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本編

第112話 それだけの関係

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 ロゼは、寄り道することなく、まっすぐとユークリッドの宮に向かう。彼女の後ろをリアナとレアナがついていく。ろくに会話もしないまま、ユークリッドの宮へと到着する。厳重な警戒態勢の中、正門には、顔馴染みの騎士たちがいた。

「後継者様方」

 ひとりの騎士が反応を示す。ほかの騎士たちは、ロゼとリアナ、レアナを見たあと、深く頭を下げた。

「突然訪ねてごめんなさい。ユークリッドはいらっしゃいますか?」
「ユークリッド様は、皇城のほうへと出かけておられますが……」

 デジャブに、ロゼは眉間に皺を寄せる。背後にいる双子から笑い声が聞こえてきた。不機嫌を露呈するのを我慢し、ロゼは微笑む。

「そう、ありがとう。また日を改めて訪ねますね」

 踵を返す。リアナ、レアナと視線がかち合うが、ロゼは真っ向から見つめ返した。
 ユークリッドは、宮にはいなかった。どうしたらいいのか分からない。自身の宮にて大人しく過ごすのか。はたまた、このまま皇城を訪ねてみるのか。しかし皇城を訪ねたところで、どうするというのだろうか。ユークリッドとアンナベルの蜜月を邪魔しろと? そんなこと、ロゼにはできない。自身の宮に戻り、ユークリッドの帰りを待つべきだ。現地点においての最適案を判断したロゼは、自身の宮に戻ろうと足を踏み出した。
 ユークリッドの宮からだいぶ離れた場所、周囲に誰もいない一本道にて、未だに後ろをついてきていた双子が一笑する。

「ほら、だから言ったじゃない! ユークリッドお兄様は第六皇女殿下の元にいらっしゃるのよ!」

 リアナがロゼの背中に向かって叫ぶ。ロゼは足を止める。リアナの足音が近づいてくる。

「実は、私たちも第六皇女殿下に急ぎの用事があるの。あなたもユークリッドお兄様を取り戻したいのでしょう?」

 ロゼの耳元にて、リアナが囁く。
 もしかしてリアナに協力をしようと誘われているのだろうか。リアナとレアナはアンナベルに、ロゼはユークリッドにそれぞれに用事があるのだから、お互いに素晴らしい機会だと? ロゼは随分と見下されたものだと憤怒を抱きながら、振り返る。アジュライト色の瞳は、強い光を宿した。

「一体何を考えていらっしゃるのですか?」
「何って?」
「私を嫌っていたあなた方が、私に協力関係を申し出るなど、裏がないとでも?」
「……ふふ、ははっ、はははっ!!!」

 リアナは腹を抱え込み、天井を仰いで笑う。令嬢らしからぬ笑い方だ。

「ねぇねぇ、聞いた? レアナ。この女、協力関係だって!」
「勘違いも甚だしいね。いつ誰があなたに協力したいって言った?」

 リアナとレアナは仲良く手を繋ぎながら、ロゼに向かって暴言を吐く。双子の美貌から笑顔が消え去った。表情の変わりように、ロゼの背筋が凍りつく。

「バッカじゃないの。勘違いしないで。私たちはアンタがユークリッドお兄様にこっぴどくフラれる瞬間を見たいだけなんだから!」

 リアナは中指を立てて、激しく威嚇をする。貴族界の頂きに君臨する大公家の令嬢とは信じがたい野蛮さだ。それも、リアナとレアナが序列を上げることができない要因でもあるのだろうが。
 ロゼは痛む頭を押さえる。そうだ、なぜ忘れていたのか。この双子は最初から、人間であったのだ。約六年前、ロゼがドルトディチェ大公城の門を潜った瞬間から、双子、特にリアナは、ロゼを酷く敵視していた。外部の血が流れる平民がドルトディチェ一族に名を連ねることがよっぽど許せなかったから。その日を境に、リアナは何かとロゼに食ってかかった。その度にロゼは、相手にしないことをモットーに切り抜けてきたのだが、それがまたリアナの癪に障ったようだ。
 双子がロゼを恨んでいるのは、根本的には変わらない。ただ、ロゼがユークリッドに拒絶されるという史上最高の瞬間を目撃したいだけ。そこに、協力という生温い関係はない。残されているのはただひとつ。己の欲求のために利用し合う、下劣な関係だけだ――。

「………………」

 ロゼはそっと瞳を閉じる。
 彼女を見守ってくれている護衛は、さすがに皇城にまでは入れないだろうが、リアナとレアナも皇城で大事をやらかすことはさすがに考えてはいないだろう。
 双子はアンナベルに、ロゼはユークリッドに。それぞれの用事を果たすため、そう、これはただ互いを利用するだけのものだ。
 ロゼは瞼を押し上げた。夏の太陽光が眩く感じる。

「いいでしょう」
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