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第20話 すべてぶち壊し
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二人は現場事務所へ戻り、それからは技術者達と施工や資材確認などで各々忙しく動き回った。十六時を過ぎた頃には陽も暮れて、全員が事務所で施工写真の整理や図面の作成などを始める。これは今夜の夜間作業に向けて体力を温存させるためでもあった。
そんな中、窓際の席で作業をする佐野は車が進入してくる気配を感じる。タイヤがギシギシと雪を踏みしめる音と、ヘッドライトの強い光がカーテン越しに反射する。
「誰か来たみたいです。資材会社の車でしょうか」
佐野がユキに言う。
「資材? 注文したものは午前中にみんな届いてるぞ」
技術者達も首を傾げる。
車のドアが二回、閉まる音がした。
「えーっ? ホントにいいんですかあー?」
若い女のはしゃいだ声。
「大丈夫、大丈夫。うちの社員のふりしてればバレないよ」
浮ついた男の声が続く。
現場事務所は簡素なプレハブ小屋。外の会話は筒抜けだ。
「誰だ? 誰が来たんだ?」
外の会話にユキと技術者達は大いに訝る。だが一方で佐野の顔色はみるみるうちに青ざめる。星崎だ。何の用だ。しかも社員以外の女連れ。
「すみません! ちょっと失礼します」
佐野は顔をこわばらせ、防寒ブルゾンを抱えて玄関へと走る。
「おいっ、佐野さん!」
状況がつかめないユキが呼び止める。
「申し訳ございません! すぐ戻りますので!」
絶対に事務所へは入らせない。慌ただしくブルゾンと長靴を身につけながら大急ぎで外に出た。
「おう。佐野、ちゃんと真面目にやっとるか。明日でこの現場、終わりだろ? だから挨拶に来たんだ。この気遣い、ありがたく思えよ」
星崎がご機嫌な面持ちで得意げに鼻で笑う。隣には一目でキャバクラ従業員とわかる若い女が立っている。
「……ありがとうございます。それであの、後ろの方は」
「レイナちゃんだ。このあと一緒に飯食って、この子の店に行くんだ」
つまり同伴出勤。でもまだ就業時間じゃないか。
「はじめまして。ラブリーバタフライのレイナでえーす」
女は下着のようなミニのワンピースにフリースの上着姿。わざと胸元の谷間を見せつけるようにお辞儀する。これでうちの社員のふりをするつもりらしい。どういう神経してるんだ。
「はあ、どうも」
「今度、お店に来て下さいねー」
悪びれる様子もなく媚びた上目づかいで小首を傾げる。貧相な金髪のロングヘアーと真っ黒いカラーコンタクト、派手なアイメイクが防犯用の投光器の光で不気味に浮き上がり、さながら爬虫類のようである。しかも香水がきつくて鼻がどうにかなりそうだ。甘ったるいムスク系。屋外でこんなに臭うなら、室内であれば失神ものだ。しかし星崎は平気らしく、下心丸見えの表情で女を見ている。
何考えてるんだ。佐野は憤慨を通り越して情けなくなった。キャバクラの女の子と同伴出勤ついでに現場ご挨拶? ふざけるな。こんなのユキに見られたら、自分の努力は水の泡。たとえ花壇のよしみであっても下請リストから瞬時に外されてしまう。最悪、星崎と類友だと思われて縁を切られるおそれもある。
だめだ、この会社、終わってる。佐野の昼間の決意は今や風前の灯火。星崎によってすべてがぶち壊されようとしていた。
そんな中、窓際の席で作業をする佐野は車が進入してくる気配を感じる。タイヤがギシギシと雪を踏みしめる音と、ヘッドライトの強い光がカーテン越しに反射する。
「誰か来たみたいです。資材会社の車でしょうか」
佐野がユキに言う。
「資材? 注文したものは午前中にみんな届いてるぞ」
技術者達も首を傾げる。
車のドアが二回、閉まる音がした。
「えーっ? ホントにいいんですかあー?」
若い女のはしゃいだ声。
「大丈夫、大丈夫。うちの社員のふりしてればバレないよ」
浮ついた男の声が続く。
現場事務所は簡素なプレハブ小屋。外の会話は筒抜けだ。
「誰だ? 誰が来たんだ?」
外の会話にユキと技術者達は大いに訝る。だが一方で佐野の顔色はみるみるうちに青ざめる。星崎だ。何の用だ。しかも社員以外の女連れ。
「すみません! ちょっと失礼します」
佐野は顔をこわばらせ、防寒ブルゾンを抱えて玄関へと走る。
「おいっ、佐野さん!」
状況がつかめないユキが呼び止める。
「申し訳ございません! すぐ戻りますので!」
絶対に事務所へは入らせない。慌ただしくブルゾンと長靴を身につけながら大急ぎで外に出た。
「おう。佐野、ちゃんと真面目にやっとるか。明日でこの現場、終わりだろ? だから挨拶に来たんだ。この気遣い、ありがたく思えよ」
星崎がご機嫌な面持ちで得意げに鼻で笑う。隣には一目でキャバクラ従業員とわかる若い女が立っている。
「……ありがとうございます。それであの、後ろの方は」
「レイナちゃんだ。このあと一緒に飯食って、この子の店に行くんだ」
つまり同伴出勤。でもまだ就業時間じゃないか。
「はじめまして。ラブリーバタフライのレイナでえーす」
女は下着のようなミニのワンピースにフリースの上着姿。わざと胸元の谷間を見せつけるようにお辞儀する。これでうちの社員のふりをするつもりらしい。どういう神経してるんだ。
「はあ、どうも」
「今度、お店に来て下さいねー」
悪びれる様子もなく媚びた上目づかいで小首を傾げる。貧相な金髪のロングヘアーと真っ黒いカラーコンタクト、派手なアイメイクが防犯用の投光器の光で不気味に浮き上がり、さながら爬虫類のようである。しかも香水がきつくて鼻がどうにかなりそうだ。甘ったるいムスク系。屋外でこんなに臭うなら、室内であれば失神ものだ。しかし星崎は平気らしく、下心丸見えの表情で女を見ている。
何考えてるんだ。佐野は憤慨を通り越して情けなくなった。キャバクラの女の子と同伴出勤ついでに現場ご挨拶? ふざけるな。こんなのユキに見られたら、自分の努力は水の泡。たとえ花壇のよしみであっても下請リストから瞬時に外されてしまう。最悪、星崎と類友だと思われて縁を切られるおそれもある。
だめだ、この会社、終わってる。佐野の昼間の決意は今や風前の灯火。星崎によってすべてがぶち壊されようとしていた。
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