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第一章 再誕者の産声

22世紀のコロンブス

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 あれからいくらか時間が経った。
 時計もカレンダーも視界内にはない。

 ここは1世紀以上昔の歴史的価値の高そうな屋敷だ。
 見えるのは、壁に飾られた絵画。ろうそくとかいう照明器具。
 両刃の剣や盾も壁に飾られている。

 時代錯誤もはなはだしい。博物館にいる気分だ。
 
 窓の外が明るくなってから、暗くなる。そのサイクルを数えた。
 今日で15回目だ。
 つまり、転移装置に乗せられてから2週間前後は時間が経過したとみても良い。

 混乱した現状を冷静に見つめなおし、考える時間が俺にはあった。

 思考をすこし整理してみようと思う。

 まず、前提として、俺は虚無の海に落ちてはいなかった。
 目の前に広がる世界がその証左だ。

 では、異世界転移に成功したのかと聞かれれば……それには疑問が残る。

「あうあう」
「さあ、アーク、おっぱいの時間ですよ~」
「あうあう!」

 俺が想定していた以上の展開かもしれない。
 
 何が起こっているのか……おおかた想像はつく。科学者だからな。
 想像するのが仕事みたいなものだ。
 同時に科学者だからこそまだ断言できない。
 科学者は憶測だけで物事を決めつけない。
 俺の仮説を立証するためには、よりエビデンスが必要だ。


 ───

 
 だいたい2か月経過といったところだろうか。
 体感で1日が長いような気がする。

 この頃になると、さすがに揺りカゴ生活にも慣れたものだ。
 退屈の極みにも我慢できるようになってきた。
 美女の授乳にも興奮なんてしないしね。
 なんなら「あれ、俺またなんか吸っちゃいました?」くらいの無自覚・澄まし顔で、大人しく授乳されてるまである。俺はこの技を授乳転生と呼んでいる。
 
 これまでに俺はいくつかの検証をおこなった。

「たぁ」
「なーに、アーク?」

 銀色の艶やかな髪を流した女性がこちらへふりかえる。
 なにをしていても、必ず俺のもとへやってきて構ってくれる。嬉しい。

「たあ」
「あら~そうなの~!」
「たあ、あー」
「すごい!! 今喋ったわ! アディーっ!!! アークが喋ったわ!! 絶対にいま母様って言った! この子は天才だわ!」

 俺は自分の意志で声をだせる。
 意味のない音声情報だが、だからこそ意味がある。
 俺がしゃべれば、銀髪の美女は必ず笑顔で応じてくれる。

 検証終了。
 
 この検証でわかったこと。

 1つ。俺は俺の肉体を所有しているということ。
 俺はつくられた映像を、映画を鑑賞するように見ているわけではなく、俺の意志で目の前の景色ないしは世界に干渉できる。視覚と聴覚をジャックされた仮想空間に監禁されているという線は消えた。
 
 2つ。俺が言語能力を失っていること。
 これでも日本語は理解できてるつもりだ。
 頭では文章を組み立てられるので、発声器官に異常があるのだと思う。

 3つ。銀髪の美女だが……たぶん、俺の母親だ。
 アディショナル童貞オブザイヤーでも、母親が我が子へむける愛情はわかる。
 というか、もし俺が息子じゃなかったら、逆に怖い。俺に優しすぎて怖い。

 そして、以上の事から、俺はひとつの結論をだせる。

 どうにも、俺は、俺ではなくなったらしい。
 いや、認めよう。転生したらしいとな。
 まあ……だよねって感じだ。正直言うと2か月前にうすうす気がついてた。

 俺はもう以前の脂汗曇りメガネマスク童貞36歳ではない。
 もしそうなら今、俺が揺りカゴで偉そうにふんぞりかえっている説明がつかない。発声器官が未熟な意味がわからない。美女におっぱい触らせてもらえる訳がない。普通に気持ちわるすぎだし、どう見ても性犯罪者としてフィニッシュです。本当にありがとうございました。
 
 なんとか、転生などという、バカげた話を否定しようと思った。
 だが、出てくる状況証拠は、俺が転生した以外の可能性を潰すばかり。
 
 だから、転生は確定的に明らかだと言える。

 そこまではいい。

 もうひとつ、俺には確かめなければいけないことがある。
 それはここが地球なのか、あるいは異世界なのか、ということだ。
 簡単な検証の道のりではないだろう。だが、俺は科学者として未知に立ち向かわなければならない。


 ────


 異世界でした。

 父親が魔法を使っていたからです。Q.E.D.証明終了。

 初日に俺を見ていた黒髪の性の悦びを知ってそうな顔の男。やつが父親だ。俺の女(母親です)を寝取ったやつだ。野郎ぶっ殺してやる!
 
「風の精霊よ、力を与えたまへ──≪ウィンダ≫」

 だいたい半年くらいすぎた日のこと。

 なんとなく母親と父親の言ってることが、俺にはわかりはじめていた。繰り返される単語を意識的に拾っていって、頭のなかで反復し、その時の行動と、使用者の感情を結び合わせて行ったのだ。

 じっくり観察する時間だけはあった。というか時間しかなかった。

 試しに「ま、はう!」と父親に言ってみた。半年の成果を総動員した、我が全力全開の言語力の結晶は、無事親父殿にとどいてくれた。

 たった一言お願いしただけなのに、ポンッと魔法を使ってくれた。
 
「どうだ、アーク、これが魔法だ。すごいだろう」

 我が父親は、そう言ってメガネの位置をなおして、得意げに微笑む。

 数メートル先では、風の衝撃でへし折れた植木が倒れていた。
 相当な運動エネルギーの衝突がなければ、あの太さの幹は折れまい。すさまじい破壊力だ。

 というか、まじか。勘弁してくれ。なんだよそれ。すこ。
 魔法なんて創成期からの人類の夢じゃん。人間なんてほとんど中二病なのだよ? 魔法なんて使われちゃったら好きになっちゃうじゃん。
 マジ人間の魔法への憧れは異常。数千年にわたってあらゆる物語でこすられまくってるのに、いくらでも夢見れちゃうんだから。カッコよすぎて逝きかけた。
 
「あうあう! あうあうっ!」
「そうかそうか。アークは魔法に興味があるんだな。よしよし、だとしたら、うん、いいことを考えたぞ」

 俺は高揚していた。
 
 猛烈に湧きあがるこの世界への興味。
 異世界語をわずかにでも操ったこと。

 そして、なによりも俺が新天地にたどりついた最初の地球人類だと確定したこと。

 我々は、地球の果てを旅するには遅く産まれすぎた。
 我々は、宇宙の深淵を旅するには早く産まれすぎた。
 されど、不幸にあらず。
 我々は、異世界を旅できるもっとも幸運な時代に産まれたのだから。

 祝福しよう。この偉大なる異世界転生を。
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