれだけどさ…お前…いじめら、れてたのに、怖く、ないわけ?」
俺といて、と付け加えた。
「え?」
「普通…怖い、だろ」
書記さんは猫さんを撫でるのをやめ、僕の方向に顔を向けた。
「え、えっと、その…」
僕は何も言えなかった。正直に言っていいのかわからなくて上手く言葉が出ない。
た、確かに最初は怖かった。僕なんかが顔を出して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
まさか、書記さんに話しかけられて本まで頂くなんて想像もしていなかった。
だけど、この短い時間で書記さんは猫さんに対する優しさやこんな僕に本までくれる良い人だということがわかった。
だから、
「さ、最初は、少し…そう思いましたけど、で、でも!実際そうじゃなくて…書記さんと話してみてみると、優しくて素敵な人だと思いましたっ。ああ、えっと僕なんかが勝手なことを言っているのわかっています、ごごごめんなさい!!」
でも素直に思っていることを伝えたい。
「ふっ」
「え?」
すると、書記さんが口を押さえて笑っていた。ぼ、僕なんか笑われること言ったっけ…?
「お前、…謝りすぎ」
「え!す、すみません」
「ふふっ。また」
「あっ」
謝るのが僕の癖になっているせいか、すぐにそれが出てしまう。
「…でもさ、そう言ってくれて、ありがと」
「え?」
い、今…ありがとうって言われた?
「何、そんな…驚、いてんの」
書記さんはそう言って、またクスッと笑った。
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