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9・いざ新しき演目を

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 一年生の新入部員は、四人だった。先輩達と同じ人数ではあるが、他校の演劇部と比べるとちょっと少ないかもなぁ。
 内訳は、人間の男子一人、女子二人。獣人の女子一人。
 そして、二年の新入部員一人。既存部員合わせて十一人。これが新生笹崎高校演劇部だ。
 ちなみに、一年生諸君は一絆君のことをわりと受け入れてくれている。唯一の獣人の子もだ。
 と、いうよりも……
 一応これは、一絆君に伝わらないように、顧問の虎先と俺、元部長の三人だけの秘密なんだけれど、
 本当はもう四人ほど、獣人生徒の入部希望があったんだけれども、
 まあ、うん……
 いや、これについては俺も忘れようと思ってることだし、
 ええい、過ぎたことはしかたあるめぇ。思考から省いてしまおう!
 それよりも、だ。

「へえ、脚本って既存のものから選ぶんですね。こう、自分らで作るのかと思っていました」
「あー、大会にでる内の一校くらいはいるね、自作脚本。でも基本はこういった既存脚本から選ぶかなぁ。改編はできるから、さ」
「ぐう、うー!」
「わ! 紲先輩ご機嫌ですね!」

 俺たちは今、部室の本棚にしまい込んであった高校演劇脚本が記された本を手に取って中身を確認していた。
 俺と、一絆君と、
 新入部員の人間男子、小柄だけれど爽やかイケメン風の後輩『弐瓶 祐平(にへい ゆうへい)』君だ。
 彼はこう、コミュニケーション能力が高くて、俺とか一絆君とかにも臆することなく関わってくるタイプだ。
 けれどなんていうか、距離の詰め方が急な割りには無礼というわけではない。とても人のできた後輩だと思う。

「さーて、なにかいい話はあるかなーっと」
「わう!」
「ですね。こう、犬獣人がバーンと目立つ奴!」

 この三人で今、次の大会でやる演目の選定をしているところであった。いくつか選び、部員で話し合って決める、という流れだ。
 で、その選定をなぜこの三人でしているかというと、
 弐瓶君は、一年生で唯一の役者志望だったから。
 そして二年生のうち、俺が、一絆君が出られる脚本を選びたいと言ったら、皆賛成してくれて、
 脚本の選定権を、俺と一絆君に一任してくれたからである。
 本当、ありがたいことだ。

「でも実問題、言葉の台詞はいれられないからなぁ……既存だと難しいかもなぁ」
「あ、そっか。ええと、じゃあこの狼と吸血鬼の話しは厳しいですかね……うわ、主役だから台詞いっぱいだぁ」
「そう、だねぇ。うーん……」
「ん! ん!」
「はい一絆君、これ? うーんと……え、いやこれは流石に脇役過ぎない? もう少し出番が多い物を選ぼうよ」
「くぅ……」

 けれど、一絆君は少し尻込みをしてしまっているようで……というか、申し訳なさがあるのかな?
 なんだか、さっきから犬獣人系ができそうな役が、ほんの少しだけ出てくるものを勧めてくる。
 おいおい……いざってなったら遠慮しいなのか一絆君。
 奥ゆかしいといえばそうなのかもしれないけれど、もう少し皆の決断を信じてあげて欲しいもんだ。
 皆、一絆君のために演目の選定権を譲渡してくれたわけじゃなくて、
 君の演技力、臆することなく大きな動きで感情を表現できる君の力に感銘して、そう言ってくれているんだぜ?
 いや、本当に凄かったんだよ。
 台詞がなくても、体の動き、表情、仕草、その全てを全力で使って観客に気持ちを伝えようとする、その表現力。
 今までそうやって生きてきた、と自分で言うだけあって、動きでの伝達力のすさまじさたるや、プロの役者もかくや、
 は、言い過ぎかもしれないけれど、
 とにかく、皆で感動したんだからさ。

「あ! 先輩先輩、本間先輩」
「んあ? どうした弐瓶君?」

 先輩……
 いや、うん。
 耳がくすぐってぇな……

「これこれ! これ童話のキャラクター達が出てくる脚本みたいですよ! 狼男とか出てくるんじゃないですかね?」
「ああそれは……」

 そう言われて、俺は思いつく脚本があった。一年の頃に、ちらっと見て印象に残っていたからだ。多分、あれだろうな、というものが。
 ヘンゼルとグレーテル。鏡の精と魔女。狩人。作者。の、演者六人。
 話しの大筋は、確かこうだ。
 
 とある女の子の持ち物である、絵本の中が舞台。女の子は絵本の存在をすっかり忘れているんだ。絵本はひっそりと、棚の一番上に置かれてほこりを被っていた。
 本の中身は、女の子が小さい頃にお気に入りのページを切り抜いていてスカスカ。だから、残っているのは少しの登場人物、それと作者のイメージ絵しかなかったのだ。
 そんな折、女の子が引っ越してしまうという情報を鏡の精が知らせてきて、皆は驚愕する。
 女の子には置いて行かれてしまうだろうし、最悪母親が部屋を掃除するときに子供の頃の用品は処分されてしまうかもしれない、と考えたのだ。
 ざわめく登場人物達。そこに作者が満を持して登場。皆で、本の中で大騒ぎをすれば本が揺れて下に落ち、女の子が拾い上げてくれるだろう、という作戦を立てる。
 そして作戦を決行。思惑通りに事は運び、女の子の目の前に絵本は落ちる。
 ちらりと、中身を見る女の子。彼女は、穏やかに笑って本を閉じると、
『懐かしいけれど、私にはもういらない』
 そう。女の子は、もう大学生になる年齢だった。あの頃と違い、彼女に絵本は必要でなかったのだ。
 ショックを受ける皆。けれど、諦めきれるはずもなく。作者が声高に、次の作戦を提案するのだ。
 もう一度女の子に中身を見てもらい、その時に皆で作り上げた新しい話しを見てもらおう。そして、また女の子に必要とされよう。
 そう思って行動するのだが、
 女の子が本を置いた場所が悪くて、
 窓から外に落ちていく本。
 そのまま、引っ越し当日になり、皆は失意のどん底。
 そんなときに聞こえてきた女の子の声。
『思い出の絵本、なくしちゃった』
 悲しそうな声。出発を促す母親。
 その声が皆に届き、女の子に大事にされていたことを確信する皆。
『私にはもういらないけれど、親戚の子にあげたかったな』
 彼女は、自分の思い出を他の子にあげようとしていたのだ。
 女の子の成長を理解した皆は、彼女の思い出になれていることを誇りに思いながら、野ざらしでページが飛んでいく。
 一人、一人と、散り散りになって消えていく皆。
 最後に残ったグレーテル。そこに突然、通りがかった子供の声がして、
 そのページを、その見知らぬ子供に拾われて、一筋の光と笑顔で終幕。

「だよね?」
「おお、あってます! 凄いですね先輩、覚えているなんて」
「うん。一回呼んで気に入ってたから、たまたま覚えてたんだ……けど」
「あちゃあ、これなら狼でも出てこないかなって思ったんですけど……この狩人って、赤ずきんの狩人ですよね? なら、その狼が出るかなって」
「……ふむ」

 俺は、この話しがなぜだか気に入っていた。
 子供が成長する際に、置いて行かれたもの側の視点で描かれるこの話しを前にすると、どこかエモーショナルな感情が胸にたまるのだ。
 それに、特に好きなのがこのラスト。
 悲しい別れ、と思わせてからの、そうとは限らない終わり。
 綺麗だな、と。
 だから、その脚本を読んでいた俺には、わかることがあった。
 この脚本、その登場人物である鏡の精。彼あるいは彼女は、いわゆるお話の進行役。MC的な役回りなのだ。
 言ってしまえば、代役がきく立ち位置。削ってもどうにかなるし、キャラクターの性格も変更可能、なんなら他のキャラクターにしてもある程度問題なしという、希有な役だ。
 そう、他のキャラクター。
 例えばそう、狩人の相棒として赤ずきんの狼を登場させ、
 狼が持ってくる情報を、逐一狩人が翻訳する、
 とか……

「これだっ!」
「わっ!?」
「んぐっ!?」

 思わず上げた大声に。日々磨いている声量に、弐瓶君と一絆君が同時に驚いていた。
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