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第35話 その理由が微妙すぎる

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「担当現場は基本的にはここだ。でも、ほかの現場も掛け持ちする。期限は未定だ」
 ユキが、あっけにとられている佐野へ説明する。
「掛け持ちは主に昨晩の現場と、例のシュレッダーにかけられた図面の書き起こしだ。あの現場は工期が迫っているし、シュレッダーの現場も、そのせいで工程が大きくずれ込むおそれが出てきたからだ。で、施工以外の机上作業はここでする。ケイの上司も俺がいるからもう来れまい。それでも来たら、どやして追い払うまでだ」
 ユキは肩をそびやかし、鼻を鳴らす。
「あの……なぜでしょうか。うちの会社、すでに下請リストから外されても文句が言えないくらいの失態をしているんですが」
「それはだな、ぶっちゃけ、技術者不足だ。古山建設さん以外の下請業者は別のゼネコンにとられて全員出払ってるんだ」
「ああ……やっぱり」
 しくじり多発の会社なんか使いたくないもんな。
「では当社からは僕のほかにも来るんですか」
「いや、ケイだけだ。足下を見やがって、新規契約の見積金額を二倍にしてきたから、こっちから断った」
「二倍に!?」
 佐野は目をむく。
「頻繁に施工ミスをする作業員をそんな金額で契約する気はさらさらないからな。ちなみにケイは継続なので日数が増えるだけだ」
「……そうですか」
 値上げは間違いなく星崎の仕業だ。ここで一気に利益を上げて自分の株をアップさせる腹づもりなのだろう。
 がめついを通り越して、ただの恥知らずになっている。飲み屋の女を事務員と偽って連れ回しているうえに、その女が現場事務所でとんでもないことをしでかしても意に介さない。
 星崎や社長達は、元請の橋本建設がどんな目でうちの会社を見ているのかなんて考えたこともないんだろうな。佐野は顔をしかめて視線を落とす。
「あ! 言っておくが決して安いからって、ケイを継続させたんじゃないぞ。ケイはミスをしないし、勤務状態も優良だ。なので継続させたんだ。ホントだぞ」
 ユキが慌てて補足する。佐野が表情を曇らせている理由を勘違いしているのだ。
「ありがとうございます。今後もご期待にそえるよう努力します」
 できれば恋愛の方も『ご期待にそえたい』のだが。
「うん、がんばれよ」
 佐野の切実な願いなど微塵も知らないユキは笑顔でうなずく。
 まあそれはしかたがないとして――佐野は気を取り直し、頭の中を整理する。
 ひとまず契約続行の経緯は理解した。年末年始返上についてはユキと一緒なのでうれしい限り。さらに期限が未定なのも喜ばしい。
 でも、ユキの言う『色々』な理由が微妙すぎる。本当に大丈夫なのか。うちの会社は。
 佐野は紙コップの底でまだら模様に乾くコーヒーの染みを眺めながら、一抹の不安を感じるのだった。
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