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第8話 穴があったら入りたい

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「はい、毎度様です……ええ、大丈夫です。今、事務所で休憩中ですから」
  電話の先は仕事関係らしい。
「いいえ、全くそんなことはありません。はい……はい」 
 相手は一方的に喋っている。あいづちを打つユキの表情が次第に険しくなってきた。別の現場で何か問題でも発生したのか。佐野と技術者達は普通ではない空気を察してユキを見る。
「すみません、お話の途中申し訳ございませんが、今ちょっと資材が届いて荷受けするんで続きは明日の朝に……はい、では失礼します」
 もちろん資材を積んだトラックなど来ていない。そもそも今夜は搬入の予定がない。困惑する佐野達の視線のなか、ユキは憮然とした表情で通話を切り、スマホをしまう。
「だれだったんですか」
 技術者が聞く。
「何か問題でも起きたんですか」
 もう一人も聞く。
「いや、何も起きてない。大丈夫だ。佐野さんのところの星崎さんからだ」
「え!」
 佐野がギョッとする。
「しかも酔っ払ってる。本人はまともに喋ってるつもりなんだろうが、まったく話にならん」
「うわあ……」
「スナックとかキャバレーみたいなところからかけてきたみたいで、女の笑い声とかカラオケらしき下手くそな歌声が聞こえてな。だから適当に言い訳して切ったんだ」
 佐野の背中に冷や汗がドッと吹き出す。今夜は工事部のクリスマスパーティー。時間からして二次会だ。きっと星崎の行きつけのスナックだ。そこから部下を気遣うていで電話をしてきたのだ。あの男は自分のバックに社長と取締役がついているから今や天下無敵でなにも怖いものなどないのだろう。
「申し訳ございません!」
 佐野は顔を真っ赤にして、ユキへ深く頭を下げる。
「いやいや、佐野さんが謝ることじゃないよ。でも話には聞いていたけどすごい会社だな。古山建設さんって」    
 ユキが苦笑する。 
「実は俺達、古山さんを下請にするのは初めてなんだ。ほかの部署ではかなり使っているけどな」
「そうでしたか――あの、それで電話の内容は」
 おずおずと顔を上げ、ユキに聞く。
「佐野さんは現場でちゃんと使えているかって。けどあれは心配というより、とにかく俺に佐野さんをぶん殴らせたいのが見え見えだ。この現場の打ち合わせの時も同じこと言っててな。名刺には係長とあったが、なんなのだ、あの星崎って男は」
「野蛮――いえ、豪快な上司で」 
 佐野の露骨な言い換えに技術者達は失笑する。でもユキは笑わない。
「そうか、わかった。とりあえず休憩はこれで終了。残りの施工、がんばろう」
 助かった。佐野は胸をなで下ろし、これ以上深く突っ込まないでくれたユキに感謝する。同時に星崎へは激しい憤りをいだく。
 けれど一番腹が立つのは、星崎へ面と向かって反撃する勇気も根性もない、やられっぱなしの自分であった。
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