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第307話 社屋解体

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 古山建設の警察沙汰から約一か月が経過した。
 佐野もすっかり橋本建設の社風になじみ、主任として、ユキの現場で仕事に精を出している。
 まだ試用期間は終わっていないが、以前のように、いつ能力不足で解雇されるかなどと考えて、ビクビクするようなことはなくなった。
 それは佐野の心の中で、古山建設が過去のものとなったからにほかならない。
 あの日、ユキが古山建設の社員用玄関で、『今日限りで完全にこの会社から縁を切れ。未払い賃金も、濡れ衣も、悔しいだろうが心の中からぶっ飛ばせ。そして、次に進むんだ』と、佐野と鈴木に言ったのも理由の一つだが、このほかにもう一つ、物理的な事柄もあるからだ。
 古山建設が倒産したのだ。
 これを佐野達が知ったのは、今から二週間前のことである。
 その日、佐野とユキがいる現場事務所へ、建物を解体する業者が打ち合わせに来た。
 この会社の担当者が雑談の際に笑い話として語ったのが、『古山建設の社屋の解体』である。
 もちろん担当者は、佐野がそこの元社員であることは知らない。また、同席しているユキや事務所内の技術者達も、あえて言わなかった。
 話が面倒になることと、担当者が佐野に気をつかって、建物解体への経緯やその内容を詳しく説明してくれなくなるのを避けるためである。
 加えて、佐野も同様の理由で前職を明かさず、しかも興味津々といった表情で、ユキと一緒に担当者へ経緯を事細かに語るよう、さりげなくうながす。
 というのも、精神的に古山建設とは縁を切ったとはいえ、所在地へ行けば建物があり、星崎達もそこに存在している。
 なので、鬱積が完全に消えたとは正直言い難い状況であるからだ。
 よって、佐野を筆頭に、現場事務所にいる橋本建設の社員全員が、過去に散々迷惑をかけられたブラック企業のなれの果てを知りたくて、この社屋解体話に食いついたのであった。




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