【獣人×人間BL】いつか君の名前を呼ぶ獣声

紺色 紺ノ輔

文字の大きさ
上 下
10 / 32

9・いざ新しき演目を

しおりを挟む
 一年生の新入部員は、四人だった。先輩達と同じ人数ではあるが、他校の演劇部と比べるとちょっと少ないかもなぁ。
 内訳は、人間の男子一人、女子二人。獣人の女子一人。
 そして、二年の新入部員一人。既存部員合わせて十一人。これが新生笹崎高校演劇部だ。
 ちなみに、一年生諸君は一絆君のことをわりと受け入れてくれている。唯一の獣人の子もだ。
 と、いうよりも……
 一応これは、一絆君に伝わらないように、顧問の虎先と俺、元部長の三人だけの秘密なんだけれど、
 本当はもう四人ほど、獣人生徒の入部希望があったんだけれども、
 まあ、うん……
 いや、これについては俺も忘れようと思ってることだし、
 ええい、過ぎたことはしかたあるめぇ。思考から省いてしまおう!
 それよりも、だ。

「へえ、脚本って既存のものから選ぶんですね。こう、自分らで作るのかと思っていました」
「あー、大会にでる内の一校くらいはいるね、自作脚本。でも基本はこういった既存脚本から選ぶかなぁ。改編はできるから、さ」
「ぐう、うー!」
「わ! 紲先輩ご機嫌ですね!」

 俺たちは今、部室の本棚にしまい込んであった高校演劇脚本が記された本を手に取って中身を確認していた。
 俺と、一絆君と、
 新入部員の人間男子、小柄だけれど爽やかイケメン風の後輩『弐瓶 祐平(にへい ゆうへい)』君だ。
 彼はこう、コミュニケーション能力が高くて、俺とか一絆君とかにも臆することなく関わってくるタイプだ。
 けれどなんていうか、距離の詰め方が急な割りには無礼というわけではない。とても人のできた後輩だと思う。

「さーて、なにかいい話はあるかなーっと」
「わう!」
「ですね。こう、犬獣人がバーンと目立つ奴!」

 この三人で今、次の大会でやる演目の選定をしているところであった。いくつか選び、部員で話し合って決める、という流れだ。
 で、その選定をなぜこの三人でしているかというと、
 弐瓶君は、一年生で唯一の役者志望だったから。
 そして二年生のうち、俺が、一絆君が出られる脚本を選びたいと言ったら、皆賛成してくれて、
 脚本の選定権を、俺と一絆君に一任してくれたからである。
 本当、ありがたいことだ。

「でも実問題、言葉の台詞はいれられないからなぁ……既存だと難しいかもなぁ」
「あ、そっか。ええと、じゃあこの狼と吸血鬼の話しは厳しいですかね……うわ、主役だから台詞いっぱいだぁ」
「そう、だねぇ。うーん……」
「ん! ん!」
「はい一絆君、これ? うーんと……え、いやこれは流石に脇役過ぎない? もう少し出番が多い物を選ぼうよ」
「くぅ……」

 けれど、一絆君は少し尻込みをしてしまっているようで……というか、申し訳なさがあるのかな?
 なんだか、さっきから犬獣人系ができそうな役が、ほんの少しだけ出てくるものを勧めてくる。
 おいおい……いざってなったら遠慮しいなのか一絆君。
 奥ゆかしいといえばそうなのかもしれないけれど、もう少し皆の決断を信じてあげて欲しいもんだ。
 皆、一絆君のために演目の選定権を譲渡してくれたわけじゃなくて、
 君の演技力、臆することなく大きな動きで感情を表現できる君の力に感銘して、そう言ってくれているんだぜ?
 いや、本当に凄かったんだよ。
 台詞がなくても、体の動き、表情、仕草、その全てを全力で使って観客に気持ちを伝えようとする、その表現力。
 今までそうやって生きてきた、と自分で言うだけあって、動きでの伝達力のすさまじさたるや、プロの役者もかくや、
 は、言い過ぎかもしれないけれど、
 とにかく、皆で感動したんだからさ。

「あ! 先輩先輩、本間先輩」
「んあ? どうした弐瓶君?」

 先輩……
 いや、うん。
 耳がくすぐってぇな……

「これこれ! これ童話のキャラクター達が出てくる脚本みたいですよ! 狼男とか出てくるんじゃないですかね?」
「ああそれは……」

 そう言われて、俺は思いつく脚本があった。一年の頃に、ちらっと見て印象に残っていたからだ。多分、あれだろうな、というものが。
 ヘンゼルとグレーテル。鏡の精と魔女。狩人。作者。の、演者六人。
 話しの大筋は、確かこうだ。
 
 とある女の子の持ち物である、絵本の中が舞台。女の子は絵本の存在をすっかり忘れているんだ。絵本はひっそりと、棚の一番上に置かれてほこりを被っていた。
 本の中身は、女の子が小さい頃にお気に入りのページを切り抜いていてスカスカ。だから、残っているのは少しの登場人物、それと作者のイメージ絵しかなかったのだ。
 そんな折、女の子が引っ越してしまうという情報を鏡の精が知らせてきて、皆は驚愕する。
 女の子には置いて行かれてしまうだろうし、最悪母親が部屋を掃除するときに子供の頃の用品は処分されてしまうかもしれない、と考えたのだ。
 ざわめく登場人物達。そこに作者が満を持して登場。皆で、本の中で大騒ぎをすれば本が揺れて下に落ち、女の子が拾い上げてくれるだろう、という作戦を立てる。
 そして作戦を決行。思惑通りに事は運び、女の子の目の前に絵本は落ちる。
 ちらりと、中身を見る女の子。彼女は、穏やかに笑って本を閉じると、
『懐かしいけれど、私にはもういらない』
 そう。女の子は、もう大学生になる年齢だった。あの頃と違い、彼女に絵本は必要でなかったのだ。
 ショックを受ける皆。けれど、諦めきれるはずもなく。作者が声高に、次の作戦を提案するのだ。
 もう一度女の子に中身を見てもらい、その時に皆で作り上げた新しい話しを見てもらおう。そして、また女の子に必要とされよう。
 そう思って行動するのだが、
 女の子が本を置いた場所が悪くて、
 窓から外に落ちていく本。
 そのまま、引っ越し当日になり、皆は失意のどん底。
 そんなときに聞こえてきた女の子の声。
『思い出の絵本、なくしちゃった』
 悲しそうな声。出発を促す母親。
 その声が皆に届き、女の子に大事にされていたことを確信する皆。
『私にはもういらないけれど、親戚の子にあげたかったな』
 彼女は、自分の思い出を他の子にあげようとしていたのだ。
 女の子の成長を理解した皆は、彼女の思い出になれていることを誇りに思いながら、野ざらしでページが飛んでいく。
 一人、一人と、散り散りになって消えていく皆。
 最後に残ったグレーテル。そこに突然、通りがかった子供の声がして、
 そのページを、その見知らぬ子供に拾われて、一筋の光と笑顔で終幕。

「だよね?」
「おお、あってます! 凄いですね先輩、覚えているなんて」
「うん。一回呼んで気に入ってたから、たまたま覚えてたんだ……けど」
「あちゃあ、これなら狼でも出てこないかなって思ったんですけど……この狩人って、赤ずきんの狩人ですよね? なら、その狼が出るかなって」
「……ふむ」

 俺は、この話しがなぜだか気に入っていた。
 子供が成長する際に、置いて行かれたもの側の視点で描かれるこの話しを前にすると、どこかエモーショナルな感情が胸にたまるのだ。
 それに、特に好きなのがこのラスト。
 悲しい別れ、と思わせてからの、そうとは限らない終わり。
 綺麗だな、と。
 だから、その脚本を読んでいた俺には、わかることがあった。
 この脚本、その登場人物である鏡の精。彼あるいは彼女は、いわゆるお話の進行役。MC的な役回りなのだ。
 言ってしまえば、代役がきく立ち位置。削ってもどうにかなるし、キャラクターの性格も変更可能、なんなら他のキャラクターにしてもある程度問題なしという、希有な役だ。
 そう、他のキャラクター。
 例えばそう、狩人の相棒として赤ずきんの狼を登場させ、
 狼が持ってくる情報を、逐一狩人が翻訳する、
 とか……

「これだっ!」
「わっ!?」
「んぐっ!?」

 思わず上げた大声に。日々磨いている声量に、弐瓶君と一絆君が同時に驚いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

逃げられない罠のように捕まえたい

アキナヌカ
BL
僕は岩崎裕介(いわさき ゆうすけ)には親友がいる、ちょっと特殊な遊びもする親友で西村鈴(にしむら りん)という名前だ。僕はまた鈴が頬を赤く腫らせているので、いつものことだなと思って、そんな鈴から誘われて僕は二人だけで楽しい遊びをする。 ★★★このお話はBLです 裕介×鈴です ノンケ攻め 襲い受け リバなし 不定期更新です★★★ 小説家になろう、pixiv、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、fujossyにも掲載しています。

けものとこいにおちまして

ゆきたな
BL
医者の父と大学教授の母と言うエリートの家に生まれつつも親の期待に応えられず、彼女にまでふられたカナタは目を覚ましたら洞窟の中で二匹の狼に挟まれていた。状況が全然わからないカナタに狼がただの狼ではなく人狼であると明かす。異世界で出会った人狼の兄弟。兄のガルフはカナタを自分のものにしたいと行動に出るが、カナタは近付くことに戸惑い…。ガルフと弟のルウと一緒にいたいと奔走する異種族ファミリー系BLストーリー。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

異世界帰りの男は知っていた、何事も力で解決した方が手っ取り早い~容赦しない事を覚えて来た男の蹂躙伝~

こまの ととと
BL
かつて異世界に飛ばされた男は、無敵の能力を身に着けて帰還する。 久しぶりに帰って来た現代日本で再び始まる学生生活。しかし、形は違えどロクデナシというものはそこら中に転がっている現状を確認。 平穏な学生生活を送る為、トラブルを一捻りにしながら己の道を突き進むのであった。 ……美人に囲まれる物語でもある。果たして新しい愛の形は発生するのか?

零下3℃のコイ

ぱんなこった。
BL
高校1年の春・・・ 恋愛初心者の春野風音(はるのかさね)が好きになった女の子には彼氏がいた。 優しそうでイケメンで高身長な彼氏、日下部零(くさかべれい)。 はたから見ればお似合いのカップル。勝ち目はないと分かっていてもその姿を目で追ってしまい悔しくなる一一一。 なのに、2年生でその彼氏と同じクラスになってしまった。 でも、偶然のきっかけで関わっていくうちに、風音だけが知ってしまった彼氏の秘密。 好きな子の彼氏…だったのに。 秘密を共有していくうちに、2人は奇妙な関係になり、変化が起こってしまう…

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

処理中です...