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228・動き出す歯車(ガルドラside)
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中央大陸――セントラルのどこかにあるとされている決闘委員会本部。そこはドワーフ・エルフの両族の手によって生み出された最新の隠蔽系の魔導具によって、巧妙に隠されていた。
決闘官のみが出入りを許されているその本部の中には、上級決闘官専用の執務室も設けられており、ガルドラはそこで怒りに震えた拳を振り下ろしていた。
「ふざけるな……こんな申請書を認めろと言うのか……!」
知らない人が見たら牙と殺気を剥き出しにして、今にも人を殺しかねない表情をしていた。
現に、仕事を持ってきた下級決闘官の男性がそのまま逃げ帰った程だ。
そんな中に空気を読まずに飛び込む者が一人。それは鮮やかな緑色の髪に、特徴のある翅を背中から生やしていた。
「やっほー、ガルちゃん、お勤め……どったの?」
「……ファータか。これを見ろ」
「んん?」
大妖精族のファータは、ガルドラから受け取った書類を見て、怪訝そうな表情を浮かべた。
「え? これ本気?」
「提出した方はな。ご丁寧に理由付けもしてある上、上級決闘官……とあの決闘官が承認している」
「えぇー……だって、これ……どうみても魔王祭より大規模になっちゃうよ。最上級の子に出張って貰わないと処理できないよ」
ファータはうんざりするような顔で、ひらひらとその書類をぞんざいに扱って、ガルドラに睨まれる。
それにてへへ、と笑いを浮かべながら、書類をそっと机の上に置いた。
「でも、いくら上級の子が認めてても、最上級決闘官が認めなかったら意味ないじゃん? 焦る事ないない」
「……言っただろう? 『あの』決闘官が承認している、と」
きょとんとして意味がわからない顔をしていたファータは、よくよくガルドラの言葉の意味を考えて――一つの可能性に至ったような表情をして、恐る恐る聞いてきた。
「ま、まさかあの子――オルちゃんが承認してるの?」
「そうだ。オルキアが承認している以上、他の上級決闘官も許可する可能性が大きいだろう」
――オルキア最上級決闘官。ガルドラやファータといった上級決闘官よりも更に上位の存在であり、一目置かれている存在だ。スライム族の国・ロウスィル出身のスライム族であり、聖黒族の契約スライムだったという噂がある少女だった。
実際のところは不明であり、謎の事も多いが……見目麗しく、年月が経っても変わらぬ少女の要旨は、確かに聖黒族の特徴を表していた。そしてティリアースの王族である(真の)聖黒族には劣るものの、多くの魔力量を保有している。
消費量の多い魔導具も発動しても平気な顔が出来る程度にはある為、主に国家規模の決闘が行われる際に派遣される。
歴史上、ほとんど行われていない為、基本的に最後の砦の役割を担っている存在だ。
「え? なんで? だって……」
「これはそれだけの規模の決闘になるかもしれない。だからこそ、彼女に話がいったのだろう。しかし……」
それでも普段であれば、認められることのないものだと、ガルドラは考えていた。百歩譲って決闘内容に文句は無いにしても……彼にはどうしても受け入れ難い項目が一つあった。
「しかし、勝敗後のこれは……」
そこに書かれていたのは、普段の決闘申請書であれば、間違いなく通る事のなかったもの。いくら何でもあんまりだとガルドラは考えていた。
「でも、これじゃ他の人も認めざるを得ないんじゃ? ガルちゃんには悪いけど」
打って変わって手のひらを返したファータに呆れたようなため息を吐き出したが、それも仕方ない……とガルドラは思った。
「しかし……」
「オルちゃんが認めてるなら、私たち二人が反対しても意味ないよ。どうせ通っちゃうしね」
決闘申請書は大規模になったり、敗者への罰が重かったりすると、上位決闘官の間で審議を繰り返し、最終的に多数決によって決定される。
十五人の上位決闘官によって決められるそれは、半数を超える八人が賛成に回れば、それだけで成立されてしまう。
そして今回は最上級決闘官が承認側に回っている。何かが起こったとしても、責任は全てオルキアに回せば良い。
そう考えている者ばかりではないが、上級決闘官の中にもそういう輩がいるのは少なからず事実だった。
「それで……ガルちゃんはどーするの?」
「……決まっている。非承認だ。認められぬ」
それは決闘官としての判断。聖黒族である、エールティアを敵に回すような行為は可能な限り避けたいという本能からくる答えだった。
「だったらー……はい!」
ガルドラの答えを聞いたファータは、迷う事なく非承認の欄に名前を書き込み、にやりと笑みを浮かべた。
「……良いのか? そんなに簡単に決めて」
「私とガルちゃんの仲でしょー? それに、私、こういうの好きじゃないし」
権威を振りかざしてくる輩がいるかもしれない。それなのに、無条件で自らに賛同してくれるファータの存在は、ガルドラにはただただ嬉しかった。
「……損な道を行くな。お互いに」
「こういうのを無くそうって決めたのは私たちだよ? それなのに、対等だからって理由で受けるわけないじゃん」
「そうだな。凄惨な過去から何も学ばない。そんな輩から人を守る為にこの職についた。だからこそ……許せる事ではない」
二人が決闘官になった理由は似ている。それは種族として長く生きたからこそ思い、願う望み。だからこそ、改めて決意した。
例えそれが防ぎようのない事だとしても……時代の流れに逆らう事だとしても。
決闘官のみが出入りを許されているその本部の中には、上級決闘官専用の執務室も設けられており、ガルドラはそこで怒りに震えた拳を振り下ろしていた。
「ふざけるな……こんな申請書を認めろと言うのか……!」
知らない人が見たら牙と殺気を剥き出しにして、今にも人を殺しかねない表情をしていた。
現に、仕事を持ってきた下級決闘官の男性がそのまま逃げ帰った程だ。
そんな中に空気を読まずに飛び込む者が一人。それは鮮やかな緑色の髪に、特徴のある翅を背中から生やしていた。
「やっほー、ガルちゃん、お勤め……どったの?」
「……ファータか。これを見ろ」
「んん?」
大妖精族のファータは、ガルドラから受け取った書類を見て、怪訝そうな表情を浮かべた。
「え? これ本気?」
「提出した方はな。ご丁寧に理由付けもしてある上、上級決闘官……とあの決闘官が承認している」
「えぇー……だって、これ……どうみても魔王祭より大規模になっちゃうよ。最上級の子に出張って貰わないと処理できないよ」
ファータはうんざりするような顔で、ひらひらとその書類をぞんざいに扱って、ガルドラに睨まれる。
それにてへへ、と笑いを浮かべながら、書類をそっと机の上に置いた。
「でも、いくら上級の子が認めてても、最上級決闘官が認めなかったら意味ないじゃん? 焦る事ないない」
「……言っただろう? 『あの』決闘官が承認している、と」
きょとんとして意味がわからない顔をしていたファータは、よくよくガルドラの言葉の意味を考えて――一つの可能性に至ったような表情をして、恐る恐る聞いてきた。
「ま、まさかあの子――オルちゃんが承認してるの?」
「そうだ。オルキアが承認している以上、他の上級決闘官も許可する可能性が大きいだろう」
――オルキア最上級決闘官。ガルドラやファータといった上級決闘官よりも更に上位の存在であり、一目置かれている存在だ。スライム族の国・ロウスィル出身のスライム族であり、聖黒族の契約スライムだったという噂がある少女だった。
実際のところは不明であり、謎の事も多いが……見目麗しく、年月が経っても変わらぬ少女の要旨は、確かに聖黒族の特徴を表していた。そしてティリアースの王族である(真の)聖黒族には劣るものの、多くの魔力量を保有している。
消費量の多い魔導具も発動しても平気な顔が出来る程度にはある為、主に国家規模の決闘が行われる際に派遣される。
歴史上、ほとんど行われていない為、基本的に最後の砦の役割を担っている存在だ。
「え? なんで? だって……」
「これはそれだけの規模の決闘になるかもしれない。だからこそ、彼女に話がいったのだろう。しかし……」
それでも普段であれば、認められることのないものだと、ガルドラは考えていた。百歩譲って決闘内容に文句は無いにしても……彼にはどうしても受け入れ難い項目が一つあった。
「しかし、勝敗後のこれは……」
そこに書かれていたのは、普段の決闘申請書であれば、間違いなく通る事のなかったもの。いくら何でもあんまりだとガルドラは考えていた。
「でも、これじゃ他の人も認めざるを得ないんじゃ? ガルちゃんには悪いけど」
打って変わって手のひらを返したファータに呆れたようなため息を吐き出したが、それも仕方ない……とガルドラは思った。
「しかし……」
「オルちゃんが認めてるなら、私たち二人が反対しても意味ないよ。どうせ通っちゃうしね」
決闘申請書は大規模になったり、敗者への罰が重かったりすると、上位決闘官の間で審議を繰り返し、最終的に多数決によって決定される。
十五人の上位決闘官によって決められるそれは、半数を超える八人が賛成に回れば、それだけで成立されてしまう。
そして今回は最上級決闘官が承認側に回っている。何かが起こったとしても、責任は全てオルキアに回せば良い。
そう考えている者ばかりではないが、上級決闘官の中にもそういう輩がいるのは少なからず事実だった。
「それで……ガルちゃんはどーするの?」
「……決まっている。非承認だ。認められぬ」
それは決闘官としての判断。聖黒族である、エールティアを敵に回すような行為は可能な限り避けたいという本能からくる答えだった。
「だったらー……はい!」
ガルドラの答えを聞いたファータは、迷う事なく非承認の欄に名前を書き込み、にやりと笑みを浮かべた。
「……良いのか? そんなに簡単に決めて」
「私とガルちゃんの仲でしょー? それに、私、こういうの好きじゃないし」
権威を振りかざしてくる輩がいるかもしれない。それなのに、無条件で自らに賛同してくれるファータの存在は、ガルドラにはただただ嬉しかった。
「……損な道を行くな。お互いに」
「こういうのを無くそうって決めたのは私たちだよ? それなのに、対等だからって理由で受けるわけないじゃん」
「そうだな。凄惨な過去から何も学ばない。そんな輩から人を守る為にこの職についた。だからこそ……許せる事ではない」
二人が決闘官になった理由は似ている。それは種族として長く生きたからこそ思い、願う望み。だからこそ、改めて決意した。
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