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第一章 再誕者の産声
再誕者の産声
しおりを挟むプラズマ製の白いヴェールが晴れる。
その瞬間が一番恐ろしかった。
物理学は、次元の狭間に、虚無の海があることを予測している。
まだ人類はこの領域を観測してはいない。
だが、そこが良い場所じゃないことくらいはわかる。
人類が侵してはいけない規制線の向こう側だ。
虚無の海にはなにもない。
それは文字列のならぶ紙面上の余白と同じだ。何かが存在する余地がまるでない。
ひたすらの虚空。光も音も反射してかえってくることはない。だから、なにも見えない。なにも聞こえない。刺激ゼロのひたすらの無。
星のない宇宙と形容するロマンチストもいる。俺がそのロマンチストだ。
プラズマの残照が完全に失われた。
案の定、あたりは真っ暗だった。
──失敗確定演出ですね、ノー転移でフィニッシュです
これが虚無の海か。
ほんとうになにもないんだな。
果てしない絶望に息を呑むことすらできやしない。
人類初虚無の海にやってきたというのに、全然嬉しくない。
やっぱり2%の壁に挑戦するのは無謀すぎた。
98%失敗率あるのにトレーニングさせるトレーナーくらい無謀だった。
俺は孤独に死ぬ。
すべてがここで終わる──
ん?
「────」
「──っ、────!」
すべてが零に帰着するはずだった。
なのに、何かが俺へ刺激をもたらした。
ありえない。ここは虚無の海のはずだ!
光も音も観測することはできない究極の無のはずなのに!
なのにどうして?
予想を超えた異常が起きているのか?
俺は感覚を研ぎ澄ませる。
……これは音? あるいは光? はたまた触感だろうか?
五感のどれが反応しているのか判別できない。
だが、間違いなく、外側から刺激が加わっている。
曖昧だった。
すべての輪郭が溶けて湯に流れ出したかのようだ。
「───!」
「─────────、───!!」
「──。──、────」
溶けた輪郭がふたたび一つになっていく。
失われた機能が再び息をふきかえすかのように、魂が脈を打ちはじめる。
得体のしれない刺激が強くなってきた。
決定的瞬間がそこまで迫っているような──そんな確信があった。
そして、直後、俺の体に電流がはしった。
超能力に覚醒したとき以来の、巨大な衝撃だった。
真っ暗だった視界に、光が波打つ。
霧ががかった聴覚に、音が踊りだす。
詰まった臭覚が動きだし、呼吸器系が惰眠から目覚め、世界を循環させはじめる。
全身にドッと重力を感じる。
不完全だった輪郭が完全にカタチを取り戻したのだ。
「そん、な、そんな……うわあああん……っ!」
「どうしてこんな事になったんだ……」
「これ以上の処置は無駄でしょう……息をしてません。残念ですが、あなたがたのお子さんはもう……」
「なんとか、なんとか、できないの!? こんなのってあんまりよ……! ようやく産まれてきてくれると思ったのに……っ」
「どうして俺たちの子なんだ……この子がなにをしたって言う……」
しょぼくれた視界の中には、大人が3人、なにかを言いあっている。
みんな沈鬱な表情だ。外国語を喋っているので俺には会話がわからない。
ふと、黒い髪の男と目があった。
メガネをした薄紅色の瞳の男だ。カラコンだろうか。イケメンだな。性の悦び知ってるような顔だ。死ねばいいのに。
俺はいつもの卑屈な癖で、とりあえすペコリと頭をさげる。男がイケメンだったので、本能的に負けを認めてしまっているらしい。いつも通り、ちゃんと情けない。
「…………………え?」
「ぐすん、どうしたのアディ……アーカムを見て……」
「いや……あれ…………、アーカムが、こっち見てる……」
男は俺を指さす。信じられないような顔で。
視線を真上にむければ、今度は思わず目を見開いてしまう美女がいた。
銀色の髪、水色の瞳。絶世の美女じゃ。美女が俺を見ている!?
「っ!!!!???」
銀色の美女の目元は真っ赤に腫れていた。
が、俺と目があった瞬間に、幻想的な瞳がカッと開かれる。
「生き、かえ、った……」
「生きかえった……、生きかえったわっ!!!」
「奇跡だ……っ! この子は神に愛されてる!」
「もうだめかと思ったわ、うわわあああん……っ!」
「そうだね、エヴァ。でも、俺たちのアーカムは強い子だった!」
黒髪の男と、銀髪の美女は涙を流しながら、俺にほおずりしてくる。
特に男のほうは、軽々と俺をもちあげると「アーカム、奇跡の子だ!」と、俺のわからない言葉で感涙こぼしながら何度も叫んだ。
1mmも理解が追い付いていなかった。
男は俺もちあげるくらい腕力やべえし、美女は美女だし……。
虚無の海に落ちたのに、なにを間違えればこうなる。
「アーカム! 産まれてきてくれてありがとう!」
「本当によかったわ……死んで産まれてくるなんて、きっと将来は大物になるに違いないわ!」
騒々しい外国人たちに囲まれながら俺は結論をだした。
すべての疑問に説明をつける方法はだたひとつしかない。
やはり俺は死んだようだ。まる。
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